第23話 死の知らせ

 関口悦司は静かに煙草をくゆらせていた。薄暗いアパートの一室、外の音もほとんど届かないこの場所で、彼は冷徹に時間を浪費していた。自分の過去と向き合う時間が与えられたことはない。ただ、仕事をこなす日々、そしてその仕事に必要な冷徹さだけが彼を支えていた。


 その日、何も変わらないと思っていた。だが、電話が鳴った。携帯の画面に表示された名前は「島田」。


「島田か…」


 関口は少しだけ顔をしかめた。彼の仲間、彼の唯一の友人だった。しかし、島田とは何度も命を懸けた戦いを繰り広げてきた。殺し屋としての絆が強かったが、感情を交わすことはなかった。だが、今その名前が画面に浮かび上がったということは、何かが起きた証拠だ。


 彼は電話を取らず、ただじっと画面を見つめた。しかし、すぐに再び振動が伝わってきた。今度はメッセージが届いた。


『関口、俺は終わった。』


 その一文を見た瞬間、関口の心の中にひとしずくの冷たい水が滴り落ちた。島田が死んだ…そう直感した。


 即座に彼は携帯を握りしめ、街を駆け出した。どこで何が起きたのか、なぜ島田がこんなメッセージを送ったのか。それが気になって仕方なかった。だが、すべての問いが、次第に不安を深めていく。


 数分後、島田の居場所に到着した。彼の身近な隠れ家だった。ドアを開けると、部屋の中は異様な静けさに包まれていた。どこかで血の匂いが立ち込め、床に倒れた島田の姿が目に入った。


 関口は何も言わず、彼の元に歩み寄った。島田は顔を上げて、彼を見た。目は既に死にかけていたが、何かを言いたげだった。


「お前か…」島田はかすれた声で言った。「最後に、お前に伝えたかった」


 関口は無言で膝をつき、島田の手を取った。


「誰が…?」関口は冷静に尋ねた。


 島田は震える手でポケットを探り、何かを取り出した。それは、薄汚れたメモ帳だった。メモ帳には、誰かの名前と数字が書かれていた。その名前は、かつて二人が共に裏社会で戦った相手だった。


「復讐しろ、関口…」島田は力なく呟いた。「俺のために、あいつを…」


 関口はしばらく黙って島田の言葉を聞いていた。復讐など、もはや彼には意味がないと思っていた。だが、島田の命が消えた今、その言葉を無視することはできなかった。


 島田の瞳が閉じるとき、関口は静かに立ち上がった。


「わかった」


 彼はもう一度、メモ帳を確認し、そのまま部屋を後にした。島田の死は無駄にはしない。裏社会で再び暴力の嵐が巻き起こる日が、もうすぐ訪れるだろう。



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