第17話 娯楽室にて

 「対怪異戦闘部隊たいかいいせんとうぶたい」の宿舎にある「娯楽室」は、大型のテレビにソファとローテーブルなどが設置された、広い応接間のような空間である。

 各々おのおのの居室へのテレビの持ち込みは許可されているが、隊員同士のコミュニケーションを求めて娯楽室を利用する者も多い。夕食から就寝までの時間などに、非番や待機中の隊員たちの誰かしらが、茶菓子や飲み物を持ち寄って雑談を交わしているのが常だ。

 ひとたび「怪異」との戦闘が始まれば、互いに背中を預ける間柄である彼らは、常日頃つねひごろから信頼関係を強化する機会を作っているのだろう。

 同室になった観月みづきに誘われ、陸も「娯楽室」に顔を出すことにした。

 扉がなく、通路から内部が丸見えになっている「娯楽室」では、数人の隊員たちがテレビを見ながら雑談したり寛いだりしている。

 失礼します、と会釈をしながら部屋に入る観月みづきならい、陸も頭を下げた。

「よぅ、観月みづきか。風早かぜはやも? そうか、同室になったんだっけな。まぁ、二人とも座れ」

 二人に声をかけてきたのは、ソファに座っていた曹長の元宮もとみやだった。彼は、陸に格闘技の手ほどきをしてくれる者の一人だ。

「はい。風早かぜはやさんも、皆さんと顔を合わせておいたほうがいいかと思って、ここに誘いました」

「お前ら、大丈夫なのか?」

 別の隊員が、陸と観月みづきの顔を見比べながら言った。「体力錬成室」での一件を知っている者なのだろう。

観月みづきくんが色々と教えてくれるので助かってます」

 陸の言葉に、元宮が、そうかと安心した様子を見せた。

 観月みづきと共に、陸も雑談の輪に加わった。

「はァ……担当の術師が花蜜はなみつさんなら、『使い魔』になるのも悪くないかもな」

「気持ちは分からなくもないが、本人の前で、そういうことを言うんじゃない」

 一人の隊員が呟いたのを聞いて、元宮がたしなめる。

「大丈夫です、俺は気にしないので」

 言って、陸は微笑んだ。

花蜜はなみつさんもいいけど、冷泉れいぜい三佐も、黙ってれば美人だよな」

「技術士官ではあるけど、『怪異』に関する知識も豊富で、戦闘の指揮も任されるとか、住む世界が違うって感じだよな」

「俺、あの人と直接口を利いたことなんてないよ。罵られるとかでも、声をかけられたら心拍数上昇し過ぎて倒れるかもしれん」

「俺は三佐殿に踏まれてみたい」

「……踏まれたら痛いのでは?」

 はしゃいでいる先輩たちを見て、観月みづきが不思議そうに首を傾げた。

「あ~……お子様には、まだ分からないか」

「俺は、お子様じゃないが、貴様のシュミは分からん」

 先輩たちが笑いながらじゃれ合う様に、観月みづきは、ますます首を捻っている。

 任務の際の隙を感じさせない様子とは異なる、和やかな雰囲気に、陸は、彼らも普通の「人間」なのだと、何となく安心した。

「……そういえば、『あの事件』、報道がピタリと止まりましたね」

 テレビに流れているニュースを眺めていた隊員が、ぽつりと言った。

「『怪異案件』になったのかもしれんな」

 彼の言葉を受けて、元宮が頷いた。

「だとしたら、『怪戦うち』にお鉢が回ってくるかもしれませんね」

 彼らの話を聞いていた陸は、口を開いた。

「『怪異案件』って、何ですか?」

「それはな……」

 元宮が、おっと、という顔で答えた。

「時々、何か犯罪絡みの事件が報道されても、突然話題にならなくなることがあるの、気付いてるか?」

「たまに、ありますよね。手がかりが無くて捜査が行き詰っているとか、迷宮入りになってしまったとかではないんですか?」

「もちろん、そういうこともあるだろう。だが、人間による犯罪ではなく、怪異絡みと判断された時、捜査権が警察から『怪戦うち』に移されるケースがあるんだ。それを『怪異案件』と呼んでいる。『怪異』は人の法律で裁けないから、警察の業務に『怪異』への対応は含まれない。報道もされなくなるのが慣例だ」

 「怪異」の行動は、多くの場合、合理性に欠け人間の理屈による説明は不可能で、対策の仕様がないと言われている。報道されなくなるのは、人の法で裁けない以上、見せしめの意味もないというのが理由かもしれない――陸は、自分がこれまで何も知らずに生きてきたのだと、改めて思った。

「犯人、というか原因になった『怪異』を見付けたら、どうするんですか」

「基本的には『処理』だな。だから、その技術を持つ『怪戦うち』の出番になるという訳だ」

 元宮の説明を聞いて、「人間でもあり、怪異でもある」陸は複雑な気持ちになった。

「人里に出てきた人食い熊などの害獣を殺処分するようなものであるな」

 突然、ヤクモの声が響いた。

 その場にいた全員が、陸に注目する。

「そんなの、よく知ってるね」

われは、日々情報を集めておるからの。『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』が滅するのは、人に害を成す『怪異』であろう? 我々が人に敵対せぬ限り、そのような心配は無用というものだ」

 陸の心を見透かしたように、ヤクモが言った。

「そう、そうだね。ただ、問答無用で『処理』されちゃうのかと思ったら、それも少し可哀想な気もしたからさ」

風早かぜはやは優しいな。『ヤクモ』が寄生したのが君で、我々人間にとっては、ある意味幸運だったかもしれないな」

 陸の言葉を受けて元宮が言うと、他の隊員たちも同意する如くに頷いた。

「もしも、もしもだけど、風早かぜはやさんが悪い人だったら、ヤクモも悪い奴になってた……なんてことはあるんでしょうか」

 観月みづきが、不安げな顔で問うた。

「それは何とも言えんのである。われは、こうなる前のことは覚えておらぬ。だが、おそらく人間の如く思考するようになったのは、陸の中に入ってからである。此奴こやつに影響されている部分はなくもないであろう。結果論ではあるが、陸をしろに選んだ過去のわれは『ぐっじょぶ』だと思っておるぞ」

 そう言うヤクモの笑い声が、わははと響いた。

 陸を選んで良かったというヤクモの言葉は、陸本人にとっては意外ではあったが、同時に、少し嬉しさを感じるものだった。


 翌日の朝、業務連絡用に渡されている陸のスマートフォンに、冷泉れいぜい真理奈まりなからの呼び出しメッセージが届いた。

 メッセージには「怪戦」内の指定された部屋に来いとあるだけで、用件については触れられていない。

風早かぜはやさん、俺にも冷泉れいぜい三佐から呼び出しが来てるんですけど……何か怒られるようなこと……この間の戦闘のやらかしですかね??」

 観月みづきも、自分のスマートフォンを見つめながら、ぶつぶつと呟いている。

「それについては、来栖くるすさんや、他の上官の人たちにも怒られて、始末書も書いたんでしょ? だったら、それで終わりだと思うけど……」

 陸は首を傾げた。

観月みづきは、あの娘が苦手なようだな。われもである」

「ヤクモは分かるか? 冷泉れいぜい三佐、ちょっとおっかないもんな」

 ヤクモが口を挟むと、観月みづきは何度も頷いた。

「君たち、いつの間にか普通に話すようになってるね。いいことだ」

 言って、陸は、くすりと笑った。

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