第36話 ◇風邪◇

「大丈夫?だるそうね。風邪気味だって言っていたものね。コロナじゃないと良いけれどね。」

「ほんとね。熱あるのかも。熱いわ。ほら。」

佳乃子は両隣に座っていた瑠璃子と木村の手を触った。

「ほんと。熱いね。言ってくれれば延期したのに。」

相槌を打つかと思った木村は黙っていた。

「そうなのだけどね。相当久しぶりだからどうしても二人の顔が見たかったのよ。出て来るまではそうでもなかったのだけどね。お酒飲んだら消毒出来て良くなるかと思ったのに。今日ね。初めてのお客さんが来て二時間近くカウンセリングしていたの。その人が咳をしていてたわ。マスクはしていたのだけれどね。奥のカウンセリングルームで二人っきりだったからうつったのかも。空気清浄機も置いてあるのよ。」

「そうですか。体調がお悪いのに無理をして来て頂いて申し訳ありませんでした。」

木村は一口ワインを飲むとやっと口を開いた。メインディッシュのヒレステーキが出た頃には佳乃子は咳をし始めた。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも。このご時世咳はまずいよね。あなた達に迷惑かけてもいけないし。悪いけど、私失礼してもいい?」

瑠璃子は佳乃子の額に手を押し当てた。

「熱いね。さっきより。」

 心なしか、頬も赤かった。

「すみませんでしたね。無理を言って。」

木村が申し訳なさそうに言った。

「ううん楽しかったわ。それに、途中までだけど食事もできたしね。栄養補給したから寝たら良くなるわ。後はお二人でごゆっくり。」

そう言うと佳乃子は立ち上がった。

「僕お送りします。」

「いいわよ。まだ食事も途中なんだし。私のお料理は食べてね。送り狼に電話するわ。」

「そうでしたね。ボーフレンドがいらっしゃるのでしたね。じゃあ、僕ロビーまでお送ります。」

「いいわよ。」

「でも心配ですから。」

木村はそう言うと申し訳なさそうに瑠璃子を見た。

「私も一緒に行こうか?」

 佳乃子が言った。

「良いわよ。食事中に誰もいなくなったらおかしいでしょう。食い逃げしたかと思われるわよ。私が悪いんだから。気にしないで。」

恐縮する佳乃子を木村は一階のロビーまで送って行った。佳乃子の彼氏はこの近くに住んでいると言った。二人がいなくなったテーブルで一人窓の外を見ていた。しまなみ海道のライトアップが見えた。瑠璃子一人しかいないテーブルにデザートが三人分運ばれてきた。瑠璃子にウェイターが言った。

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