第35話 闖入者

 転移の術で陸たちが運ばれたのは、住宅地に囲まれた、比較的広い道路のある場所だった。

 民間人は退避したのか、所々に乗り捨てられた乗用車が見られるものの、人気ひとけはない。

 陸は、持っていたバイザー付きインカムを装着した。

「術師の花蜜はなみつおよび『使い魔』ヤクモ、現場付近に到着しました」

 桜桃ゆすらが自分のインカム越しに通信すると、少し離れた場所に信号弾の光が撃ち上がった。

「戦闘区域は、あそこですね」

 信号弾の上がった方向を確認し、桜桃ゆすらが陸の顔を見た。

「ヤクモ、頼む」

「任せるがよい」

 ヤクモの言葉と共に、陸は自身の意識が身体の中に落ち込むのを感じた。

「適当にすると、陸が、うるさいからのぅ」

 そう言いながら、ヤクモは背後から桜桃ゆすらを抱きかかえると、背中から生やした翼を羽ばたかせ、舞い上がった。

「そうだね、荷物みたいに小脇に抱えていくよりは良いよね」 

 体内で、陸はひとりちた。

 程なくして、ヤクモは戦闘区域の上空に到達した。

 そこにいたのは、鬼と言われて多くの者が連想するであろう角を生やした頭部を持つ「怪異」だった。

 牛といったけものを思わせる胴体に、鋭い爪を付けた甲殻類を思わせる脚が蜘蛛の如く八本も生えた姿は、人間であれば生理的な恐怖を覚えるものだろう。しかも、全長が10トントラックほどはあろうかという大きさだ。

 現在は、十人足らずの戦闘員たちが「怪異」を戦闘区域から出さないようにしているのか、自動小銃で牽制を行っている。

「『牛鬼ぎゅうき』と呼ばれている個体ですね。戦闘部隊の後方へ降ろしてください」

「承知した」

 ヤクモは、桜桃ゆすらに言われた通り、彼女を戦闘員たちの後方へ、ふわりと降ろした。

「援護します」

 桜桃ゆすらが呪文を唱えると、轟音と共に凄まじい稲妻が「牛鬼ぎゅうき」目がけて突き刺さる。

 それを皮切りに、戦闘部隊も本格的な攻撃を開始した。

 鋭い爪を生やした脚による攻撃や、太い牙による噛みつきは、生身の人間が無防備な状態で食らったなら致命傷を免れないだろう。巨体での体当たりも、大型車両にねられるようなものだ。

 しかし、幸いなことに「牛鬼ぎゅうき」は飛び道具を持たない様子であり、距離を取って徐々に消耗させることで討伐できると思われた。

「では、われも行くのである」

 ヤクモも、攻撃に移らんと身構えた。

 その時、陸は、「牛鬼」から然程さほど離れていない建物の陰に、民間人らしき一人の男が座り込んでいるのに気付いた。

「ヤクモ、あそこに人がいる。このままだと術に巻き込まれたり、流れ弾が当たるとかするかもしれない。あの人を、安全な場所に移そう」

「あなや、それは困るであろう」

 陸が思考するのと同時に、ヤクモは翼を羽ばたかせ、民間人の男に素早く接近した。

「ちょ、待って! 機体が……!」

 突然のことに混乱したのか、男は若干抵抗したが、ヤクモの力には当然敵う筈もなく、難なく捕まえられた。やや肉付きは良いものの、チェック柄のシャツにデニム姿という、陸と年齢の変わらぬ若者だ。男がかけている太い黒縁くろぶちの眼鏡に、陸は過去の自分を思い出した。

「ここは危険なのである」

 言って、ヤクモは男の身体を抱えると、戦闘区域から少し離れた場所へ飛んだ。

「戦闘区域に近付くでないぞ」

 ヤクモは男を地面に下ろしてから、再び戦闘区域に向かった。

 ふと陸は、男が手に何か機械のようなものを持っているのに気付いた。

 ゲームのコントローラにも見える本体に小さな液晶画面の付いたそれは、ドローンの操縦装置ではないかと思われた。

 ――そういえば「機体が」とか言っていた気もするけど、もしかして戦闘の様子をドローンを使って撮影していたんだろうか。いや、今は、「怪異」の討伐が先だ。

 「牛鬼」の周囲には、本部から出撃した増援の戦闘部隊も到着しており、彼らによる銃撃と、桜桃ゆすらの術による攻撃が続いている。

「こいつ、やたらと硬くてしぶといんだよな……!」

「距離を取れ! 奴の間合いに入るな!」

 戦闘員たちが弾幕を張っている間に、桜桃ゆすらが懐から札の束を取り出し、宙に投げ上げた。

 札は、一枚一枚が淡く光りながら意思を持つかの如く舞ったかと思うと、次々と「牛鬼」の身体のあちこちに貼りついていく。

 ――あれは、たしか俺自身もかけられたことのある術だ。札が貼りつくと、全身が痺れて重くなるんだっけ。 

 陸が思っていると、やはり「牛鬼」の動きが鈍くなった様子だ。

「これだけ大きな的を外す訳にはいかぬな」

 翼を羽ばたかせ、ふわりと舞い上がったヤクモは、「牛鬼」の頭上から「破壊光線」を放った。

「プラズマバーニングレーザー! である」

「それ、冷泉れいぜいさんが『一つも合ってない』って言ってたやつじゃないか」

 陸は、体内から思わず突っ込みを入れた。

「『ろまん』というものである。どこかで、人間の男子も『ろまん』が好きだというのを見たが、陸には分からぬか……」

 少し残念そうに、ヤクモが呟いた。

 一方で、頭部から胴体を光線で貫かれた「牛鬼」の動きが止まったかと思うと、その巨体は力を失い、地面に崩れ落ちた。

 やがて「牛鬼」の身体が崩壊を始め、徐々に細かい粒子となって霧散していく。

 「牛鬼」が活動を停止したのを見て取ったヤクモは、地面に降り立った。

「幸いなり。行きたいと思っていた店は、ここからは少し離れていたようである。では、われは休むのである」

 ヤクモが、そう言って陸に身体の主導権を渡した。 

「さすがだな」

風早かぜはやたちがいなければ、討伐までに三倍は時間がかかってたぞ」

 陸の傍に歩み寄ってきた戦闘員たちが口々に言いながら、彼の肩を軽く叩いた。

「民間人、戦闘部隊共に死傷者なしで済んだ。君が来てくれて助かったよ。後は処理班に任せて帰還しよう」

 本部からの増援で戦闘に参加していた来栖くるすも、陸をねぎらった。

「皆さんも無事で何よりです」

 陸が、そう言った時、一人の戦闘員が駆け寄ってきた。

来栖くるす一尉、ちょっと来ていただけますか。戦闘区域内に民間人が入り込んでいて……」

「何だと? 負傷しているのか?」

 部下の報告を聞いた来栖くるすの表情が、一気に厳しくなる。

「それはありませんが……」

「とりあえず案内しろ」

 来栖くるすが報告に来た隊員に付いて走っていくのを見て、何となく胸騒ぎを覚えた陸も、その後を追った。

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