第6話 女子の勘は鋭い
化学の授業が始まると、すぐ後ろで千歳たちの会話が聞こえた。
「ねえ梨花、今日遅かったけど何かあったん? 教室にも帰ってこないしアタシら心配してたんだよ?」
「そうですよ梨花さま! 私、すごく心配したんですから!」
「ごめんね、心配をかけちゃって。でも玲奈たちが心配してるようなことは何も無いから安心して……」
化学の授業はそれぞれ班が決まっていて、千歳の班は千歳と
この三人はいわゆる親友関係で、いつも一緒にいるメンバーだ。
それに千歳と並んでも見劣りしないほど、二人とも抜群に可愛い。
「ですが、梨花さまは心配をかけないように嘘を付く時がありますから、その言葉も信用しかねます」
「ええっ、そんなに信頼されてないの私……?」
イメージ的に高そうな紅茶とかを飲んでそう。
「あー、でもそれ分かる。梨花って自分のことは一人で背負いがちっていうかさ、もう少しアタシらのことも頼ってほしいよねー」
「ううっ……」
一方の
「それでお昼になんかあったんでしょ〜? ほらここで、アタシらに正直に話してごらんよ〜」
「はい……」
叱られた犬のようにしゅんとする千歳は、訥々と昼に起きた事件のあらましを話した。
それにしてもさすが千歳の親友というか、ちゃんと彼女のことを見抜いている。どうやらこの二人には隠し事は出来ないらしい。
「——とまあそんな事があったんだけど……」
「ふーん、要するにそのとある男子が助けてくれたと。良かったじゃん千歳」
「うん。颯爽と横から現れてカッコ良かった、かな……」
ビクッと俺の体が揺れた。
そのとある男子って言うのは、もしかしなくても俺のことだよな。
(ど、動揺するな俺……)
きっと千歳は後ろに俺がいると知ってからかっているのだ。
「でもそれって物語の王子様みたいじゃないですか? ちょっと嫉妬しますけど。私がその場にいたら梨花さまを助けられたのに……」
長岡までそんなことを言わないでくれ。
こっちが余計に俺が恥ずかしくなる。
「天崎? 頭を抱えてるが体調でも悪いのか?」
「い、いえ。これは大丈夫なやつなんで!」
「それなら良いが無理するなよ……」
俺が動揺しすぎたせいで、化学教師にまで心配されてしまった。
その時、後ろでくすくすと笑う千歳の声がして、自分の顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。
それから化学の実験をすることになり、俺は手持ち無沙汰になっていた。俺の班は仲良し3人組の女子たちがいるので、俺は空気になるしかない。
だから教科書を持って少しでも参加している感を出す。
「そう言えばさ、どうしてあの陰キャ君と一緒に入ってきたの?」
しかし星野の質問が聞こえてきて、すぐに俺の意識は千歳たちの会話に持って行かれた。
(また俺の話題かよ……。もうその話は良いだろ!)
気づいたら自然と聞き耳が立つようになっている。
「あー、それなら天崎くんと教室前でばったり合ったから一緒に来ただけだよ」
「それほんとかなー? なーんかちょっと怪しい匂いがするんだよねー」
星野がクンクンと匂ってくるので、千歳はくすぐったそうに笑っている。
それに便乗するように長岡も混ざった。
「もう玲奈さんだけずるいですよ。私だって千歳さまを匂いたいです!」
「あははっ、ちょっ、二人ともくすぐったい。あっ、そこは、よ、弱いからっ……!」
首元を二人に嗅がれて千歳はよろめいた。
その吐息と一緒に漏れる甘い声が妖艶で、この教室にいる全男子が千歳を見つめていた。
もちろん俺もその一人である。
「ほーら、もうここで全部吐き出しちゃいなってー。その方がうんと楽だぞ〜?」
「り、梨花さんの香り……。はわわ〜、これはなんて可愛い匂いなんでしょう!」
「ちょ、ちょっと二人ともストップ、ストーップ! だから別に隠してることなんて何も無いから。これでもうこの話はお終い!」
「ちぇー、せっかく千歳から恋バナ聞けると思ったのにつまんなーい!」
「私は彼氏なんて反対ですよ。梨花さまはいつまでも私のアイドルなんですら、梨花さまの大ファンとして誰にも譲る気はありません!」
「有希、あなたはちょっと落ち着きなさい」
「はい、梨花さま……」
そう言えば長岡は自らを千歳の古参と名乗る、ちょっと百合系の人だった。
関わるのはやめとこう。
(でもさっきは危なかったな……)
あの時、千歳が俺のことを隠してくれたから良かったものの。
もしもこんな男子が注目する中で俺の名前が出たら、全員から殺意が飛んでくるところだった。
余計な面倒事に関わるのは嫌なので、ほんと助かった。
幸い、星野たちも千歳の追求はやめたようなので安心——
「それなら陰キャ君に直接聞いてみよっと!」
——出来なかった。
(はっ? えっ? はっ?)
内心焦りまくっていると、星野がずかずかと俺の前までやって来た。
その後ろで「あちゃー」とおでこを抑える千歳と、値踏みするような長岡の姿が見える。
「それでどうなの陰キャ君? どうせこっそり話を聞いてたから分かるでしょ?」
「ま、まあ聞いてましたけど……」
「それで千歳とはどういう関係なの? ほら男なんだしガツンと言っちゃいなよ!」
「お、俺と千歳さんは……」
と言い出した瞬間。
教室中に殺気を感じた。周りを見渡すと男子全員、もとい長岡がこっちを睨みつけてきて、背中に大量の汗が流れた。
ここで発言を間違えると確実にヤラれる。
言葉は慎重に選ばないと。
「た、ただのクラスメイトですよ。別にやましいことなんてありませんって……」
「なーんだ。期待して損したじゃんー」
興味を失ったように星野がため息を吐くと、自分の班に戻って行く。周りを見渡せば殺気も消えていて、俺もひとり息をついた。
やっぱり彼氏のフリなんてもう懲り懲りだ。
その後はこれといった問題も起きず、俺は今日一日を振り返りながら学校を出る。
だがこの時、俺はもう少し考えなければいけなかったのだ。
残っている問題にも気づかないまま、俺はそのまま家路についた。
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