第11話 二人だけの帰り道—①
ようやく今日の授業が終わり、俺は急ぎ足で教室を出た。
まだ千歳に聞きたいことはあるが、もう俺にそんな気力は残ってない。
男子たちには殺意を向けられるし、気づけば千歳との関係を聞かれるしで、精神的にかなり疲れた。
だから家に帰って早く寝たい。
今はそれしか頭に無かった。
校門を出て、勾配のある下り坂を降りていく。
千歳のように目立つ容姿をしてないので、陰キャの固有スキル『気配遮断』を使えば、俺は簡単に背景キャラになれる。
そう思っていたけど、後ろの方で誰かが走ってくる音がした。それはどんどんと大きくなり、ついに「天崎くーん!」と呼ばれて俺は振り向いた。
すると案の定、千歳が走ってくる姿が見えて、俺はその場で立ち止まる。
「千歳さん? どうしてここに?」
「それは天崎くんと話したいことがあるからだよ。それなのに君はすぐいなくなっちゃうから急いで追いかけて来たんだよ?」
「それはごめん。でも千歳さんと学校で話してると、周囲がざわつくし……」
「まあ、そうだとは思ったけど。でも、帰り道ならその心配もいらないよね」
「……」
千歳は俺の横を歩くと、いたずらっぽい笑顔でそう答える。
(それにしても何だこの状況……)
よくよく考えるとありえない組み合わせだ。
友達のいない万年ぼっちの俺と、片やクラスカーストどころか高校のカースト上位に位置する、奇跡のハーフ美少女。
やっぱり、どう考えても釣り合わない。
「どうして何も言ってくれないのかな? こうも無視されると私だって恥ずかしいんだけど?」
「あ、いや、その、ちょっと考え事をしてて……」
「そんなに私と話すのはつまらないんだ? まあ私は面白いことなんて言えないですし……」
「いやそういうわけじゃ無いんだよ、ほんと!」
「ほんとに? 無理して言ってない?」
覗き込むようにこっちを見つめてきたので、思わずのけ反ってしまう。すぐに俺は首振り人形みたいに頷いた。
「してないしてない! むしろ、千歳さんと話すのはめっちゃ楽しいよ!」
焦ってめっちゃ、とか付けてしまった。
いつも思うけどテンパリすぎだろ俺。
こんなんじゃ、ほんとにキモい奴だと思われる。
「ふーん、そっか……。それなら良いんだけど……」
何が良かったのか分からないが、千歳の追求からは逃れられた。
坂を下りながら俺と千歳は一緒に並んで歩く。こんなところを他の男子に見られたらと思うと気が気じゃないけど、ここでビクビクするのは男としてダサい。
「そう言えば、千歳さんも歩きなんだ?」
「うん、私の家はすぐ近くだから。ほら、あそこに見えるのが私の家だよ」
そう言って千歳が指差したのは、
「えっ? もしかしてあのでかい豪邸のこと言ってます?」
「そうだけど。というかどうして急に敬語?」
「いや、なんとなく」
この高校は丘の上に建っているので、この街を一望することができる。その中でも塀に囲まれた白塗りの豪邸は一際目立っている。
さすがは高校のアイドル、容姿だけでなく家まで規格外だったとは……。
「天崎くんの家もここから見えるの?」
「まあ一応見えますけど、ウチは普通の一軒家なのでここからだと小さいですよ?」
「それでも良いから教えてよ。場所とか気になるし」
ウチの家なんて誰も気にならないと思うのだが……。
「えっとあのマンションの左側にある赤茶色の屋根の家なんだけど……」
と、俺は分かりやすいように自分の家を指さして千歳に教える。
「んーと、もうちょっと待ってね。今、探してるから……」
千歳は目を糸のように細める。そのせいか鼻の上に皺が寄っていた。
「目すごい細くなってますけど、もしかして視力悪いんですか?」
「うん、実はね。ちゃんとコンタクトはつけてるんだけど、遠いものは見えずらいんだよね。ねえ天崎くん、そのまま家の方向を指しててくれる?」
「そんなことで良ければ……」
そう言った直後、俺の視界にふわりと金髪が舞った。それと一緒に甘い香りして、
視線を動かすと真横に千歳がいた。
(うわ、顔ちっさ!)
いや、それよりもこんな近くで見るのは反則な気がする。
しかし千歳は気にした様子もなく、片目をつぶりながら俺の指さす方向を真剣に見つめていた。
もしかして夢中になってこの状況に気づいてないのか?
それともこういうのは気にしないとか?
でも星野たちの話を聞くと実は恋愛経験が無いような気もするし……。
もうほんとどうすれば良いんだよ?
「あっ、もしかしてあの家かな? 天崎くん……?」
そんな俺の葛藤を知らずに千歳はそう聞いて来る。
「ごめん見てなかった、えっとどれのこと言ってる?」
「いやだから、あの赤い屋根の……」
そう言って顔を上げた千歳は、口を半開きにしながら固まった。そしてじわじわと頬が赤くなっていく。
これはひょっとして、千歳は恥ずかしがってるのか?
「千歳さん、どうしたんですか? そんなに固まって……?」
「っっ……! えっとね、あの、その……、こ、こんな近くにいたなんて思ってなかったというか……だから、別に焦ってるとかじゃ全然なくて……!」
いや、どう見ても焦ってますよね。
もう何言ってるか分からんし、日本語もめちゃくちゃだし。
しかし自分より焦ってる人を見るとなぜか冷静になれるらしい。
「千歳さん、俺は何も気にしてないから大丈夫だよ」
「いい、言っておくけど、私だって別に気にしてないんだから! 今のは焦ったとかじゃなくて、驚いただけだし……」
「……」
「ねえ、ちょっと何とか言ってよ。今のは本当だから、ねえちゃんと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
千歳に制服を揺さぶられながら、俺は隣の美少女を少しだけ温かい目で見た。
(千歳ってこんな可愛げがあったっけ?)
今の姿を見てしまったら、あの高嶺の花というイメージが崩れてしまう。
「ねえ、どうしてそんなあったかい目で私を見るの? ねえ、どうしてそこでちょっと微笑むの?」
もしかすると俺は千歳梨花という人間を勝手に決めつけていたのかもしれない。
それなら余計に、お昼に星野たちが言っていたことが気になった。
だから本当に千歳は恋愛経験があるのかどうか、ここで確かめたい。
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