第5話 嘘の理由

「そう言えばさ、どうしてあの時カップルだって嘘ついたの? わざわざそんな嘘を付かなくても、友人設定とかであの場は切り抜けれたよね?」


「うん……。まあ、それはそうなんだけどさ。天崎くんに彼氏のフリをしてもらったら、山田先輩も諦めてくれるかなって、少し期待しちゃったところはあるんだ……」


「ん? い、いや俺みたいなのが彼氏とか現実味なさすぎでしょ! そっちの方が余計バレるって!」


「えっ、どうしてそう思うの?」


 千歳は心の底から不思議に思っているようで、首を傾げてそう聞いて来る。でも、そんなのは一目瞭然じゃないか。


「だ、だからさ、俺と千歳さんはどう考えても不釣り合いだし、誰が見てもカップルには見えないよ」


「うーん、そうかな? 私はそう思わないけど? だって天崎くんにはたくさん良いところがあるって知ってるし」


「そんなの無いんで。ほんとデタラメ言わないでくれ」


「あれれ~。もしかして天崎くん、今恥ずかしがってます? 何なら今ここで良いところを全部言ってあげても良いんだけどなぁ」


「言わなくて良いよ! ほんとそういうの間に合ってるんで!」


「んー、そっか。じゃあこれはまた今度言うね!」


 いたずらっ子のような笑顔を浮かべると、その綺麗な鼻の上に皺が出来ていた。笑うとさらに可愛いな、とかそんな情報ばかり増えていく。


 だいたい俺の良いところなんてあるわけ無いだろ。きっと千歳は俺をからかって楽しんでいるだけだ。


 それなのに、千歳が本音でそう言ってくれているのではないかと期待してしまう。


「でもどうして断ったの? 山田先輩はちょっとSっ気が強そうだけど、見た目もカッコいいしもったいない……」


「もう、君は私を何だと思ってるの? 言っておくけどね、私は人を顔で判断しません。それに私はまだ誰とも付き合う気が無いんだよ」


「そ、それはごめん……」


「いいよ、君に悪気が無いのは見て分かるから……」


 それにしても千歳ほどの美少女なら付き合ってる彼氏がいると思ったけど、実際はそうじゃないらしい。


「だけど山田先輩だけは絶対に無いかなー。あの人、女の子慣れしてそうでなんか怖いさ。私はもっと真面目で優しそうな人が良いよ」


「ふーん、真面目そうな人ねえ。でも、これまでたくさん告白されてきたんだから、その中に真面目な奴もいたんじゃないの?」


「んー、どうなんだろ? 私、今まで告白されても全部断ってきたから、正直分からないや」


「さすがモテる人の言う事は違うね……」


「むぅー。それ褒めてないでしょ! でも、そうだよね。これは褒められる行為じゃないし、自分でフッておいて最低だな私……」


 フッと軽く息を吐くと、千歳は自嘲気味に笑った。俺の中で千歳梨花という人間は、悩みなんてない完璧人間だと思っていたが、こうやって卑屈になることもあるらしい。


 一瞬。ほんの一瞬だけど、少し千歳の内面を覗いた気がした。


「さっきのは褒め言葉で言ったんだって。だから気にしないでよ」


「なーんか怪しいなぁー。君の方から嘘つきの匂いがするよ?」


「まあ俺、嘘つきだし」


 昔からプライドだけはいっちょ前なので、俺にとって嘘は武器だ。嘘で固めてきた人生といっても過言ではない。


「じゃあ似た者同士だね、私たち!」


 クスクスと目を糸にしながら笑う千歳があまりにも可愛くて、俺はつい視線を反らしてしまった。


(全然、似た者同士じゃねえっての……)


「だけど、中には今日みたいにしつこく迫ってきたりする人もいるし、告白を断る側も大変なんだからね?」


「確かにそれは大変かも」


 誰にでも気を遣う千歳からすれば、断るだけでも相当の精神を削るのだろう。そんな経験ないから俺には分からないけど、千歳には千歳なりの苦労があるらしい。


「だから今日はほんと天崎くんがいたおかげで助かったよ。いっそのこと、これからも彼氏のフリをしてくれても良いんだけど? 契約カップルみたいな感じで?」


「無理無理。俺には荷が重いよ。それに千歳梨花の彼氏なんて肩書背負った日には、全男子から殺意を向けられそうだし」


「あはは、良い考えだと思ったんだけどなぁ。まあ君にも苦労をかけそうだし、無理を言ったら駄目だよね。やっぱ今のは忘れて」


「うん、そうさせてもらうよ」


 その時、昼休憩の終わるチャイムが鳴り、俺と千歳はこのまま一緒に教室まで帰る事にした。


 もちろん昼飯は食べられなかった。



☆☆☆



 急いで教室に戻ると部屋には誰もいなくて、次の授業が移動教室だと忘れていた。


 俺と千歳は急いで化学の教科書を持つと、廊下を走ってまた第二校舎に向かう。

 

 その時、なぜか千歳は俺の前を走った。


「私に付いてこれるかな?」


 そんな安い挑発に乗るほど俺は子どもじゃない……。


「うおおおおおおお!」


「え?」


 いや俺はこんな安い挑発にも乗るほど、プライドが高い人間でした。

 だから帰宅部の本気を出して千歳を追い抜く。


「それじゃあお先に……」


「あ、ちょっと待って!」


 唐突に始まった遅刻厳禁レース。


 俺と千歳は謎のプライドをかけて本気で勝負をし、第二校舎の一階奥にある化学室までひた走る。


 そして教室に着いた時はギリギリ授業開始の一分前で、俺たちはほとんど同じタイミングで滑り込むように教室に入った。


(ふうー、ギリギリ間に合ったー)


 そのことに安堵して横を見ると、千歳は俺にだけ伝わるように「私の勝ちだね」と小声で呟いた。


 しかし、今のはどう見ても引き分けだと思うのだが……。


 さすがにこんなに人がいれば抗議なんて出来ないので、今回は負けを認めよう。


 その後は無言で、俺と千歳はそれぞれ自分の班の机に向かう。


 しかし隣同士の班だったことをすっかり忘れていて、俺と千歳は背を向け合う形で座った。


 何か、きまずい……。



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