第9話 四人で昼ごはん
間接キスは未遂に終わり。
俺たちの前には千歳の親友の星野玲奈と長岡有希が立っていた。
この感じだと嫌な予感しかいないので、俺はすぐに退路を確保しようとする。
「あ、俺はお邪魔だろうし教室に戻るよ。じゃあ後は三人で楽しんで……」
「いえ、帰すわけには行きません。私たちは梨花さまと天崎くんの二人に用事があるのですから!」
立ち上がった俺は長岡にがしっと掴まれて、そのままベンチに押し戻された。
「そういうこと! でも休憩時間は梨花の周りに人がいたし、昼になったら二人の関係を聞こうと思ってたのに、いつの間にか二人とも消えてるしさー!」
「それはちょっとイチゴ牛乳が飲みたくて……」
千歳は少し恥ずかしそうに指をつんつんしながらそう答える。
「イチゴ牛乳? あー、それ懐かしい。良く子どもの時に飲んでたやつだ。でも、梨花ってこういう子どもっぽいの好きだよね?」
「別にイチゴ牛乳は子どもっぽく無いよ! それに私も最近はたまにしか飲んでないし……!」
「あーうん、そっか。ねえ、私もちょっと飲んでも良い?」
「それは全然良いけど……。あ、でも……」
「ん? やっぱだめ?」
チラッと千歳は俺の方を向くと、気まずそうにまた視線を戻した。そして誤魔化すように首を振った。
「そ、そうじゃなくてもうこれ全部飲んでよ! 私はたくさん飲んだし……!」
「え、そうなん? じゃあもーらい!」
「あっ、玲奈さんだけズルいですよー! 私だって梨花さまが口付けたイチゴ牛乳を飲みたいのにー!」
「んうう〜、ほんとだー。久しぶりに飲むと美味しいねこれ」
「それなら良かった、かな……」
「ちょっと私のことを無視しないでくださいよ! 私も早く梨花さまと間接キッスしたいです!」
「ちょっと有希は落ち着いて」
「はい、梨花さま……」
結局、星野がひとりで全部飲んでしまい、人生初の間接キスイベントはあっさりと終わった。
いや、これで良かったのだ。内心ほっとしてるし……。
それにあんな噂が広がっているのに、ここで千歳とカップルっぽいことをすれば本当に言い訳がつかなくなる。
「玲奈さん一人だけズルいです……」
「もう有希、私たちはそんなことをするために二人を探したわけじゃないでしょー? ここには二人の関係を聞くために来たんだから!」
「あ、そう言えばそうでした……!」
半眼で睨んでいた長岡も本来の目的を思い出したらしく、真面目な表情になった。
千歳のことになると一気に百合バカになるが、今は社長令嬢らしく品のようなものを感じる。
「それで梨花、あの噂は本当なの?」
「梨花さま、あれは嘘なんですよね? きっとそうですよね?」
「それは……」
二人に詰め寄られた千歳はゆっくりと口を開く。
だがその続きを言う前に、千歳のお腹から「ぎゅるるるー」と可愛らしい音が鳴った。
千歳ら何ともなさそうな顔をしているが、隠しきれないほどほっぺは赤い。
そんな姿を見て俺は提案する。
「その前に昼ごはんを食べませんか?」
☆☆☆
「大丈夫ですよ梨花さま。人間の三大欲求の一つは食欲なんですから恥じる必要なんてありません。だから、その赤くなった顔を撮らせてもらって良いですか?」
「全然フォローになってないし、接続詞も間違ってるし、あと写真もだめ!」
「へえー、千歳さんって意外にツッコミ気質なんだ……」
「天崎くんもそんな感心した目で見ないでくれるかな……は、恥ずかしいし!」
あれから昼ごはんを食べることになり、今はどこで食べるのか思案中。
「いつもは教室で食べてるけど、今日はちょっと避けたいよね……」
千歳の意見はもっともだ。あの教室で食べれば質問攻めに合い、俺は男子たちから殺意を向けられる。
「うーん、それなら学食とかは?」
「いや、この時間は多分混んでると思うけど?」
「あーそっか。そう言えばさ、陰キャ君と話すのこれが二回目だよね?」
「ああ、そう言えば……」
「それじゃあこれからはどんどん喋ってこ! よろしくね陰キャ君」
「お、おう……」
おい、もっとマシな返答あるだろ!
と自分でツッコむが、コミュ障なので仕方がないか……。
それにこういうギャルっぽい人と話すのは気が引ける。今まで関わることが無かったタイプの人だし余計に緊張する。
「それじゃあさ、購買で何か買ってから中庭のベンチで食べよっか?」
「ああ……」
「うん、私もそれに賛成」
「私は梨花さまと一緒ならどこでも大丈夫です!」
四人の意見も一致したことなので、俺たちは購買に向かって各々昼飯を買った。
そして緑の芝が一面に広がる中庭に来ると、第一校舎の日陰部分にあるテーブル席に向かう。
もちろん男子からの痛い視線も飛んで来て家に帰りたくなったが、さすがに逃げるのは千歳たちにも失礼だ。だから周囲の視線を無視して席につく。
そして俺はさっき購買で買ったあんぱんと牛乳を取り出すと、右隣りに座る千歳もちょうどレジ袋からお弁当を出した。
チラッと見て、また二度見した。
彼女が買ったのは男子ですら苦しくなる量の『からあげ弁当特盛』だったのだ。
「あ、今こいつめっちゃ食うなって顔したでしょ?」
「い、いやー。別にしてないけど……?」
「嘘だ、その目は絶対に思ってるよ」
「私は全然気にしませんよ。梨花さまは人よりもちょっと食いしん坊なだけです。別におかしなところなんてありません!」
「だからフォローになってないから! 私は食いしん坊なんじゃくて、ちょっと代謝が良いだけなの! だから天崎くんも勘違いしないでね?」
「あーうん、ちゃんと分かったから……」
「んー、ほんとかなー?」
「ほ、ほんとほんと!」
半眼で怪しまれたので、俺は対面に座る長岡に視線を移した。
長岡はコーヒーとサンドイッチを買ったらしい。そして左隣に座った星野はカップラーメンをすすってる。
昼食だけでも全員の個性が出るんだな。
そして雑談を交わしながら俺も食べ進め、千歳が『からあげ弁当特盛』をあっという間に完食すると、星野はついに話を切り出した。
「それで梨花たちは付き合ってんの?」
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