第23話 受け継ぐ思い

「……知っている、とは言っても、私の推測も入ってしまうのだが。話さない訳にもいかないね」

 八尋やひろは考えをまとめていたのか、少し沈黙した後、再び口を開いた。

「先ほど言ったように、君のご両親である神代かみしろご夫妻は、私の大学時代の先輩そして同期生だった。お二人は大変優秀で、『呪化学』専門の技術士官として『怪戦』で勤務されていた。もし、ご存命だったなら、今の総司令は、お二人のうちのどちらかが務めていたかもしれない」

 初めて聞く、自分の両親についての話――技術者とは聞いていたが、彼らが「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」の関係者であったなどとは、陸も全く想像すらしていなかった。

「神代ご夫妻は、お二人で幾つもの優れた業績を遺された。今、主に利用されている技術にも、お二人が開発した理論をいしずえにして生まれたものが数多く存在する。しかし、もう二十年以上前になる、あの日、お二人は交通事故で亡くなってしまった」

 陸は、固唾を飲んで話の続きを待った。

「表向きは、自動車の運転ミスによる単独事故ということになっているが、事故現場は見通しの良い直線道路で、神代先輩は安全運転を心がける方だったし、何故そんな事故が起きたのか、私は釈然としなかった。何より、亡くなる直前、君の父上は私に『身辺に危険が迫っているかもしれない』と仰っていた」

八尋やひろ司令は、両親が誰かに殺されたと、お考えなのですか?」

 陸は、震える声で問うた。

「実際は何の証拠もないし、『疑っている』としか言えない……しかし、君を母方の祖父母に預けたのは、お二人が身の危険を感じていた為と考えれば、辻褄が合うと思わないか」

 あまりに情報量が多かった。八尋やひろの言葉を咀嚼し飲み込むのに、陸は相当な時間を要した。

「お二人が亡くなる直前に開発していたのは、認識阻害や光学迷彩その他の特殊能力で姿を隠している『怪異』を発見する為のシステムだった。彼らは優れた記憶力の持ち主で、研究内容の多くは、その脳内に記憶されていたようだが、それがあだになってしまった。重要な部分をデータ化する前に、お二人が亡くなってしまった為、『呪化学』の発展が二十年は遅れたと言われているよ」

 八尋やひろの話を聞きながら、陸は胸の奥に、ぎりぎりと絞られるような痛みを覚えていた。

「――俺、両親は忙しい人たちだったと聞いていて、だから、俺のことが邪魔になって祖父母に預けたんじゃないかと思っていたんです。祖父母も、両親のことは話したがらなかったし……」

「それだけは、ないと断言するよ」

 陸の言葉に、八尋やひろが力強く答えた。

「お二人は、いつも幼い君の写真を持ち歩いていてね。私も、何度も見せていただいたよ。ご両親にとって、君は宝物……大切だったからこそ、離れる選択をしたのだと思う」

 その言葉で、陸の涙腺は限界を迎えた。熱を持った両目から涙がこぼれるのを、彼は抑えきれなかった。

「……知らなかったからといっても、俺、両親について、何となく悪く思っていたところがあって……爺ちゃんと婆ちゃんは、俺を悲しませない為に何も言わなかったのかもしれないけど……どうして、もっと知ろうとしなかったんだろう……」

 両親は、我が子を愛していたのだと、だからこそ、自分にも両親に抱いていた愛情だけは記憶に残っていたのだと、陸は理解した。

 俯いて肩を震わせている陸を、桜桃ゆすらが目を潤ませながら、真理奈も唇を噛み締めながら見つめている。

「君のご両親と、ご祖父母は、君が『怪異』などに深くかかわらない人生を歩んで欲しかったのかもしれない。しかし、こんな形で君が『怪戦ここ』にやってくるとは、酷い巡り合わせと言えるな。つくづく、お二人を守れなかったことが悔やまれるよ」

 八尋やひろも、やや沈痛な表情を見せている。

「でも、両親は、人々を守る為の技術を開発していたということですよね。結果論ではあるけど、俺も、形は違っても、両親と同じ道に立っているんだって考えたら、少し落ち着きました」

 陸は、顔を上げて言った。八尋やひろは酷い巡り合わせと言ったが、とうに失っていた筈の生命を奇跡的に繋いで、今ここにいることは、運命だったのかもしれないとも思えた。

「君は、強いな。私も、君のことを、自分の力の及ぶ限り守るつもりだ。尊敬していた先輩と同期生の忘れ形見だからね。今日は、それを言いたくて、ここに来たんだ」

 そう言って、八尋やひろが微笑んだ。

「ここの頭目よ、われからも、陸のことを頼むのである。此奴こやつは、われの大事なうつわであるゆえな」

 不意に、ヤクモの声が響いた。

「これが、『ヤクモ』の声かい? ……了解だ。そして、君にも、共に人々を守るのに協力をお願いしたい」

「ふむ、よかろう」

 八尋やひろに対し、ヤクモは尊大な態度で答えた。

「すみません、ヤクモは、いつも、こんな感じなので……」

「なに、『怪異』でありながら平和に意思疎通できるんだ、彼は素晴らしいよ」

「そうであろう? ありがたく思うがよい」

 八尋やひろの言葉で、ますます調子づくヤクモの様子に、陸は思わず頭を抱えた。

 しかし、気付けば涙も乾いている。

 ――マイペースだとばかり思っていたけど、もしかして彼なりに気を遣って……? いや、まさかね……

 いつしか八尋やひろ司令すら自分のペースに巻き込んでいる相棒に、陸は呆れながらも、少し感心した。

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