第10話 協力プレーは失敗

「それで梨花たちは付き合ってんの?」


「……」


 その質問が来た瞬間、俺と千歳は固まった。


「梨花さま、そこでどうして黙るんですか? まさかそんなわけ無いですよね? あの誰とも付き合ったことが無い梨花さまに限ってそんなことは……」


 え、誰とも付き合ったことが無いの……?


 昨日は恋愛経験があると言ってた気がするんだけど?


「そうそう、それに男子と会話するのだって緊張する梨花だし、あんな噂はデマに決まってるよね?」


 え、千歳って男子と会話する時に緊張してたの?


 それも初耳なんですけど!


 横目で千歳を見ると、唇を内に巻き込んで恥ずかしそうに顔を俯けている。

 それにスカートとぎゅっと握ってるし、この反応を見ると千歳さんは本当に……。


「んー、やっぱり梨花のことを考えるとあの噂は……」


「ええ、きっと誰かが流した嘘に決まって……」


「あ、あの噂は本当だからっ!」


「「「えっ?」」」


 テーブルに手をついた千歳は、宣言するようにそう答えた。


(え? ほんとに何で……?)


 千歳がどうして嘘を付いたのか分からない。ここで嘘を付けばさらにややこしいことになるのは目に見えている。


「え? マジ? じゃあ梨花と陰キャ君はほんとに……?」


「いや、それは千歳さんが……」


 俺が否定しようとすると、テーブルの下で千歳に袖を引っ張られる。

 そして彼女は懇願するような目で見上げてきて、


「いや、俺と千歳さんは付き合ってます……」


 また俺は嘘をついてしまった。


 最近、嘘に嘘を重ねすぎて、もうほんとに後戻り出来なくなってる気がするんだが。


 これ、大丈夫……だよな?


「ウソ? あの梨花が恋愛する気になったなんて信じらんないだけど!」


「これはドッキリか何かですよね! 私の梨花さまが男性とお付き合いすんなんて……」


「ドッキリじゃないし、二人とも私を馬鹿にしすぎだよ。わ、私だって恋愛くらいは普通にするから……!」


「そんな……私の梨花さまが……」


 長岡は千歳のことを敬愛していた分、かなり落ち込んでいる。


「ねえ有希、言っておくけど私はあなたのものでは無いからね?」


「つまり、私はただの遊びだったのですね……」


「いや普通に友達だから、そんな誤解されるようなこと言わないで!」


 あの千歳が長岡の前だとツッコミ側に回るとは……。


 ほんと長岡ってどんなキャラなんだよ。


 そんなことを考えていると星野がポンと手を打ち、


「あ、そっかー! だから昨日、化学の授業で一緒に来たんだぁ!」


「そ、そうだね……!」


「でも付き合ってんなら、アタシたちに教えてくれても良かったのにー」


 少し拗ねたように星野はそう口をすぼめる。


「だってそれは恥ずかしいし……」


「ふーん。でもさー、二人はいつから付き合ってんの? あんま二人が話してるイメージって無かったんだけど?」


「えっとそれは……」


 千歳は頬を掻きながら、どうする? と言いたげに俺の方を見てきた。


 まあ、千歳と話したのも昨日が初めてだったわけで、さっそく嘘がバレそうになる。


 だけど俺も嘘をついた責任があるので、千歳ばっかりに頼っていたら俺の存在意義が無くなる。


 だからここは任せて欲しい!


 そう思って俺は千歳に目配せすると、千歳もコクと頷き返した。


「えっと半年前に俺が千歳さんに告白して」

「えっと一年前に私が天崎くんに告白して」


「「あっ……」」


 どうやら俺たちは意思疎通が取れていなかったらしい。協力プレーは失敗に終わった。


「え、半年前? 一年前?」


「あー、えっと半年前に俺が告白したんだよ。そうだよね千歳さん?」


「あーうん、そうだったね。ごめん間違えちゃって!」


「……」


 そんな俺たちを星野はじーっと見る。やっぱり怪しまれるよな。


「ふーん、でも半年前から付き合ってたなんてアタシ全然気づかなかったなぁ……」


 星野は少し眉を顰めていたけど、何とか誤魔化せた、よな?


 いやこの反応はどっちだ?


 さっそく嘘がバレそうになったけど、本当にこのまま隠し通せるのだろうか?


「ですが梨花さまは天崎くんのどこを好きになったんですか? 千歳さまが付き合うほどですし、私とっても気になります!」


 おいおい、また面倒な質問を。


 そもそも俺と千歳は昨日喋ったばかりなのに、俺の好きなところなんてあるわけ——


「天崎くんの好きなところ? それならたくさんあるけど?」


(えっ、あるの? マジで!?)


 こんなぼっち陰キャを好きになる要素なんて普通は無いと思うのだが……。


「さ、参考のためにぜひとも私に教えてください!」


 いや、何の参考だよ。


「あ、うん。例えば、私が困ってる時に助けてくれるところとか、」


(あれはたまたまで……!)


「それに意外と甘いものが好かなところとか、」


(そんなことも……?)


「あと、私と少し似てる部分があって安心できるところもかな」 


(ぶ、ぶはっ……!)


 最後の好き発言で見事に俺は爆死した。


 まさか高校のアイドルにそんなことを言ってもらえるとは。


 いやいや、調子に乗るなよ俺。これは長岡たちを誤魔化すために言ってるだけだ。


「なるほど、梨花さまはそういうところが好きなのですね! 勉強になります!」


 何の勉強になるのか分からないが、とりあえず長岡はスルーしよう。


「それじゃあ陰キャ君は梨花のどこが好きなの?」


「えっ……?」


 いやまあ、この流れだと俺の番になるとは思ってたけど……。


 星野に聞かれた途端、千歳が俺の方をちらちら見てきて何だか喋りにくい。


 それにいざ千歳の好きなところを言うのは照れくさくて、なかなか言い出せない。

 女子たちに注目される中、乙女かよってくらいモジモジしてしまう。


「ほらほら恥ずがらずにさー、君は梨花のどこが好きなのかなー?」


 星野に急かされて俺は口を開く。それと一緒に心拍数が数倍早くなる。


「え、えっと千歳さんの好きなところは……」


 そう言いかけた時、昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴った。


(た、助かった……)


 俺はひとり安堵すると、すぐさま席から立ち上がる。


「そ、それじゃあ次の授業に遅れるし、俺は先に戻るから!」


「あー、陰キャ君が逃げたー!」


 背後で星野の叫ぶ声を聞きながら俺は急いで教室に戻る。


 だけど最後に見えた千歳の不満そうな顔が頭をよぎり、俺は自分にため息を吐いた。



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