第34話 正義の杖

 首田は街を歩きながら、悪右衛門の言葉が頭を離れなかった。あの「楽園」の力が、どこかで自分を引き寄せようとしていることを感じると同時に、彼の過去に埋もれた欲望が再び顔を覗かせるのを抑えきれなかった。


 彼の今の仕事、介護士としての役割は、他人を癒し、守り、支えることだ。しかし、現実の世界には、そんな美しい使命とは裏腹に、罪深い者たちが存在する。首田が心の中で最も憎むのは、悪徳介護業者たちだ。老人を虐待し、無駄に命を奪うその無慈悲な者たちに、彼はいつも怒りを感じていた。


 数ヶ月前、首田が勤務していた施設でも、そんな悪徳業者が関わっていた。高齢者たちに対する酷い扱いや、施設の資金を横領している事実を知ったとき、彼は強い衝動に駆られた。だが、法ではその業者をどうすることもできなかった。証拠が不十分で、警察も動こうとしない。自分の手で復讐したい、その一念が彼の胸に芽生えたが、それが良くないと分かっていた。


 そんな時、赤染悪右衛門の店を訪れた。彼が言った「楽園」の力、それは何もただの力ではない。首田の心の中に、復讐の念が渦巻く中、悪右衛門が渡した「道具」が再び気になり始めた。それらの道具が持つ力は、ただの好奇心を超えて、首田に強い引力を感じさせていた。


 店に戻る決意を固めた首田は、再びその薄暗い空間に足を踏み入れる。今度は、ただ見ているだけではない。復讐のため、何か力を手に入れる覚悟を決めていた。


 店内に足を踏み入れると、悪右衛門は変わらず静かに座っていた。彼は首田を見つめ、無言で頷いた。


「君は、もう決めたようだな」悪右衛門の声は、どこか冷徹でありながらも、理解を示しているようだった。


 首田は一歩前に進み、悪右衛門の前に立つ。


「私は、あの業者たちに復讐を果たしたい。法ではどうにもならない、ならば自分の手で彼らを正したい」首田の声には決意がこもっていた。


 悪右衛門はしばらく黙って首田を見つめ、やがて低く呟いた。「復讐…それが君の望みなら、力を貸してやろう。しかし、力を得る代償は大きい。心しておけ」


 首田は一瞬躊躇したが、すぐにその思いを振り払い、目をしっかりと悪右衛門に向けた。「どんな代償でも構わない」


 悪右衛門は微笑んだ。「良いだろう。では、君が求める力を与えよう」


 彼は立ち上がり、店の奥にある棚から一つの古びた箱を取り出した。箱を開けると、中にはいくつかの道具が並んでいた。どれも奇妙で、見たことのない形をしている。首田はその中から一つ、目が釘付けになるものを見つけた。それは、一見普通の杖のように見えるが、どこか違和感があった。杖の柄には不気味な紋章が刻まれており、触れるとその冷たさが手に染み込んでくる。


「それが『正義の杖』だ」悪右衛門は説明する。「その杖には、真実を暴く力が宿っている。君が持っている復讐の念に応じて、過去の罪を明らかにする力を引き出すことができる。しかし、注意しなさい。それを使うことは、自分の心を試すことでもある」


 首田は杖を手に取り、その感触に一瞬、ためらいを感じたが、すぐにその思いを振り払った。「私は、もう迷わない」


 悪右衛門は静かに頷き、「覚えておけ、その力はただの道具に過ぎない。君の心が導かれる先にこそ、真実がある」と言った。


 首田はその言葉を胸に、杖を握りしめて店を後にした。外に出ると、冷たい風が彼の顔を打つ。しかし、彼の心は一つの決断を下していた。


 この道具を使うことで、彼は悪徳介護業者たちに復讐することができる。過去の罪が暴かれ、正義が下される。だが、それが彼自身の心をどう変えるのか、まだ分からない。ただ一つ言えるのは、彼がもはや以前の自分ではないということだ。


 首田は杖を持って、復讐のための第一歩を踏み出した。


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