第32話 小さな茶会
集落における「怪異案件」の捜査が一段落ついた為、陸は他のメンバーと共に東京へ戻った。
翌日から、陸にとっては「日常」となった日々が、再び始まった。
「
「おはようございます」
聞き覚えのある女性の声に、陸は振り返った。
そこには、技術士官であり、陸を呼び出した本人である
「お、おはようございます」
挨拶を返しながら、陸は少し驚いていた。
これまでであれば、研究施設で顔を合わせた際、
「何を、にやついているんです」
隣に並んだ真理奈が、ちらりと陸の顔を見た。
「えっ、俺、にやついてました?」
「ええ」
少し考えて、陸は口を開いた。
「たぶん、
そう言って陸が笑うと、真理奈は言葉を探すように、少しの間沈黙した。
「……聞いているかもしれませんが、
「はい。術師も色々と忙しいそうですね」
真理奈の言葉に、陸は頷いた。
この日、予定されていた実験やデータ収集は滞りなく終了した。
「少し、時間が余りましたね」
真理奈が、腕時計を見て呟いた。
「私の執務室で、紅茶でも、どうですか」
彼女の言葉を理解するのに、陸は二秒ほど要した。
「……あなたにも都合があるでしょうし、無理にとは言いませんが」
「あ、いえ、是非、ご相伴に預からせていただきます! 俺、コーヒーより紅茶派ですし」
陸が慌てて答えると、真理奈は小さく息をついた。
彼女の後について、陸は「執務室」に入った。
真理奈専用の執務室には、仕事に使うのであろうパソコンデスクや資料棚の他に、ソファとローテーブルの置かれた応接スペースも設けられている。
「なんか、偉い人の部屋って感じですね」
陸は、初めて見る室内を見回した。
「紅茶を
真理奈に促され、陸は、おずおずとソファに腰掛けた。
IHコンロと小さなシンクのあるスペースで、真理奈は紅茶を
ポットにティーコゼーを被せると、真理奈は
紅茶と言っても、無意識にティーバッグで淹れるものと思っていた陸は、彼女の丁寧な仕事に、少し驚いていた。
時間が経つにつれて、湯の中で茶葉が
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
黙って待っているだけの空間に耐えられなくなった陸は、口を開いた。
「何でしょう?」
「警察や自衛軍が使う銃火器と、『怪戦』で使っている銃火器って、どう違うんですか?」
実際、素人である陸には、何も言われなけば、せいぜい両者の銃火器の形状が異なるということしか分からなかった。
「『怪異』の多くは物理攻撃に高い耐性を持っている為、通常兵器では効果的なダメージを与えられません」
真理奈が、水を得た魚のように早口で話し始めた。
「それに対し、術師の使用する『術』、そして『ヤクモ』のような一部の『怪異』が使う能力の源であるエネルギー……『
「あの銃とかに、そんな仕組みが搭載されているんですね」
「現段階では、まだまだ目標とする出力には及ばず、術師の方々に頼る場面が多いです。いずれは、『ヤクモ』の『破壊光線』のようなものを再現できればと思っています。弾丸を使用しなければ、その分コストも減りますから……ああ、紅茶を蒸らし過ぎるところでした」
砂時計の砂が全て落ちるのを見た真理奈は、
「どうぞ」
真理奈が、紅茶を注いだティーカップと、個包装のクッキーが盛られた木製の菓子鉢をテーブルに置いた。
自分の前に置かれたカップから立ち昇る香りを吸い込んだだけで、陸は緊張が
「茶葉の種類までは分からないけど、いい葉を使ってるのは分かります」
「それは、私の好きな店のオリジナルブレンドです。砂糖とミルクもありますよ」
「いえ、折角だから、このまま、いただきます」
陸が言うと、真理奈も彼に向き合う形でソファに腰掛けた。
「すごい、丁寧に淹れた紅茶って、やっぱり美味しいですね。お店の味って感じです」
紅茶を一口飲んだ陸は、その
「留学先で覚えたんです」
言って、真理奈も紅茶に口をつけた。
「……この前の『怪異案件』、なかなか大変だったようですね」
「俺は、ついていっただけで、面倒なことは他の人たちがやってくれるから、それ程でもないですよ。そういえば、
「彼女は、ふんわりと優しい感じですが、芯の強い子ですからね」
陸の言葉に、真理奈が頷いた。
「
真理奈が、自嘲するかのように言った。
「張り子の虎?」
「本当は強くもないくせに、虚勢を張っているだけですから。この前、あなたと話した時に自覚しました。でも、人は急に変われませんね」
「
陸が言うと、真理奈は、そうだろうか、とばかりに首を傾げた。
「つらいことや、怖いことを分かった上で、それを乗り越えてるってことでしょ? 本当に弱い人には、無理だと思います」
「そういう考え方も、あるのですね」
真理奈が、やや不思議そうに陸の顔を見た。
「でも、
言ってから、陸は、また怒られるかもしれない、と身構えた。
「……あなたが、私を怖がらないからかもしれません」
真理奈が、ほんの一瞬、微笑んだ。陸には、その様子が、とても美しく見えた。
「いつも、今みたいにしていれば、誰も怖がらないと思いますよ」
「誰の前でも、というのは難しいです」
陸の言葉に、真理奈は少し困った表情を見せた。
「まぁ、俺の前だけ、というのも、それはそれで嬉しいかも」
何とはなしに言った陸の脳内に、不意にヤクモの声が響いた。
「それは、つまり、独占したいということであるか?」
「えっ? いや、変な意味じゃなくてだな……」
うっかり声に出してしまい、陸は慌てた。
「ヤクモが、何か言っていましたか?」
真理奈が、陸の胸の辺りに目をやった。
「何でもないです!」
「実は、
「そうか! そうなれば、食べ歩きも好きにできるという訳であるな。真理奈よ、
真っ先に反応したヤクモの言葉に、陸と真理奈は、思わず、くすりと笑った。
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