第13話 いつもの夕食

 千歳と別れた後、住宅地の道路脇を歩いているとピコンと鞄の中から音がする。


 どうやらスマホのIineに新着が来ているらしく、開いて見るとそれは千歳からだった。

 

 俺は近くの電柱の影に入るとこっそり確認する。


(千歳)『さっきぶりだけど千歳です』


(千歳)『天崎くん、これからよろしくね!』


 開いて見ると、メッセージと一緒にクマが笑っているスタンプが送られてきた。


 だけど、ここで一つ問題が浮上する。


(これ、なんて返信すれば自然かな?)


 これまで家族以外とこういうメッセージのやり取りをしたことが無いので、こういう時にどう返信するのか悩んでしまう。


「『俺の方こそよろしくね!』だと、これはちょっと明るすぎだし、『よろしくお願いします』だと、なんか冷たい印象になるしな。かといって俺みたいなのが最後に笑とか付けるのもちょっと違うし……」


 最初の会話でさっそく悩んでいると、既読をしてから三分も立っていた。さすがに何か返信しないと千歳にも悪い。


 色々と悩んだ挙句、


(天崎)『うん、よろしく』


 と、普通すぎるメッセージを送った。

 

 少し待っていると既読がついて、シュポっと軽い音と一緒に千歳からのメッセージが返って来る。


(千歳)『既読スルーするのかと思ってた』


(千歳)『でもちゃんと返してくれてありがと!』


 そしてクマが正座したままお辞儀してくるスタンプが送られてきて、俺はくすっと笑ってしまった。


 だけど千歳と話す時もまだ緊張するのに、Iine上で会話をする方がもっと緊張してしまう。


 そんな自分に呆れつつIineを閉じようとすると、またシュポっと音がした。


(千歳)『それと、今日の夜にまた連絡しても良いかな?』


(千歳)『天崎くんと話したいんだ』


(天崎)『これからの事?』


(千歳)『うん。それについては夜にちゃんと話すから』


(天崎)『それは分かったけど、でもどうして夜に話すの?』


(千歳)『さっきは言い出せなかったと言いますか……』


(千歳)『とにかく今はまだ秘密ということで!』


(天崎)『まあ、そういうことなら』


(千歳)『よろしい。じゃあまたね』


 そんな短いやり取りを終えると俺はスマホを閉じた。千歳の話したいことが何なのか気になるけど、とりあえず今は家に帰ることにした。



☆☆☆



 玄関に入ると学校指定の白いスニーカーがあった。どうやら妹はすでに帰宅しているらしい。


 中三の妹は中一の時からずっと帰宅部で、学校行事とかにも積極的に参加しない陰キャ女子だ。こういうところは兄妹というか、血は争えないらしい。


 今は自分の部屋に引きこもっているのか、リビングには誰もいない。


 うちは父親、俺、妹の三人家族で、父親は帰りも遅いし、俺も妹もお互いにひとりが好きなので、部屋はいつも静かだ。


 少し寂しいようにも思うけど、これが俺たちの普通なのでもう慣れた。


 俺は手を洗うとそのまま二階にある自分の部屋に向かい、夕食までアニメを観て過ごす。


 時刻は18時を回り、俺は一階のリビングに入るとすでに妹が夕食の準備をしていた。


「今日の夜、何?」


「カレー」


 俺がそう聞くと、チラっと振り返ってそう言う。


 相変わらず素っ気ないが、それでも会話してくれるだけマシだ。


 上下、赤いジャージを着た妹——天崎あまさき美緒みおは肩に当たるか当たらないかくらいに髪を伸ばしていて、その右目は黒髪に隠れている。


 身長と胸はあまり育っておらず、中三なのに小学生と間違われることもあるらしい。


 そんな美緒は同じ遺伝子とは思えないほど、まごうこと無き美少女だった。


 これは兄の欲目とかじゃなくて、ほんとの本当に美少女だ。


 異論は絶対に認めない。


 まあ、そんなことを言えばシスコンだのと引かれるので、妹には口が裂けても言えないけど。


「なんか手伝うことある? 暇だし手伝うけど」


「なら、箸とお皿出しといて」


「了解」


 食器棚から三人分の箸とお皿と、サラダ用のお皿も出して机に並べていく。


 昔から家事は兄妹で分担していて、料理が得意な妹は食事当番、そして俺は掃除当番をしている。


 白ご飯とカレーをよそうと四人用の食卓テーブルに持っていき、俺と妹は向かい合うように座った。

 

 そしていただきますと手を合わせると、俺たちは一緒に食べ始める。


 これは昔からのうちの習慣で、この夕食の時は唯一家族を感じられる時間だ。


「うん、このカレー甘いけど美味しいよ」


「ん」


 それは美緒が良く使う相槌だ。


 これは「うん」を短くしたもので、少し冷たいようにも思うけど、兄としては会話に参加してくれるだけで嬉しい。


「サラダは?」


「サラダも美味しいよ。レタスのシャキッと感と卵のふわふわ感にアクセントがあるし、ドレッシングも好きな味」


「ん。なら良い……」


「このドレッシングももしかして自分で作ったの?」


 こんな風にだいたい最初は夕飯の感想を言うようにしている。この時、美緒と会話するために割と5W1Hを使うようにしている。


 そうしないと会話がすぐ途切れるし。


「それ、市販のやつだから」


「あ、そっか……」


 でもコミュ障なのでさっそく途切れる。


 だけど今さら沈黙も気にならないし、むしろ沈黙の時間の方が多いので何とも思わない。


 でも静かすぎるのも寂しいので、こういう時はいつもアニメを流す。テレビではなくうちはアニメ派なのだ。


「アニメ観ても良い?」


「別に良いけど。それで何観るの?」


「四月から始まった異世界モノなんだけど、もしかしてもう観てる?」


「このタイトルは観てない」


「そっか。じゃあこれでも良い?」


「どっちでも……」


 この反応はあんまり乗り気じゃないな。こういうのは長い付き合いだからこそ、感覚的に分かってしまう。


「あー、やっぱあのアニメにしよっかなー。これもまだ観てないやつだし」


「別に気なんて遣わなくて良いから……」


「遣ってないよ。でもこっちのアニメなら美緒も好きなんじゃない?」


 それは主人公と義理の妹が一つ屋根の下で暮らすラブコメだ。


 でも実際に妹がいる人なら分かるだろうが、一緒に暮らしていても妹に恋をすることは無い。


 まあ義理なら分からないけど、血のつながっている場合はまず無い。


「んー、まー、それなら」


 今日のアニメも決まったのでさっそく鑑賞する。妹もオタク寄りの人間なので、こういう時に兄妹でアニメを共有して観れるのはなかなか良い。


「それにしてもこの妹ヒロインのビジュ可愛いよなー」


 黒髪だし、何より俺の妹と似ているところが可愛い。でもこれは見た目に関してであって、何度も言うけど俺はシスコンじゃない。


「え?」


 おっと、いけない。


 ついつい家だから気が緩んで、口から感想が洩れていた。こんなことでは妹からシスコン呼ばわりされてしまう。


「いや、今のは一般的な感想だから」


「それくれい知ってる」


「でも、やっぱり妹は黒髪だよな?」


「……」


 一応、共感してもらおうと思って聞いたんだけど、返事は返ってこなかった。


 もしかすると今の発言は引かれたかもしれない。


 ちょっと怖くなってチラっと顔を見ると、下を向いてカレーをモグモグと食べていた。


 何だ、ただ喋れなかっただけか……。


「でもさ、こういう兄妹ラブコメはフィクション世界の話だよな。こんなの現実で起きるわけ無いし」


「は、なんで?」


 あ、喋った。


 一応、今のは独り言のつもりだったんだけど、どうやら話を聞いてくれていたらしい。


「いやだってさ、兄妹が恋愛感情を持つなんて普通ありえないし。それこそラノベか漫画の中くらいだよ」


「そんなの分かんないじゃん……」


「えっ? どうして?」


「いや、それは……」


 そう美緒が何か言いかけた時、俺のスマホからIineの通知音が鳴った。



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