03

「私だけ違う学年、違う学校で不公平だと思う」


 住み始めてからはこれを言うマシンになっている。

 まあでも、勢いで行動したばかりに勢いで家に戻られた、なんてことよりも遥かにいいと思う。


「は~」


 でも、お風呂の時間ぐらいは一人がいいからいまはなにも聞かずにいたかった、それだというのに駄目だったが。


「け、けいと、入っていい?」


 逆に暁音の方はなんか初対面の頃に戻ってしまったみたいだった。

 イト以上に心配になるので父みたいになんでも受け入れてしまっている。

 しかしなんだ、こうして同級生の裸を見るのは――考えるのはやめよう。


「落ち着け、この家には知っている者しかいないだろう?」

「うん……」

「なにが不安なのだ?」

「それはほら、けいとはお父さんが許可しちゃったから仕方がなく対応をしてくれているだけだから――」

「勝手に決めてくれるな、私は暁音達といられて嬉しいぞ」


 もうあれからは切り替えたのだ、いつまでも子どもみたいなことは言わないぞ。

 一番受け入れられている彼女なら実感できると思うのだが、まだまだ足りないのだろうか。


「イトは?」

「いまは琴とけいとのお部屋で話しているよ」

「早くお風呂に入らせておかないとすぐに寝てしまうからな、さっさと出た方がいいか」

「ま、待ってっ」

「だから落ち着け、一人にしたりはしない」


 一ヵ月ぐらいはこの調子だろうな。

 琴美やイトはすぐに慣れたから三人――いや父も含めた四人でなんとかするしかない。

 風邪を引かないようにまず自分をしっかり拭いて、それから彼女も拭いておいた。

 たったそれだけで安心したような顔になるから実はそれが気に入っていた。

 まあ、結局本命は琴美だから出しゃばることはできないが。


「琴美、イト、いまお風呂にいけば温かいぞ」

「お、じゃあいきましょ」

「うん、今日は私が琴美を洗ってあげる」

「はは、任せたわよ」


 あと初日はなんだったのかと言いたくなるぐらいすっかりいつも通りの琴美に戻った。

 二人だけに優しいわけではなくて私にも同じようにしてくれる、ただ不思議なのは琴美もまた二人きりで過ごしたいなどと言ってくるところだった。


「確かに琴が言っていたようにけいとはもてもてだね」

「そうか?」

「うん」

「興味を持ってもらえるのはありがたいことだな」


 自分の部屋からあの家具がない部屋に移動して寝転がる。

 ここはなにもなさすぎることがいい方に働いて落ち着くのだ。


「私は昨日一緒に寝てもらったから連日は駄目だよね……」

「あの二人もわざわざここでは寝たがらないだろう?」

「けいとがいれば別だよ」


 切り替えたとは言っても彼女がずっとこの感じではな……。

 別に私の家だろうが気にせずに琴美と仲良くしてくれていいのになにをしているのか。


「はあ~お風呂って最高ね――あ、今日はいとを独占するのは駄目よ? 私は聞いてもらいたいことがあるんだからね」


 ここにも物好き人間がいて、「うん、我慢するよ」と彼女も聞き分けがよかった。


「イトも我慢――もう寝てる……」

「はははっ、イトちゃんはすごいね!」

「……だけど私は大人だからちゃんと我慢する、それに暁音が一人だと寂しいだろうからね」

「ありがとう」


 二人は出ていき私と琴美だけになった。


「ねえ、イトって可愛すぎてやばくない?」

「本人に本当の名前を聞いたらどうだ?」

「んーいまはいいかな」


 ぐいぐい踏み込んでくるのに名字や名前を隠した時点で教えてくれたりはしないか。


「聞いてもらいたいことなんだけどさ、それは暁音のことなんだけど」

「ああ」


 ここは家だから逃げることもできない。

 あとはちゃんと吐かせておかないと溜まりに溜まっていつか噴火するから一気にやられるよりはダメージが少ないと判断してここにいた。


「なんか最初の頃に戻っちゃったみたいよね」

「琴美もそう思うか? 私も懐かしさを感じているぐらいだ」

「問題なのは余裕を持っていられた学校でもそうなっちゃった、ということよね」

「ああ、落ち着きがないからな」


 ああ、落ち着きがないからな、ではないのだ。

 彼女もいいのか、それこそ最初みたいに不満をぶつけてくれればいいのに。


「みんな同じクラスなのは幸いね、そういうときに支えあえるもの」

「ああ、心強いぞ」

「本当に? いとは自分から来てくれないじゃない」

「ふっ、私も大人だから邪魔をしないようにしているのだ」


 あ、やばい、話を聞いてやりたいところだが眠たくなってきた。

 また呆れたような顔で「お婆ちゃんなの?」などと言われるのはごめんだ、だから頑張ろうとしたのに。


「眠たいなら寝ればいいわ、夜更かしをしても自分が苦しくなるだけだもの」

「……いいのか?」

「ええ、いまの状態ならいとともいつでも話せるもの」

「すまない、おやすみ」

「おやすみ」


 なんかこちらは急激に成長してしまっていた。

 一人だけ遠くへはいかないでもらいたかった。




 今日は日直で二人とは登校しなかったがイトが代わりに付いてきた。

 そのおかげで退屈しなかった、その分、別れてからは少し寂しかった。

 当たり前のようにいられるようになってしまったことの唯一のデメリットがここにある。

 とりあえず、そんなごちゃごちゃよりもと日直でやらなければならないことをやっていった。


「「お疲れ様」」

「琴美と暁音もな」


 と言ってもまだ昼休みで午後の授業も頑張らなければならないがな。


「けいとって何気にコミュニケーション能力が高いよね、日直で一緒に動いていたあの子も楽しそうだったもん」

「何回か一緒になったことがあるからな」


 安心して仕事だけに集中できるそんないい相手だった。

 深く関わりすぎないからこその楽さ、お互いに集中してそれで終わりだからいい。


「そういうのってあんまり友達同士にはならないわよね」

「甘えすぎてしまうから友達とは当たらない方がいい」

「甘えるってどこの誰の話よ?」

「私の話だが」


 他は上手にやれるのだから私から出したらそれは私のことだ。


「ないないっ、あんたなんて『気にするな』とか言って自分一人で頑張ろうとしてしまうじゃない!」


 ばーん! と後ろで効果音が鳴った気がした。


「私は琴美や暁音に甘えてばかりだろう?」

「全くそんなことはないと思うよ?」

「なんでも評価すればいいわけでは――」

「や、評価なんてしていないわよ、これは間違いなくいとの悪いところよ」


 きたっ、これだこれ!

 我慢をする彼女なんて見たくない、これまでみたいにどんどん言ってくれればいいのだ。


「え、なんでそこで嬉しそうな顔をするわけ……?」

「なんでって琴美らしいところを見せてくれたからだ」


 あとはこれを続けてくれている限り、近くにいてくれているということだから安心できる。

 ま、本人に伝わっていなくてもいいのだ、ただ私からすれば嬉しいことでしかないだけだからな。


「あ、古山さんいた、ちょっといい?」

「いいわよ、いきましょ」


 一緒にいればこういうことは何度も起きるから違和感はなかった。

 暁音が不安にならないように意識を向けたが「琴って人気者だよね」とあくまで普通だった。


「みんなに優しくできるああいうところが好きなんだ」

「直接言ってやれ」

「それは恥ずかしいよ」

「ならどうして私が相手のときは言えるのだ?」

「え、そんなの本人がいないからだけど」


 本人に言ってあげれば「いとと違って暁音はいいわね」と自分も褒めてもらえるのにもったいない。

 まあ、全部が全部悪いわけではないのが救いか。

 もうすっかりいつも通りの暁音に戻っているのがいい。


「暁音、私は安心したよ、これでようやく家でも欲求に正直に動けるな」

「えっと……?」

「もう偽らなくていいのだ」


 装っているのだからここでも分からないふりをしなければならないのは面倒くさいだろうな。

 自分から始めたことだから不満をぶつけることもできない、だから終わらせてやるのだ。


「あ、もしかしてお家でけいとといるの計算してやっていると思っているの?」

「それはそうだろう」


 まだ重ねるか、なかなか頑張るな。

 私も彼女の真似をして琴とか呼び始めたら焦ってくれるだろうか?


「それとこれとは別だから」

「いつもよく言うやつだな」

「うん、けいとといたいからそうしているの」

「私も琴って呼んでいいか?」

「いいと思うよ?」


 お、おい……これでは私が琴美に対して一生懸命になっているみたいではないか。

 止めてくれ、「私だけでいい」と言ってくれ。


「ただいまー」

「琴、けいとも琴って呼びたいんだって」

「ん? 好きにすればいいじゃない、私だっていとって呼んでいるんだからね」


 違う違う、なんでそうなる。


「んーそうなると私だけ暁音って寂しくない? あ、いや、両親がつけてくれた名前は好きだけどさ」

「でも、あんたの場合は難しいわよね」

「間を取ってかね?」

「あんたそれでいいの……?」

「あんまりよくない!」


 矛盾しているがどう呼ぶかなんてどうでもいい。

 そもそも暁音大好き人間の琴美が中途半端な態度でいるからこうなっている気がする。

 そういうわけで睨んでいると「わ、怖いわ」と笑いながら反応されてしまい……。


「いとは最近おかしいわね」

「……何故もっとアピールをしない」


 お互いに本人には言っていないだろうからこそこそと話をすることになる。

 できればこういうことはしたくない、ただぺらぺら話したくもないからこうするしかなった。


「そんなに付き合ってほしいの?」

「……あれは嘘だったのか?」

「嘘じゃないわよ。でも、いまのこの状態が落ち着けるのよね。ね、暁音もそうでしょ?」

「うん」

「ということでいとは考えすぎないように」


 切り替えるしかないか。

 まあ、切り替えるとかなんとか言っているがはっきり言うと現実逃避をしているだけだ、先延ばしにしているだけだ。

 だから褒められるようなことではなかった、この前の私はどうかしていた。




「今日、女の子に今週の土曜日に遊びにいかないかと誘われたの」

「いいことだな、誘われるということは既に友達なのだろう?」

「前々から気にしてよく話しかけてくれる女の子なんだ、だから遊びにいくぐらいならいいかなと思っているけど」

「「けど?」」


 スマホをぽちぽち弄っていた彼女でも気になるようだった。


「遊びにいくとまた琴美や暁音にけいとを独占されるから気になる」

「はははっ、あっちもそっちもとはできないようになっているのよ」

「むかついてきた」

「なんでよ!?」


 スマホを掴む手に力が入ってみしみし悪い音が聞こえてきていたから止めることにした。

 常に感情的に動く人間ではない、だからすぐにやめて床に座ってくれたから効果はあったようだ。


「私ならちゃんと相手をするから一緒に出かけてやればいい」

「うん、その子は好きだからね」


 暁音がいつも通りに戻って結局ここに戻ってきた。

 イトは不安、心配になる人間だ、一緒にいられる間にもう少しは変えたいところだった。


「イトの好きは……なあ?」

「この子、気に入れば誰にでも好き好き言うからね、私にも『琴美は美味しいご飯を作れるから大好き』とか言っていたし」

「好きだから好きと言っているだけだけど」

「間違っても男子には言わないことね、何十回と告白されることになるわよ」


 彼女達のおかげでずっとと言っていいほど一緒にいられたのにこれは初耳だった。

 でも、友達ならなんでも言うスタイルでいられるのは一部だけだから仕方がないか。

 それとやはり私と琴美、暁音の場合と、琴美と暁音間では親密度が違う。


「お、経験したことがあるみたいな言い方だな?」

「何十は言いすぎたけど数回はあるわよ」

「琴美も好き好き言いまわっていたのか?」


 あまり想像できないが。

 とはいえ、何度も何度も呆れたような顔をしながらも付き合える人間だから影響を受けてしまう可能性は他の異性が相手よりも高いはずだ。


「いや、困っていたから協力したら……うん」

「はは、私は女だが魅力的な異性に優しくされたら気になってしまうものだろう」


 男子に告白をされるようなレベルなのにそれでも同性に意識が向いているのは面白い。


「うわ、ここにもイトみたいな人間がいるじゃない」

「魅力的だから魅力的と言っているだけだが」

「ならどこがいいの?」


 からかうような笑みでもなく、何故かやたらと不安そうな顔だった。

 その場の勢いだけで口にしているわけではないので、


「それは見返りも求めず根気よく最後まで付き合えるところだな、あとは私みたいな人間にも優しい」


 と、ちゃんと答えておいた。

 が、それでも変わらずに「見返りも求めないってどこの世界の私の話よ……」と逆に悪くなってしまったという結果になった。


「ははは、自分で『そうよ、いい人間でしょ?』とは言えないものだよな――痛いぞイト」

「いちゃいちゃしないで」

「この家に来てから琴美は成長したがイトは逆に子どもっぽくなってしまったな」


 初めて会ったときのイトはもういない。

 かといって、またあの消えてしまいそうな感じで「死にたいの?」なんて聞かれたくはないからこれでいいのかもしれない、中学生は中学生でも三年生でもなく一年生だから普通なのかもしれない。


「けいとに出会う前までは色々と諦めていたから」


 学校から帰ったその家でみんながみんな楽しく過ごせるわけではない。

 でも、帰る場所が他にはないから帰るしかないわけで、もしそこに問題があれば早い段階でイトみたいになってもおかしくはない。

 母は出ていってしまったが必ず父が帰ってきて自分のことを気にかけてくれる、必要な物なんかも言えば買ってもらえる。

 うん、これまでなに一つとして不自由なく暮らせてきたわけだから私は恵まれているな――って、まあ家に問題があるなんてイトは言っていないのだがな。


「いとを知って変わってしまったの?」

「うん、なにも動かない内から諦めるのはもったいないと思った」

「刺さるわね」

「だな」


 毎回「妥協は大切だ」などと考えて逃避してきた私にはより突き刺さった。


「だからあっちもそっちもといちゃいちゃするのは禁止」

「でも、そんなことを言っていたらイトが動くときに邪魔にならない?」

「私はいいの」

「はははっ、気に入ったわ!」


 楽しそうだ。

 私もたまにはそれぐらい笑いたいところだった。

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