第22話 見知らぬ記憶

 陸は真理奈に伴われ、桜桃ゆすらと共に研究施設の応接間へ向かった。

 これまで、陸自身の処遇などについての決定事項は、全て幹部である真理奈から伝えられている。

 ゆえに、「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」の最高責任者である総司令官が直々に面会を求めてくるなど、尋常なことではないと、陸は考えた。

 応接間の前に着き、真理奈が扉をノックすると、中から男の声で「どうぞ」と返答があった。

 開いた扉から、陸は真理奈の後に続いて部屋に入った。

 陸たちの姿を見て、ソファに座っていた五十がらみの男が立ち上がった。制服ではなくチャコールグレーのスーツという服装以外は、陸の記憶にある「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」総司令官、八尋やひろ京樹けいじゅその人だ。

 傍らには、護衛と思われる、二人の黒いスーツ姿の男が立っている。

「お待たせしました。冷泉れいぜいです。風早かぜはやりくをお連れしました。術師の花蜜はなみつも、彼の担当者として同席させていただきます」

 そう言いながら、お辞儀をする真理奈にならって、陸と桜桃ゆすらも頭を下げた。

冷泉れいぜいくんに花蜜はなみつくん、久しぶりだね。急に来て、驚かせてしまったかな。まぁ、みんなも座ってくれ」

 八尋やひろは人の好さそうな笑顔で言って、再びソファに座った。

 陸も、真理奈と桜桃ゆすらに挟まれる形で、おずおずとソファに腰掛け、八尋やひろと向き合った。

「君たちは、ちょっと外していてもらえるかな」

 そう八尋やひろに言われた黒服の男たちは、一瞬戸惑った表情を見せた。

「し、しかし……」

「大丈夫だよ。ここは、ある意味、日本で最も安全な場所だからね」

「……分かりました」

 男たちは、八尋やひろと陸の姿を交互に見ながら、部屋から出て行った。

「初めまして。私は『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』総司令官の八尋やひろだ」

風早かぜはやりくです。お、お世話になっております」

風早かぜはやくんには、もう少し早く会いたかったんだが、御大層な肩書がついてから忙しくてね。今回は、半分プライベートのようなものだから、そんなにかしこまらないでくれ」

 八尋やひろの落ち着いた声と、気さくな口調に、陸は緊張が少しずつ解けていくような気がした。

 省庁の最高責任者である大臣に任命されるのは、ほとんどの場合、国会議員というのが慣例である。

 しかし、「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」は、その成り立ちの特異性ゆえ、常に専門知識を持つ者――現場経験者が総司令官の任に就くと、陸も聞いたことがあった。

 一見、ごく平凡な男に思える八尋やひろだが、間近で向き合うと、その眼差しには抜け目なさを感じさせられる。大きな組織の長になる人物であり、やはり並の人間とは違う、抜きん出た何かがあるのだろう。

「ちょっと、そのバイザーを外してもらえるかな」

 八尋やひろに言われて、陸はバイザーを装着したままだったのを思い出した。

「失礼しました。内側からだと普通に見えるので……」

 慌ててバイザーを外した陸の顔を、八尋やひろが、じっと見つめた。

「……顔立ちは母上に似ているけど、雰囲気は父上にそっくりだね」

 うんうんと頷いている八尋やひろを前に、陸は戸惑っていた。

「お、俺の両親を、ご存知なんですか?」

「ああ、君の父上は、大学時代の私の先輩、母上は同期生で、お二人とも、この『怪戦』で共に働いていた時期があったんだ。風早かぜはやというのが、君の母上の旧姓と同じだと気付いて、調べてみて正解だったよ」

 八尋やひろが事もなげに答えるのを見て、真理奈と桜桃ゆすらも意外そうな顔をしている。

風早かぜはやさんは、幼少時にご両親を亡くされて、お祖父様じいさまとお祖母様ばあさまに引き取られたとは、お聞きしていましたが……」

 桜桃ゆすらが、陸の顔を見た。

「母方の祖父母に引き取られた際、養子縁組して姓が変わったんだ。彼の元の名は『神代かみしろりく』だよ」

神代かみしろ? もしかして、あの……」

 八尋やひろの言葉に、真理奈が驚いた様子で目を見開いた。

「技術畑の冷泉れいぜいくんなら、名前くらいは聞いたことがあるだろうね。そう、『あの』神代かみしろ夫妻だ」

 頷く八尋やひろを、陸は混乱した気持ちで見つめていた。

「あの……急に色々聞いて整理できていないんですけど……」

 陸は、ようやく口を開いた。

「俺……祖父母からも、両親のことについては、あまり聞いていないんです。今の話も、ほとんどが初耳で……」

 祖父母に引き取られる前の名前も、陸自身は長い間、思い出すことすらなかったものだ。

「……そうか」

 八尋やひろが小さく息をついた。

「俺が祖父母に引き取られたのは、両親が亡くなる前です。……八尋やひろ司令は、両親が俺を手放した理由を、何かご存知ですか?」

 陸は、半ば無意識に言葉を発していた。普段は意識していなくとも、彼の心の奥に刺さっていたとげのような疑念やが発露したとも言えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る