第46話 ◇抑えられない思い◇

「そうでしたか。うちの会社とはお付き合いが長いので心配しているのです。」

 松田は立場上多くを語らなかったが、状況は良くないと悟った。あの夜、斎藤が「泊れない。」と、言った時、何か事情があるのとは思ったが、妻が病気だとは思わなかった。おまけにその後斎藤も網膜剥離を患っていたのなら、メールの返信どころではなかっただろう。瑠璃子は、一層斎藤への想いと心配が込み上げてきて、矢も楯もたまらず、返信が来る事を祈ってメールを送信してみた。

「お元気ですか?心配しています。」

 その夜携帯に電話があった。画面を見ると待ち焦がれていた斎藤からだった。急いで画面のボタンを押した。

「もしもし。」

 懐かしい斎藤の低い静かな声が聞こえた。最期に横浜で逢ってからひと月が経過していた。

「斎藤さん。お元気なのですね。良かった。あれから連絡ないので、心配していました。」

「すみません。」

 斎藤は、抑揚なく言った。

「今日、営業の松田さんが訪店して、斎藤さんのお元気か聞いたら、奥様がご病気で、ご自分も網膜剥離でお店を閉めていると言うので心配で電話してしまったのです。」

 斎藤は一言一言かみしめるように言った。

「申し訳ありません。あの夜の事は僕のあなたに対する偽りのない気持ちです。」

 しばらくの沈黙の後、瑠璃子は言った。

「謝らないで下さい。」

「実はあの日、妻が癌の手術をした直後で、会に出られる状態ではなかったのです。でも、最後の会が横浜であると聞いてどうしてもあなたに逢いたかった。」

「そうだったのですか。」

「妻の術後経過が良かったので、娘に看病を頼んだのです。あの日逢えないと、もう逢えない気がして。」

「そうだったのですね。」

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