06

「けいとごめん」

「なにに対しての謝罪だ?」


 やっときた、私はこれをずっと待っていた。


「それはその……紛らわしいことをしていたから」

「そうか、それなら受け取っておこう」

「あと、琴が言っていたように私のお誕生日のときはみんなで盛り上がろうね」

「いいのか? 自分の誕生日だからこそ全力で甘えたくなると思うが」


 あれは嘉子のことを考えてのことだったが完全に失敗だった。

 でも、もうどちらも聞いてしまっているから説得するのも難しい。


「うん、大丈夫、琴のお誕生日のときに全力で甘えるから」

「ははは、すごい発言だ」

「それにイトちゃんのことを考えて、でしょ? 私、けいとのそういうところが好きだな」

「今日は琴美がいるわけではないが気を付けた方がいい、無駄に争いたくないだろう?」

「大丈夫だよ」


 無根拠だがこれで嘉子と堂々と過ごせるからありがたかった。

 あと、本当に嬉しかったから今日の放課後は嘉子を迎えにいこうと決めた。


「じゃ、イトを迎えにいってくる」

「イトは中学生なんだからあんまり遅い時間まで外にいないようにね」

「ああ――あ、琴美、少しいいか?」

「いいけど」


 暁音から少しの間だけでも取り上げるのは少しアレだが聞いておきたいことがあったのだ。


「関係が変わっても出ていったりしないよな?」

「そりゃあのままが理想だけどあんた的にいいの?」

「当たり前だろう、父が駄目だと言うまではいてくれればいい」

「それならこれからも住ませてもらうわよ、家事もやらなければならないからね」

「ありがとう、それではな」


 そうか、それならあとは嘉子次第だな。

 最初のときと同じで急に消えてしまいそうだから少し不安になってしまう。

 だからこそ「けいと?」と本人が来たときに安心できた、その顔は「なんで?」とでも言いたげな顔だったがな。


「あの二人の関係が変わりそうだから嘉子にも教えたかったのだ」

「予想、外れちゃった」

「そんなものだろう」


 私の方は最初からありえないと決めつけていたから当たっていたことになる。


「あ、今日はおでんを食べたい」

「ふむ、まあたまにはいいだろう」


 中に落ち着いて食べられる場所を用意してくれているから温かい物を食べている間にも冷えていってしまうなんてことにもならなかった。


「だが、嘉子は琴美に興味があったのだろう?」


 大根が美味しいな、ではない。

 そういう風に興味を持った状態で一緒に暮らすことになってしまったとなればより影響を受けていてもおかしくはない。

 そうでなくても気に入りやすい人間だからな、しかも琴美は面倒見がいいし、能力も高いからなあ、と。


「え? なんでそうなるの?」

「最初に『あの子いいな』と言っていただろう?」

「それはお友達で安定してけいとといられるからだけど」

「はは、本当か? まあ、なにかがあってもあの二人は両想いすぎてなにもできないのだがな」


 これは姉的存在なりになにかがあったのなら吐かせておきたかったのだ。

 どうにもできないからこそ溜まっていくそれをなにかで、どこかで出さなければ爆発してしまうから。

 それで発散できればいいのだがそれでも駄目ならどうしても悪い方に傾ていく。


「これは琴美にも聞いたことなのだが、嘉子はまだいてくれるか?」

「けいとのお家に? うん、けいとのお父さんが駄目だって言うまではいたい」


 父は厳しくなっても言えるかどうか。

 きっと、余裕がなくなればなくなるほど私のことを考えて頑張ってしまうと思う、私の前ではなにもないと言わんばかりの態度で過ごしていそうだ。


「お母さんからなにか言われていないか?」

「ちゃんとお手伝いをしてねとは言われているけど帰ってこいとかは言われていないよ?」

「そうか」


 ……本当ならあまり褒められたことではないのだが喜んでしまっている自分がいる。

 でも、父から遺伝しているから私も「好きなだけいればいい」などと言って表には出さないようにする。


「あの二人がお付き合いを始めそうで寂しいの?」

「いや、私はただ友達として三人といたいだけなのだ」


 それだけはない、先程も言ったがやっとかと安心して喜んでいるぐらいだ。

 まあ、嘉子がなんでもかんでも当てられてしまう人間でなかったことにも安心している。

 なにかが起こる前からなんでも分かってしまったらつまらないだろうからな。


「私も?」

「当たり前だろう、私からすれば嘉子は妹みたいなものだからな」

「妹じゃ嫌だ」

「それなら姉か?」

「そういうのじゃない」


 となると、琴美みたいに母親みたいに――この顔を見るとそうではないみたいだ。


「おでん買ってくれてありがと、だけど帰ろ?」

「ああ」


 あ、中学生に買い食いをさせるというのは駄目だったか。

 浮かれすぎるのは危険だと改めて知った一日となった。




「誕生日おめでとう……はいいが本人達がいないんだよな」


 昨日が土曜、当日の今日が日曜なのもあってこれをまだ本人に伝えられていないことになる。

 別にやっぱりなしと邪魔をするつもりもないのにそこまで警戒しなくてもと言いたくなるところだ。


「金曜日の夜に出ていってから全く帰ってこないね」

「まあ、元々この日は二人で過ごす約束だったからいいと言えばいいのだが……」

「けいとのお父さんも忙しそうだし、なんかこの短期間で色々と変わっちゃった」


 ま、父はともかく二人が楽しくやれているのならそれでいい。

 そもそも連絡なんかもしていないし、なにも準備をしていないから帰ってこられてもという感じで。


「琴美達がお家に戻っちゃったら寂しくなるね」

「それが普通だからな。ふぅ、嘉子はどこかいきたいところはないか?」

「どこでもいい?」

「ああ、まだお昼頃だから少し遠くにいくことになっても構わないぞ」


 家にいてただだらだらしているぐらいなら嘉子のしたいことに付き合えた方がいいだろう。


「それなら海にいきたい」

「海か、公共交通機関を利用しなければならないがいいぞ」

「お金なら私が払うから安心して」

「気にしなくていい」


 ついでに外で食事も済ませてしまえば楽でいい。

 外に出ても恥ずかしい格好でもないのでそのまま家をあとにした。

 こちらの手を、ではなく裾を掴んできているので置いてけぼりにしてしまう心配もいらない。


「電車に乗ったのは久しぶりだ」

「私も」


 それでも利用した経験があったから恥をかかなくて済んだ。


「今更だが何故海を見にいきたかったのだ?」

「昔、お父さんがまだいたときに一緒に遊んだ場所だったから」


 そういう思い出があるだけまだいいような、邪魔でしかないような、私の場合はなにもなかったからこそここまで気にせずにいられている気がした。

 一つ分かっているのはあの父にあそこまで気が強い母は似合わないということだ。

 そして私にもそれらは引き継がれているだろうから嫌なところを見せてしまっているかもしれない。


「あ、嘉子はまだ中学一年生だから昔となると……」

「私がまだ小学四年生の頃は仲良しだったから」

「なるほどな」


 でも、事故死や病死などといった本人ではほとんどどうしようもない理由からではない時点でなあ。

 いやまあ、最初から絶望的に駄目ならこうはなっていないだろうから決めつけるのは悪いことだが置いていかれた側としてはな。


「泳いだのか?」

「ううん、そのときもこうして見ているだけだった」

「ま、仮にそのとき泳いでいてもいまは無理だったがな」


 ま、母が残っていたらいまみたいな生活は絶対に無理なので出ていってくれていて悪いことなど一つもないが。


「私、本当はあのとき死のうとしていたのかもしれない」

「自身のことなのに曖昧だな」

「結局、実行するまではこんな感じだと思うの、そこで一歩踏み出せる人とそうじゃない人がいるというだけで」

「そこで一歩踏み出せる人間にはなってほしくないな」


 たとえ勇気を振り絞った結果だとしても褒めてくれる人間なんか誰もいない。

 とはいえ、そこそこ恵まれている私だからこその思考だからかもしれない、究極的に追い詰められた人間ならそれも仕方がないのかもしれない。


「つまりあれが最後の日になっていたかもしれないということか」

「うん、だけど元々弱かったそこにけいとの存在が重なって無理になったの」

「あそこは好きな場所だからありがたいな」


 流石にそういうスポットに通い続けることは精神的にできないからな。

 あとは奇麗な景色もそういう情報に引っ張られて逆に怖く見えてきそうだから。


「それで私はけいとに――」

「少し待ってくれ、もしもし?」


 相手は金曜から消えたままの今日誕生日を迎えた琴美だった。


「あんたいまどこにいるの?」

「海辺だ」

「まじ? えーどうしよう」

「二人きりで楽しんでこい」

「いやもう金曜の夜から暁音といすぎていまは少し離れたい気分なのよね」


 何故当日まで取っておかないのか。

 いや分かるぞ? 金曜の夜から動いておけば沢山時間を使える! みたいにテンションが上がってしまうことは、こんな私でもあるし、好きな相手が付き合ってくれるとなればそうなってしまうのも仕方がないかもしれない。

 だが、それで「離れたい……」みたいな状態になってしまったら駄目だろう。


「ここにはイトもいる、どうせそこまで遅くまではいられないから十八時頃には帰る」

「あ、そうしてくれるとありがたいわ」

「ではな」


 スマホをポケットにしまったところで「今日は帰りたくない」と物凄く真剣な顔で頼まれてしまった。


「それならたまにはお母さんのところへいく……一日だけ帰る? のはどうだ?」

「けいとはいてくれるの?」

「流石に嘉子家では過ごせないな」

「それならいかない」


 かといって付き合い続けるわけにもいかない。

 少し引っ張っても立ち上がろうとしないのでもう運ぶしかなかった、流石に浮いている状態で暴れたりはしなかった。


「はは、電車ではちゃんとするのだな」

「……迷惑をかけたら駄目だから」

「そうだな」


 でも、電車から降りて駅から出てしまえば元通りで結局、私は家まで運ぶことになった。

 長期戦になることを見越してすぐに動いたわけだが、すんなりと帰ることができてしまってやはりというかあの二人はいなかった。


「もう離れないから」

「それなら寝るか」

「え、琴美が帰ってくるならなにか準備したりしなくていいの?」

「いい、嘉子も気にするな」


 なにか動くにしても十八時半ぐらいからでいい。

 いつも早起きだからこの時間に寝られるのはいいことだった。




「で、爆睡中なのね」

「うん」

「イトは――」

「嘉子だよ」


 なるほど、嘉子か。


「嘉子は凄く不満そうね?」

「だって帰りたくないって言ったのに聞いてくれなかったから」

「だったら暴れればよかったのに」

「……けいとに怪我してほしくなかった」


 まあ、抱き上げている途中で暴れたら自分も危ないか。

 立ちながら話すのも微妙なのでいまではすっかり慣れたリビングで話すことにした。


「暁音とは上手くいったの?」

「や、ずっとゲームをやっていただけなのよ」


 金曜の夜から出ていたのは暁音が好きなゲームの発売日がその日だったからだ。

 それでも私は穴見家に帰るつもりだったのに中村家にいくことになってしまった、携帯ゲーム機用のソフトで自由に持ち運びできるのに謎だった。


「え、じゃあ今日も二人で過ごせばよかったのに」

「暁音もほら、爆睡中だからね」

「なんか……もったいない気がする」

「まあ、いとにも言ったけどまだまだここで過ごさせてもらうからゆっくりやっていくわよ」


 頭の中にはゲームのことしかなくて本当は告白をしたかった、とかではないと思う。


「ただいま……」

「「おかえりなさい」」

「あ、そうだ、琴美ちゃんは今日誕生日だからケーキを買ってきたんだ!」


 弱々しい感じから一転、すごい嬉しそうな感じに変わった。

 結局はどこまでいっても他所の人間なのになんか申し訳ない気持ちになる。


「でも、予定が変更になってたまたまいるだけで本来ならここにはいなかったのよ?」

「それでもほら、一日とかで駄目になってしまうわけではないからね」

「あ、ありがとう」

「うん、誕生日おめでとう!」


 完全に自分のせいだけど友達からより友達のお父さんから祝われることが不思議だった。


「あれ? けいとと暁音ちゃんは?」

「二人は爆睡中ね」

「そっか、んーこれからどうしようか」

「もうそろそろ私が普通にご飯を作るわ」

「え、それもなあ……」


 あ、やばい、娘のいとが相手でもああなるわけだから私の場合はもっと駄目だ。

 ここに住むようになってから「しっかりと言わなければ駄目だぞ」と何度もいとからは言われているので頑張らなければならないところかもしれない。


「これだけで十分よ、嘉子もいいでしょ?」

「うん、琴美が作ってくれたご飯は好きだから」

「じゃ、じゃあたまには僕が作るよ」


 外に食べにいこう! とか言われるよりはましか……?


「はは、賢吾さんは作れるの?」

「こ、これでも母さんが出ていってからはけいとが作れるようになるまで頑張っていたからね」

「あ、ごめんなさい……」


 いやでもそれとこれとは別だ。

 疑っているどころかありがたいぐらいだけど仕事で疲れているのに無理はさせられない。


「え、謝らなくていいよ、だってどうやっても琴美ちゃんみたいにクオリティが高い料理はできないからね。ま、そんなことを言うなら出しゃばるなという話なんだけど、流石に今日ばかりは――」

「それなら私が作ろう」


 いとか、ま、まあ……賢吾さんを頼ることになるぐらいなら――いやでもいとに対してだってうぅ……。


「私も頑張る!」

「あんたはいいわ」「暁音は座っていればいい」

「なんでさあ……」


 よし、この間に一人で……って、できるわけがないわよね。

 腕を掴まれているし、いとは嘉子に頼んで私と父と暁音をキッチンから追い出した。


「なんか僕が一番恥ずかしいよね……」

「私も同じようなものよ……」

「私なんか単に戦力外なんだから二人は全く問題ないよ……」


 で、嘉子には甘くて二人で楽しそうにやっていたという。

 ただ、いつも無表情組の笑顔を見られたことはいい誕生日プレゼントになったけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る