第35話 ジャイロジェット・ピストル

 首田が「正義の杖」を手にして歩きながら感じた冷たい風は、次第に彼の心に冷徹な決意をもたらしていた。彼はもはや躊躇しない。復讐のために、そして過去の罪を暴くために、彼は手にした力を使う覚悟を決めた。


 だが、悪右衛門の言葉が首田の心の中で響き続けていた。『その力はただの道具に過ぎない。君の心が導かれる先にこそ、真実がある』。その警告に反して、首田はその杖があれば自分の望みを実現できると確信していた。


 夜の闇が深まる中、首田はある計画を思い描いていた。悪徳介護業者たちに復讐するためには、彼らの罪を暴く必要がある。証拠がない以上、力でその罪を暴き出すしかない。それを確実にするためには、杖の力が必要だと感じていた。


 首田が向かったのは、近隣の一つの施設。彼が前に勤務していた場所とは別だが、そこでも悪徳業者が絡んでいると噂されていた。彼は慎重に建物に近づき、周囲を確認する。施設内には監視カメラが設置されており、警戒が強い。しかし、杖の力を信じ、首田は一歩踏み込んだ。


 施設の入口を通り抜け、彼は管理人室に足を運ぶ。中には数名のスタッフが話をしていたが、彼らの顔色を見てすぐに察した。何か不穏な空気が漂っている。首田は杖を手に取り、その冷たい感触を確かめながら、管理人室に入ると、スタッフたちは彼に気づき、驚いたように静まり返った。


「何かご用ですか?」と一人のスタッフが言った。

 首田は黙って杖をかざした。その瞬間、杖の先端が微かに光り、部屋の空気が一変した。冷たい震えがスタッフたちに走り、首田はその力を実感する。杖が何かを感知し、過去の罪が彼の目の前に浮かび上がるような感覚に襲われた。


 スタッフたちはその異様な雰囲気に圧倒され、動揺を隠せない。首田は目を閉じ、その感覚を信じて、杖を振るった。すると、空間がゆがみ、スタッフたちの心の中に潜んでいた秘密が次々に明らかになった。あの老人が虐待を受け、あの資金が横領され、あのスタッフがそのすべてを黙認していたという事実が、目の前に浮かび上がった。


「これが、君たちの真実だ」と、首田は冷静に言った。


 スタッフたちは恐怖で顔を蒼白にし、誰もが口をつぐんだ。しかし、首田の心には一抹の冷徹な満足感が広がっていた。彼はこれで、復讐を果たすことができると感じていた。しかし、同時に心の中で何かが変わり始めているのも感じ取っていた。


 その時、店の奥で悪右衛門の声が響いた。首田の手元に、まるで予期していたかのように、もう一つの「道具」が現れた。それは、ジャイロジェット・ピストル。古びたロケット弾を撃つための、1950年代のアメリカの技術を基に改良された奇妙なピストルだった。ピストルの金属部分は古く、どこか汚れているが、火薬の匂いが微かに漂い、まるで別の次元から来たような威圧感があった。


「そのピストルを使えば、君の復讐はより速く、確実に成し遂げられるだろう」と悪右衛門の声が背後で響く。


 首田はその言葉を聞いて、ピストルを手に取った。ロケット弾の発射 mechanism(機構)は驚くほど精巧で、彼の手にぴったりと馴染んだ。目の前のスタッフたちの中には、明らかに後ろめたい者が多かった。復讐は、この武器で一気に決着をつけることができるだろう。


 だが、その瞬間、首田の心にひとしずくの疑問が生まれる。復讐が果たされた後、彼はどこに行くのか。何を持ち、何を求めて生きるのか。すでに、彼の中で「正義」の定義が曖昧になりつつあった。


「君が求めるものが、すべて手に入るわけではない」と悪右衛門の声がまたしても響く。


 首田はその声に答えることなく、ピストルを鞄にしまい、杖を手にして施設を後にした。彼の心はまだ決して晴れることなく、闇に包まれていた。しかし、復讐の道を歩んだその先に、何が待っているのかは、彼には分からない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る