第24話 ケッチャムグレネード
関口は冷たい夜風に身を震わせながら、目的の場所へと足を運んだ。ケッチャムグレネードを手に入れるためには、裏社会の知識と人脈が欠かせなかった。だが、彼がこの爆弾を求める理由はただの復讐ではなかった。それは、島田の死に隠された真実を明らかにするための、唯一の手段だった。
彼の足取りは迷いなく、次第に荒れ果てた倉庫街に入っていった。そこに、彼が頼りにしている情報屋が待っている。情報屋、通称「キツネ」は、裏の世界で多くの者と繋がりを持っている男だ。関口にとっては、彼の助けなしではケッチャムグレネードを手に入れることすら不可能に近かった。
倉庫街の一角に差し掛かると、関口は周囲を警戒しながら建物の中に足を踏み入れた。薄暗い灯りがわずかに漏れる窓から差し込んでいる。ドアの前で立ち止まり、軽くノックをした。
「入れ」
キツネの冷ややかな声が、すぐに響いた。関口は扉を開け、暗い部屋に足を踏み入れると、そこには煙草の煙が立ち込め、薄暗くなった部屋の隅に座る男が見えた。
「お前が求める物が揃っている」キツネは、関口を一瞥し、無表情で言った。
関口はキツネに近づき、真剣な眼差しで言った。「それを手に入れたら、島田の復讐は完了する。だが、その先に待つものは恐ろしい真実だろうな」
キツネは冷笑を浮かべた。「復讐を果たすには、それだけの覚悟が必要だろう。だが、気をつけろ。ケッチャムグレネードはただの爆弾じゃない。お前の手に入れた瞬間から、その運命を背負うことになる」
関口は頷き、長い間握りしめていた拳をゆっくりと解いた。部屋の中の緊張感が高まる。キツネは無言で、机の上に置かれた小さな箱を開けた。
箱の中には、ケッチャムグレネードが静かに横たわっていた。その鋭利なデザインと、奇妙に目を引く起爆装置の構造が、関口に深い印象を与えた。
「これを持ち帰れ。そして、確実に使え。お前の目的が果たされるその時まで、決して手放すな」キツネは低い声で言った。
関口はケッチャムグレネードを手に取ると、その重さと冷たさが手のひらに伝わった。何かが、心の奥底で目を覚ましたような気がした。
「ありがとう」関口は短く言い、部屋を出るために振り返った。キツネの目が、その背中をじっと見つめていた。
関口は部屋を出ると、冷たい夜の空気に身を包まれた。島田の死を背負い、その復讐を果たすためには、まず一つの物を手に入れなければならない。それが「ケッチャムグレネード」だった。
ケッチャムグレネードは1861年、ニューヨーク州バッファロー市の市長、ウィリアム・F・ケッチャムからその名前からとられた手榴弾で、南北戦争において北軍が使用した。本体の後ろにダーツの矢のような厚紙のフィン(羽根)がついていて、先端についてる起爆装置が強く押し込まれると爆発する仕組みになっている。ダーツのように投げるだけで真っすぐ飛んでいくが、起爆装置が外に飛び出ていて、本体に対して垂直に取り付けられているため、地面に落ちたときに斜めになってたり、柔らかな土や泥の中に落ちると爆発しない。
関口は冷たい夜風の中を歩きながら、手にしたケッチャムグレネードの感触を確かめるように握りしめていた。思った以上に重い。それは、ただの物理的な重さではなく、彼の心に重くのしかかるものだった。復讐のために手に入れたその爆弾が、島田の死の真実を明らかにするための唯一の手段であり、その先に待つものが、果たして自分にとってどれほどの代償を伴うのか、今はまだ予測できなかった。
倉庫街を抜け、関口は裏通りを進んでいく。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った街並み。闇夜に包まれたその場所には、何か不気味な気配が漂っていた。普段なら立ち入らないような場所だが、今の関口にはその静けさが必要だった。心を落ち着けるためにも、今はひとりで思索を巡らせたかった。
島田が死んだその夜から、関口の心の中には常に疑念が渦巻いていた。表向きは事故とされていた島田の死。しかし、彼の知っている島田はそんな簡単な死に方をするような男ではなかった。あの事件が裏で何か大きな力に操られていたことを、関口は本能的に感じ取っていた。
倉庫街から離れると、関口は近くの公園に立ち寄ることにした。ここなら、少しだけ落ち着けるだろう。薄暗い街灯の下、ベンチに腰を下ろし、彼は手にしたケッチャムグレネードをじっと見つめた。
「これで、島田の死の真実が明らかになるのか?」
自問自答しながら、関口は深く息を吐いた。ケッチャムグレネードを使うことが、彼にとって最も必要な手段だと確信していた。だが、それが終わった後に何が残るのか、どんな代償が待っているのかを考えれば考えるほど、不安が募っていった。
その時、耳をすませると、足音が近づいてくるのを聞いた。関口はすぐに身構えた。周囲にはほとんど人がいないはずだったが、何かの気配が近づいている。足音が次第に大きくなり、そして暗闇から一人の男が現れた。
「おい、関口か?」
その男は、かつて関口の仲間だった一人、武田だった。彼の顔は暗闇の中でもわずかに見えたが、関口にはすぐにその人物がわかった。武田は関口を見つめると、鋭い眼差しを向けてきた。
「何だ、こんなところで」と関口は冷静に答える。
「お前、何かを背負ってるな」と武田は言いながら、ベンチに座ることなく、関口の前に立った。顔に浮かんだ微かな表情から、彼もまた何かを感じ取っていたようだ。
関口はケッチャムグレネードを手に取ると、無言で武田に差し出した。「これを手に入れた。島田の死の真相を探るためだ」
武田はしばらくその手榴弾をじっと見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。「そんなものを使うのか? 本当にそれで全てが終わるのか?」
関口は答えなかった。ただ、無言でそれを握りしめ、再び冷たい風の中で立ち上がった。
「お前がそれを使うことで、何かが変わると思っているなら、俺はもう言うことはない。しかし、覚悟を決めろ。それがどういう結果を招くのか、今から俺は見届けることにする」
関口は武田の言葉を背中に受け止めながら、再び歩き出した。今は一人で、この運命を背負い続けるしかない。しかし、どこかで感じていた。武田の言葉が、心の奥底にひとつの疑問を投げかけていた。
ケッチャムグレネード。それは復讐の道具でもあり、真実を暴くための唯一の手段でもあった。しかし、それがどんな結末を迎えるのか、関口にはまだわからなかった。
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