第34話 得をするのは誰なのか

 一夜明けて、陸の元に「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」幹部会議への呼び出しがかかった。

「偉い人たちの会議じゃないですか……昨日のニュース番組でやってた話と関係あるんでしょうか」

「そうかもしれないけど、八尋やひろ司令は、何か考えている筈だ。だから、大丈夫だよ」

 不安げな観月みづきを安心させようと、陸は微笑みながら言った。 

「何か言われたら、俺たちが、君には何ら非が無いことを証言するからな」

「頑張れよ」

 来栖くるす元宮もとみや、それに他の隊員たちは、陸に励ましの言葉をかけると、訓練場へと向かっていった。

 陸も、ここでの正装とも言える戦闘服を着て、「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」の中でも、普段は幹部しか出入りしない特別棟へと向かった。

 特別棟の入り口には、真理奈まりな桜桃ゆすらたたずんでいた。

 陸が来るのを待っていた様子だ。

 真理奈は普段の白衣姿ではなく「怪戦」幹部の制服、桜桃ゆすらも術師の装束をまとっている。

「二人とも、やはり司令に呼ばれたんですか」

 陸が問うと、桜桃ゆすらは、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。

「はい。……八尋やひろ司令は、『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』そして風早かぜはやさんを守る為の対策を立てたいのだと思います」

「とはいえ、色々と面倒なことになっているらしいですね」

 真理奈が、小さく息をついた。

 陸たち三人は、特別棟に入り、指定先の「特別会議室」へ向かった。

 ノックの後、会議室の扉を開けると、幹部と思われる者の幾人かが既に着席し、時折、何やらささやき合っている。

 その中には、術師の装束をまとった者も三人ばかりいた。

 老人と言って差し支えないであろう、長く伸ばした真っ白い髪が印象的な高齢の男性が一人と、中年の男女――おそらく、術師の中でも高位の者たちなのだろう。

「失礼します」

 陸は会釈しながら、真理奈と桜桃ゆすらに付いて入室した。 

「おお、桜桃ゆすら、真理奈ちゃんも、久しぶりじゃの」

 陸たちの姿を認めた高齢の術師は席を立ち、矍鑠かくしゃくたる足取りで歩み寄ってきた。

風早かぜはやさんは初めてですね。私の祖父で、『怪戦』の術師の最高責任者である、術師長です」

桜桃ゆすらの祖父の花蜜はなみつ無常むじょうだ。孫と弟子が世話になっているな。もうちっと早く会いたかったが、『怪戦ここ』は年寄り使いが荒くてな」

 桜桃ゆすらの紹介を受け、無常むじょうが陸に笑顔を向けた。見た目は異なるものの、ゆったりと優しげな雰囲気は、孫だという桜桃ゆすらに通じるものがある。

風早かぜはやりくです。こちらこそ、いつもお世話になっています」

われは、この陸の中でいこう者。ヤクモと呼ばれておる」

 陸が挨拶すると、ヤクモも音声を使って名乗った。

 その様子を見た幹部たちの間から、小さく、おお、と声が上がる。

「話には聞いていたが、まるで腹話術だな」

 幹部の一人が言った。

「いや、この者の中には、たしかに本人以外の存在がある……人間とは全く異なるが、禍々まがまがしさはない。どちらかと言えば清浄なものに感じるのぅ」

 無常むじょうが、陸を見つめた。

 その時、出入り口の扉が開いて、護衛と秘書らしき男たちと共に八尋やひろが入ってきた。

「すまない、呼び出しておいて、待たせてしまったな」

 八尋やひろは、そう言いながら、入り口から最も奥の席に腰を下ろした。

 陸たちも案内された席に座ったのを確認すると、八尋やひろが再び口を開いた。

「今回、集まってもらった理由については分かっている者も多いと思うが、少々面倒なことになっている。問題の一つは、現在『使い魔』として扱われている『コードネーム・ヤクモ』についてだ」

 その言葉で、会議室に集まっている者たちの視線が、一瞬自分に向けられるのを、陸は感じた。

「彼は、いわば不幸な事故によって『怪異』と融合した状態になった訳だが、人間としての自我が保たれており、我々も彼の協力により多大な恩恵を得ていることは、皆も御存知のことと思う。ただ、こういった事例は前例が無く、混乱を避ける為に外部への公表を控えてきたことで、現在、説明責任を問われるという事態になっている」

 と、幹部の一人が挙手した。

「『ヤクモ』は、既に、ある程度の実績を積んでおり、安全性への疑問についてはクリアされていると考えられます。情報公開しても問題ない段階へ来ているのでは」

「私も、それには同意だ。『ヤクモ』については近く会見を開き、ある程度の情報公開をしようと考えている。もちろん、風早かぜはやくんの個人名その他のプロフィールについては伏せるので、安心して欲しい」

 八尋やひろと目が合った陸は、無言で頷いた。

「もう一つは、民自党の総裁選絡みだ。候補者の一人である光明院こうみょういん氏が唱えている『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』解体論については、これだけ聞けばナンセンスな話でしかない。また、光明院こうみょういん氏も、亡くなった父親が元首相だったとしても、本人は現時点で何の実績もない若手だ。彼が実際に総裁の座に着く可能性は低いだろう」

「それについてですが、少々風向きが怪しくなっている気配があります」

 挙手した幹部の一人が言った。

「『怪戦』解体論と、先の説明責任問題を一緒くたにして、『怪戦は信用ならないし、税金の無駄なのでなくすべき』『民営化すべき』といったプロパガンダを行っている者がいます。単なる承認欲求から閲覧数による収益狙いまで、こういったセンセーショナルな文言に乗っかって騒ぐ者は常に存在しますが、大手のSNS上では、かなり大きな話題として取り上げられている模様です」

 八尋やひろは頷くと、口を開いた。

「実は、民自党総裁選の候補の一人である志摩しま氏と、あくまでプライベートだが電話で話をした。彼と私は中学高校の同級生で、一緒にヤンチャしたことも一度や二度ではない……それはともかく、志摩氏によれば、普通では考えられないことだが、党内でも光明院こうみょういん氏支持に傾く者が増えているらしい」

 彼の言葉に、会議室が小さくざわめいた。

「そんな実績もない候補に乗っかるなど、命知らずだな」

「カネでも積まれたのか」

「たしかに光明院こうみょういん氏は父の地盤を引き継いで議員になったが、そこまで大勢の議員を動かすだけの財力があるのか?」

「誰かの援助があれば、あるいは……バレれば収賄罪だが」

「金を積まれたとしても、明らかに力の足りないものに国を任せたりすれば、自分にも、しっぺ返しがあるだろうに」

「あ、あの……」

 陸は、思わず挙手した。

風早かぜはやくん。君は当事者の一人だ。何か言いたいことがあれば、遠慮なく言ってくれたまえ」

 八尋やひろが、厳しかった表情を若干和らげた。

光明院こうみょういんという人は、何故、『怪戦』を狙い撃ちするのでしょうか。財政を見直す目的であれば、他の部署でも構わない筈です。『怪戦』のような、なくなれば明らかに多くの人が困る部署にこだわるのは、パフォーマンスの為と言われても、自分から見ると変に感じます。俺が、素人だからかもしれませんけど……」

しかり、『怪戦』が失われて得をするのは、人間に害を成す『怪異』くらいのものであろう」

 陸の言葉が終わると、ヤクモの声が響いた。

「ほほう、一連の動きは『怪異案件』の可能性もあるということじゃな」

 術師長の無常むじょうが、飄々とした口調で言った。

「SNS上の、著しく事実と乖離した、誹謗中傷にあたる文言については、業務妨害を理由に情報開示を請求してよろしいかと思います。見つかるのは末端の雇われた者だけかもしれませんが」

 真理奈も、声を上げた。

「そうだな。『怪異案件』も視野に入れて、光明院こうみょういん氏の周囲を探る必要があるかもしれない。私には、警察や公安にも友人がいるからね」

 八尋やひろが言った時、怪異出現を知らせる警告音が、アナウンスと共に鳴り響いた。

「哨戒中の隊員がN区に大型怪異の出現を確認、現在、警察と協力し周辺住民の避難誘導を敢行中、『対怪異戦闘部隊たいかいいせんとうぶたい』は直ちに出撃せよ」

 陸は、無意識のうちに立ち上がっていた。

「久々の出番なのである」

 ヤクモの声に、数人の幹部たちが難色を示した。

「現在の状況で、彼を出撃させるのは……」

「何かあればつつこうと手ぐすね引いている者がいる時に……」

 陸も一瞬迷ったものの、思い切って口を開いた。

「でも、ヤクモの力があれば、助けられる人が増えます!」

「N区といえば、次に行こうと思っていた『ラーメン屋』がある場所なのである。壊されては困るのである」

 ヤクモも、行く気満々の様子だ。

 一瞬考える様子を見せていた八尋やひろが言った。

「君のことは、私の首を賭けてでも守る! 君は、現場の住民たちを守ってくれ」

「では、我々は司令の首が飛ばない為の対策も協議せねばならんな」

 八尋やひろの言葉を受けて、無常むじょうが言った。もはや、反対する者は無かった。

「了解です!」

 陸が答えると、桜桃ゆすらが転移の札を取り出し、現場に行く準備をした。

「私も行きますよ。風早かぜはやさんの担当ですから」

「二人とも、気を付けて」

 真理奈の心配そうな目に見送られ、陸と桜桃ゆすらは「怪異」が出現したという現場へ向かった。 

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