第33話 逆風の予感

 夜の「対怪異戦闘部隊たいかいいせんとうぶたい」宿舎の「娯楽室」には、相変わらず隊員たちが社交場代わりに出入りしている。

「よう、風早かぜはや観月みづきじゃん」

「ここ空いてるぜ、座れよ」

 陸が観月みづきと共に「娯楽室」に入ると、集まっていた隊員たちが声をかけてきた。

「お疲れさまです」

 軽く頭を下げ、陸と観月みづきは勧められたソファに腰掛けた。

風早かぜはやさん、すっかり馴染んでますね」

「皆さん、優しいよね」

 観月みづきに言われて、陸は微笑んだ。 

風早かぜはやが来てから、俺たちは、かなりラクさせてもらってるからな」

「まったくだ。彼が現場にいる時といない時の安心感が、全然違うよ」

 隊員たちの言葉に、陸は顏を赤らめた。

「いや、働いているのはヤクモですから」

われも、陸の身体が無ければ何もできぬのである」

 ヤクモが言うと、周囲に笑いが起きた。

「おっ、集まってるな」

 そう言いながら現れたのは、元宮もとみやだった。

 彼の姿を見た隊員たちが、一瞬背筋を伸ばした。

 若い隊員から見れば、ベテラン曹長である元宮も、緊張する相手なのだろうと、陸は思った。  

「ここのところ大型怪異の出現がチラホラあったけど、今日は静かですね」

「やめとけやめとけ、そういうの、フラグって言うんだぞ」

 一人の隊員が言った言葉に、元宮が笑いながら返した。

「曹長が言うと、冗談に聞こえませんね……」

 観月みづきが、苦笑いした。

「……あれ?」

 スマートフォンを眺めていた一人の隊員が、素っ頓狂な声をあげた。 

「どうした、カノジョからのお別れメールか?」

「縁起でもねーな、っていうか俺にカノジョなんかいないっての」

 仲間に茶化された隊員は、笑って言い返したが、次の瞬間、真面目な顔になった。

「それより、曹長、この写真見てください」

 差し出されたスマートフォンを受け取った元宮が、画面を見つめた。

「これ、風早かぜはや……か?」

 彼の呟きを聞いて、陸も思わずスマートフォンを覗き込んだ。

 画面に表示されているのは、利用者が最も多いと言われているSNSのタイムラインだが、その書き込みの中に、戦闘服姿の陸と思われる画像があった。画像には「人型の怪異?」という一文が添えられている。

 かなり遠くから撮影された写真の上、陸はバイザーを装着している為、人相が分からない状態ではある。しかし、背中に生えている翼は視認できる状態であり、「人間」ではないと認識されるのは否めないだろう。

「民間人は戦闘区域から退避させてる筈なのに、こんな写真、いつ撮られたんだろう。よく、そんな余裕があったな」

 元宮が、首を捻った。

「そもそも、初めて陸の身体を使って戦った時は、顔も丸出しだったがのぅ」

 何か問題でも、と言わんばかりに、ヤクモが呟いた。

 その時、点けっぱなしだったテレビから流れた音声に、全員の動きが止まった。

「『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』は、重要な情報を隠蔽いんぺいしているという話を聞いています」

 声の主は、陸も少し前にテレビのニュースで見かけた、与党所属の若い国会議員だった。

 画面に表示されている字幕には「光明院こうみょういん龍之介りゅうのすけ」とある。

 まだ三十代だという彼は、やや濃いめの顔立ちだが十分ハンサムと言われる域に入る容姿で、女性からの人気が高いという。

 光明院こうみょういんは、与党の総裁選出馬に関するインタビューを受けている模様だ。

「重要な情報とは、どのような?」

「彼らが、術師の管理下において、特例で『怪異』を『使い魔』の名目で使役していることをご存知の方もいると思います。しかし、最近は危険度の高い『怪異』を使役しているという話です。問題は、危険な個体を使役していることを公表していなかったという点です」

 インタビューに滔々とうとうと答える光明院こうみょういんを見ながら、陸は、「危険度の高い怪異」という言葉が自身を指しているのではないかと考え、青ざめた。

「こういった信用に値しない組織には、やはりメスを入れ、解体、再編が必要でしょう」

「信用に値しないって……」

 観月みづきが、拳を握りしめ、肩を震わせている。「対怪異戦闘部隊たいかいいせんとうぶたい」で、常日頃から命がけの任務に就いている彼からすれば、当然の怒りだろう。

 それは、他の隊員たちも同じである様子だった。

 と、画面が切り替わり、別の男の姿が映し出された。

 若い頃は、さぞモテていただろうと思わせる、ロマンスグレーの紳士然とした男だ。

 画面には「志摩しま総一郎そういちろう」と表示されている。

 大臣経験者であり、他国との交渉でも自国に有利な条件を引き出したりと、幾つもの実績を持つ、政治にうとい陸でも顔と名前を知っている議員だった。

「志摩さんは総裁選の本命との呼び声も高い訳ですが、志摩さんから御覧になった、対立候補の光明院こうみょういん氏は、如何でしょうか」

「財政の見直しが必要という、彼の意見には同意です。しかし、よりによって『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』の解体を挙げるというのは、あまりに現実的ではありませんね」

 向けられたマイクに向かって、志摩が淀みなく答えた。清廉な人柄を感じさせる話しぶりだ。

「仮に『怪戦』を縮小あるいは民営化して予算を確保したとしても、『怪異』に十分な対処ができず、その被害で人がいなくなってしまったら本末転倒でしょう。もちろん、必要であれば内部の精査を行うことについては、やぶさかではありませんが」

 志摩の言葉に、陸を始め、その場にいる者たちは頷いた。

 光明院こうみょういんと志摩、どちらの言っていることがまともであるかは、一目瞭然だろう。

「あっちの若手の意見は、あまり気にしなくていいだろう。注目を集める為に言っているだけの可能性もある」

 元宮が、浮足立っている隊員たちをなだめるかのように言った。

 ――たしかに、そうかもしれない。しかし、「危険度の高い怪異」というのが、俺を指しているとしたら……

 陸は、一抹の不安を覚えた。

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