第14話 右目を隠した妹(ただし中二病ではない)

 テーブルの端に置いていたスマホからIineの通知音が鳴り、画面上には千歳のアイコンが表示されていた。


 Iineを開こうとする前に美緒から声を掛けられた。


「ねえ、それ誰?」


 美緒の冷ややかな視線を向けられて、俺はたじろぎながら答える。


「あー、これは……友達みたいな?」


 正直、俺も千歳との関係性は良く分かっていない。でも友達ってワードは便利だし使わせてもらおう。


「ふーん……。でも、お兄って友達いないんじゃなかったの? 万年ぼっちだし?」


 事実だけど、そんなことをお兄ちゃんに向かって言うかな普通?


「まあ、いないけど。千歳とは最近話すようになったって言うか……」


「その人、千歳さんって言うんだ……」


「そうだけど、それがどうかしたの?」


「別に」


 美緒はオレンジジュースを飲みながら、疑わしい目つきで俺を見てくる。そして空になったコップをとんとテーブルに置いた。


「無くなったら、ジュース入れてこよっか?」


「これくらい自分で取りにいけるから。それといつまでも子ども扱いしないで……」


「あ、うん。ごめんなさい……」


 確かに今のはお節介だったかもしれない。


 美緒は不満そうに席を立つと、冷蔵庫にオレンジジュースを取りに行った。そしてコップにジュースを注ぎながら、また質問してくる。


「一応聞くけど、その千歳さんって男子だよね?」


「いや、女子だけど」


 そう言った瞬間——


 ドン、と勢いよく冷蔵庫が閉められた。


「へ、へー。女子なんだ……」


「そうだけど、もっと静かに閉めろよな。こっちまでびっくりするだ!」


「ちょっと手が滑ったの!」


 吐き捨てるように鼻から息を吐く美緒は、そのまま乱暴に椅子を引いて席に座った。


 普段はもっと大人しい子なのだが、不機嫌になると怖くなる。


(子ども扱いされたことがそんなに嫌なのか?)


 美緒は背丈だけなら小学生にも間違われるくらいだし、ランドセルを背負っても全く違和感がない。


 だからついつい甘やかしてしまうけど、本人からすればそれもコンプレックスなのかもしれない。


「それで、お兄はその千歳さんと仲良いの?」


「いや、仲良いって言うか……」


「へー、仲良いんだー?」


「お、おい! 今、俺の足蹴っただろ? 普通に痛かったんだけど!」


「たまたま当たっただけだから。そんな変な言いがかりはやめて」


「お、お前なぁ。だとしても他に何か言うことあるだろ!」


おへんねごめんね


 もぐもぐとカレーを食べながら美緒はそう答えた。


 どう見ても謝る気ゼロの謝罪だったが、こんなことで腹を立てるのも兄としての威厳が損なわれる。


 それに俺は昔から妹とは喧嘩しないように今まで努力してきた。ほとんど二人暮らしなので、ギスギスした空気になるのも困るし。


「でもお兄に女子の友達が出来るとか、ほんと意外……」


「まあ、そうだな……」


 今まで友達がいなかったわけだし、美緒が驚くのは当然だ。


 そこでひとまず会話が途切れたので、俺はようやくIineを開いた。


(千歳)『天崎くん、今時間あるかな?』


 見れば、さっき確認出来なかった新着メッセージがあった。


(天崎)『それは大丈夫だけど』


 数分前に送られてきたので、少し遅れて返信する。すると数秒後に既読の文字が付いた。


(千歳)『それなら良かった』


 それと一緒に、ふうーと息を吐く動物のスタンプが送られてくる。

 

 俺も何かスタンプを送ろうかと思ったが、やっぱりキャラに似合わないと思ってやめた。


(天崎)『だいたい暇だから、俺はいつでも大丈夫だけど』


(千歳)『それでも食事中とかだったら迷惑になると思うし』


(天崎)『晩ごはんなら今さっき食べ終わったところだから』


(千歳)『そっか。なら話せるね……』


(千歳)『それでこれからの事について相談したいんだけど良いかな?』


(天崎)『帰り際にも言ってた話だよね?』


(千歳)『うん、そう。それでメールじゃなくて電話でも良いかな?』


(天崎)『電話? どうして?』


(千歳)『私、打つの遅いし、電話の方がちゃんと伝えられるかなって思ったんだけど。ダメかな?』


(天崎)『そういうことなら電話で良いよ』


(天崎)『でもすぐ近くに妹がいるので、ちょっと場所を変える』


(千歳)『うん。それじゃあ準備が出来たら電話してくれる?』


(天崎)『了解』


 そう返信すると俺はIineを閉じた。


 そして顔を上げると、目の前にはジト目でこっちを睨む美緒がいた。


「な、何だよ?」


「別に」


 だったら何でそんな不満そうな顔をする?


「言いたいことがあるなら言っても良いんだぞ?」


「だから別に無いし」


 どうして美緒がそんなに不機嫌なのか気になるけど、今は千歳を待たせているのでそっちを優先する。


「どこ行くの?」


「あー、ちょっと電話……。長くなるかもしれないし、アニメは先に観てて良いから」


「あっそ……」


 美緒はプイッと俺から視線を切って、アニメを鑑賞し始めた。でもその姿を見てると、何だか後ろめたくて……。


 自分の部屋に行く前に、軽く美緒の頭を撫でようとした。


 でも、直前で止めた。


 きっと、こういう事が子ども扱いになのだ。これ以上、不機嫌になるのも良くないし頭を撫でるのはやめよう。


 そう思った直後、


「んんっ」


 美緒が自分から俺の手に頭をこすりつけて来た。まるで猫のように。


(え? 撫でて良いの?)


 何度か頭を優しく撫でて見るけど、嫌がる素振りは無い。 


 ずっとテレビ画面の方を向いているので顔は見えない。ただ、何も言わないので怒ってはいないようだ。


 だけど、美緒は子ども扱いされたことで怒ってたんじゃないのか?


 しかし、考えても考えてもその答えは出なかった。


 ほんと、妹って謎だ。



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