第15話 千歳の相談

 自分の部屋に入ると椅子に座り、さっそく千歳に電話を掛ける。


 三度のコール音の後に、千歳の声が聞こえた。


『もしもーし、天崎くん……?』


『あっ、もしもし。それと遅れてごめん。ちょっと妹と話をしてたもので』


『妹さんと?』


『は、はい。でも、もう話は済んだんで大丈夫ですけど……』


 電話だから、すぐ近くに千歳の声が聞こえて緊張する。そのせいか喉の奥に詰まりのようなものを感じた。


『気のせいかもしれないけど、もしかして天崎くん今緊張してる?』


『えっ?』


『いや、何となく声が詰まっているというか、少しこもって聞こえるから……』


『別に! で、電話だからそう感じるだけだって!』


 まあ、本当はめちゃくちゃ緊張してるんだけど。ここで否定しないと、女子と電話慣れしてないことがバレてしまう。


 そうなれば俺が恋愛経験ゼロだとバレるかもしれない。それだけは何としてでも隠したいので、嘘ならいくらでも付く。


『あー、そうだよねごめん……。でもさ、こうして天崎くんと電話で話すのも何だか不思議だよね。昨日まではほとんど話すことも無かったし』


『まあ、色々ありましたしね……。ほんと激動の二日間って言うか……』


『だね。最初は天崎くんが私の彼氏のフリをしてくれて、有希や玲奈たちの前でもカップルのフリをしてもらったし、ほんと天崎くんには迷惑かけてばっかりだ……』


『それはもう済んだ話なんで良いですよ。それに嘘の件は二人の共犯ということで話が付いたわけなんで』


 人に気を遣いがちな千歳だから、俺に対する責任は強く感じているらしい。だけど彼氏のフリをしたのは俺なわけだし、別に気を遣わなくても良い。 


『そう言ってくれるのは嬉しいけど……』


『けど?』


 何かをためらっているのか、少しの間が流れる。そして緊張を帯びた千歳の声は電話越しにも伝わって来た。


『天崎くんはいつまでこの嘘をついてくれる?』


『えっ?』


『ごめん、言い方を変えるね。天崎くん、このままずっと私の彼氏のフリを続けてくれれないかな?』


『ずっと……?』


 ずっと、の意味が頭の中で反響する。ずっと、それはつまりこの関係をこれからも続けるということ、だよな。


 だけど俺と千歳はどう考えても釣り合わないし、これからずっと他の男子たちの嫉妬の視線にさらされるわけで。


 こんな申し出を断るとか、どの口がって話だけど、それでも俺にはその役は務まらないと思う。


『今日は彼氏のフリをしたけど、これをずっと続けるのは無理があると思う。それにいつか絶対ボロが出ると思うし……』


『やっぱり、そうだよね……。それなら相談なんだけどさ、あと一か月だけ彼氏のフリをしてくれない?』


『一か月?』


『うん。それで一か月後に天崎くんにフラれたことにして欲しいんだ。それなら私たちの嘘もバレずに済むと思うし』


 俺も星野たちに嘘をついた責任があるし、それで千歳が嘘つき呼ばわりされるのは避けたい。


 千歳はいつまでもカッコいい存在であるために、星野たちに弱みを見せるのは嫌なのだろう。その姿勢とか、徹底ぶりはほんとに凄いし、俺に出来ることならフォローしたいと思っている。


 それに一か月なら、彼氏のフリをするのもまだ大丈夫だと思う。


『でも、ほんとに俺みたいなのが彼氏だと思われても良いの?』


『そこはまったく気にしてなかったかな? お昼の時にも言ったけど、天崎くんの好きなところはたくさんあるし』


(す、すすっ、好きっ……!? たくさんあるの……!?)


『…………』


『もしもーし、天崎くん……? ねえ、聞いてる?』


 俺は壁に頭をくっつけながら、少しでも顔の熱を冷ます。


 そして脳を冷静にするために鼻から数度息を吸った。


『き、聞いてるよ……』


 どうにか振り絞った声でそう答えると、電話の向こうからほっと息を吐く音が聞こえた。


『ふうー、聞いてないのかと思った。それで天崎くん、どうかな?』


『……ほ、ほんとに俺で良いなら、一か月だけ彼氏のフリをさせてもらいます』


『ほ、ほんとにっ?! 少し考えたりしなくても良いの?』


『まあ、一か月くらいなら』


『そっか……。うん、ありがとね何から何まで……。それじゃあ、これからもよろしくってことで』


『はい、こちらこそ……』


 心臓の奥はもう痛いほど高鳴っていた が、それでも千歳に悟られないように普通の声を装った。


 そして少しでも早く電話を切り上げようとする。しかしその前に千歳の声が喋り出して、言うタイミングを失った。


『そう言えば、私は天崎くんの好きなところを言ったのに、私の好きなところはまだ言われてないよね?』


『そう言えば……。でも、やっぱり俺も言わないと駄目ですか?』


『もちろん。私だけ言うなんて平等じゃないので、ちゃんと聞きたいかな』


 お昼はチャイムのおかげで逃げられたけど、さすがにここで逃げれば千歳からの信頼も失うことになる。


 だから俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、男気を見せようと口を開き——


『ち、千歳さんには欠点なんて無いと思いますよ……』


 ——直前でひよってしまった。


『なにそれ……』


『いや、えっと、これは本当にそう思ったというか、千歳さんの好きなところはたくさんあるって言うか……』


 わたわたと身振り手振りで言い訳をつくが、それが電話の奥にいる千歳に伝わるはずもなく。


 フッと息を吐く音と、申し訳なさそうな声が聞こえた。


『ウソウソ! ごめんね、無茶言って。そんな昨日初めて話したばっかりなのに、偉そうなこと聞いちゃった。私の好きなところなんて無いのにね!』


『いやさっきのは……』


『ううん、良いんだ。ちょっと期待したけど、欠点が無いって言われたのも普通に嬉しかったし!』


『だからそうじゃなくて、本当に言いたかったのは……』


『大丈夫、無理しなくて良いよ。天崎くんの言葉だって……』


『千歳さんはすっごく可愛いです!』


『えっっ……。かっ、かわっ!?』


『はい! 千歳さんは僕が出会ってきた中で一番可愛い人だと思います!』


 さっきはひよって言えなかったけど、今度こそ言えた。


 だけどこれは本心で、俺は千歳を見た時からずっと可愛いと思っていた。


『えぇっ! で、でもそれって、ええっ? いや、そんなわけないし、でも……』


『ん……?』


 あの千歳がめちゃくちゃ焦っている。

 

 でも、そこまで驚くことだろうか?


 俺は可愛い人に対して可愛いと素直に感想を言っただけだし、別におかしなことは言ってないはずだ。


 それに可愛いなんて、千歳なら言われ慣れているだろうし、俺に言われたくらいで別にどうってことないはずだ。


(それとも今のキモい発言で引いたとか?) 


 くそっ、考えれば考えるほどそっちの可能性大じゃないか!


 それなら早く電話を切って、今すぐにこの痛い記憶を消したいんだが。


 いや、もうすでに手遅れかも知れない。また俺は黒歴史を作ってしまったのか……。


「つ、つまり天崎くんは私のことを……その……」


?」


 そう聞き返したら、ますます千歳の声が聞こえなくなった。


 駄目だ、これは完全にキモいと思われてる。


 絶対そうだ。


 こうなったら今すぐにさっきの発言について謝らないと。


『千歳さん、さっきのことは……』


『そのことなら大丈夫だから! あっ、えっとごめん! ちょっと呼ばれたから電話切るね。じゃあまた!』


『あ、あのだからさっきのは……』


 しかし俺がさっきの発言を訂正する暇もなく電話は切られた。


 スマホからはプープーとあざ笑うような音が聞こえてくる。


(完全に終わった……)



————————


 1章は終わりです。

 ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。

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これは恋愛経験ゼロだとバレたくないカップルの物語 風太郎 @kazemaki

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