第19話 不落の城

「なんだ、どうした、ああっ⁉︎」


 道場の中から数人の門下生が出て来て、仲間の死体を見ておどろきの声をあげた。


「道場やぶりか⁉︎」


 勘四郎は抜き身である。


 たった今、人を斬り殺し興奮コーフンして居る、そのままの勢いでその門下生も次から次へと斬り殺して行った。


「どうした、この者達は、弱すぎる、いや、違う、俺が強すぎるのだ」


 江戸の小野派一刀流おのはいっとうりゅうと言えば、本流ではないか、次郎衛門より直々じきじき稽古けいこを付けて貰って居るはずだ。


 やはり俺が強すぎるのか、きっとそうに違いない。


 小野次郎衛門よ、大した事は無い。


「小野次郎衛門よ、出て来い。 出て来て今すぐこの生駒勘四郎と勝負しろ!」


 勘四郎は大声で叫んだ。


 何度も叫んだが、返事がない。


 しびれを切らせ、とうとう道場の中へ駆け走って行った。


 道場の中には二十名ほどの剣士が居た、皆刀を抜いて居る。


 外での騒ぎを聴き付け、こうして刀をかまえて待って居たのだ。


「どやつが次郎衛門か、この生駒勘四郎に臆したか」


 勘四郎は正気しょうきを失って居た。


 手前の奴から斬り殺してくれよう。


 まず一人、どうだ痛いか、ほれ二人目、なんだ弱い、次は三人目行くぞ。


 勘四郎は物凄い形相ぎょうそうで、はしの者から斬り殺して行った。


 気も狂わんばかりである。


「ぎゃっ、痛い⁉︎ 痛いではないか、誰だ今俺を斬った奴は⁉︎」


 後ろから斬り付けられた勘四郎は、直に振り向き一撃を与えてやった。


 血しぶきが顔にかかり、目の前が真っ赤に染まった。


「おのれ、おのれ」


 勘四郎は滅茶苦茶めちゃくちゃに太刀を振り回した。


「ぎゃっ」


 またどこか斬られた。


卑怯ひきようだぞ次郎衛門、ぎゃっ」


 次から次へと斬られて行く。


 勘四郎は簀巻きにされて行った、もう痛さは感じなかった、熱いだけだ。


「俺は強いはずだが、こんな所で死ぬるのか」


 姫路は良かった、江戸は嫌いだ、身体が熱い、まるで燃えている様だ、目の前が暗く成って来た。


「暗い、ああ暗い」


 勘四郎はそこでこと切れた。


 皮肉にもそこは、今までおのれが学びはげんで来た流派の道場であった。




 ふふふ、わらわは復活ふっかつしたのじゃ。


 一年か二年は掛かると思うて居ったが、実に五年も掛ってしもうた。


 まあ、人間であった頃に死んだ時は、真っ暗闇の中を何百年も彷徨さまようて居ったでな。


 五年など、何ほどの事でもない。


 一瞬だけ気を失うて居った様なものよ。


 許せぬは、宮本武蔵に柳生兵庫助……


 こ奴め共は、このわらわの身体を、細切れにきざみ居って……わらわはまるで料理に使う野菜の様にされたのじゃ。


 兵庫助めが、わらわを野菜にすると言うて居ったのう。


 まさにその様にされたのじゃ。


 わらわは不死身ふじみじゃが、斬られるとやっぱり痛いのじゃ。


 復習ふくしゅうしてやりたいのは、山々じゃが、痛いのはもう嫌じゃ。


 あの二人は強すぎるのでのう。


 五年も立てば、いずこに居るやら解らぬ。


 怨みは治まらぬが、こ奴め共を殺すのにはちと作戦が必要じゃ。


 油断ゆだんさせておいて、頭からかじり喰うてやるのよ。


 別に臆して居るわけじゃないが、準備も居るから時間もかかるじゃろうて。


 しばらくの間は、放っておくことにするぞえ。


 決しておくして居るわけではない。


 後回あとまわしにするだけじゃ。


 さて、と。


 あ奴はどうして居るのかのう、利隆としたかは。


 もう、わらわの事は忘れて居るのかのう、ふふふ。


 まぁ、それは良い、またあの日のように思い出させてやるだけじゃ。


 ほほほ、それじゃあ、行くとするかえ。


 そしてわらわは利隆の寝屋ねやに行って、いつもの様に枕元まくらもとに立ってやったのじゃ。


 そ奴はわらわの存在そんざいに気付いて、飛び起き居った。


 ん、誰じゃお前は。


 そ奴はわらわを観て、恐れおののいて居るようすじゃ、ほほほ、震えて居るわ。


 わらわはもう一度聴いた、お前は誰じゃ。


「ほ、ほ、本多忠政ほんだただまさに御座います」


「本多?池田ではないのか?」


 聞けば領地替りょうちがえとか申すもので、今の城主は本多氏に変わったと申すではないか。


 ええい、利隆の奴め、まんまとわらわから逃げ居ったわ。


「ところで忠政とやら、そちはわらわのことを知って居るのかえ」


「は、はい、多少たしょうは、小坂部姫さまで居られますか、しかし……」


「しかし、なんじゃ、申してみよ」


「あ、いや、何でもありませぬ」


 ふふふ、忠政は土下座どげざの体制でまだ震えて居るわ。


「ふん、まぁ良い、わらわは不死身じゃ」


「はい、はい」


「それで、解って居ろうの」


「は、はい、全て心得こころえて居ります」


 心得て居るならそれで良い、一から説明するのは面倒じゃ。


「ところで忠政、お主は恭順きょうじゅんかえ」


 忠政はそこで初めて顔をあげた、今にも泣きそうな顔をしている。


勿論もちろんでございます、勿論でございます」


「わらわはこうして毎夜訪まいよたずねてまいるでな。 ん、なんじゃ、嫌なのかえ」


「ま、まさか、と、とんでもございません。 嬉しいのでございます。 ありがたき幸せでございます」


「ふん、いつまでもそうして恭順で居るのじゃ、努々ゆめゆめおかしな考えは持つでないぞ、そうすれば、この城は落ちる事は無い、わらわが守っておればここは不落の城じゃ」


「は、ははっ、ありがたき幸せ」


「ホホホホホホホ」


 これで契約は成立じゃ。


 わらわは忠政の寝屋を退室たいしつした。


 この城はわらわの城じゃ。


 さて、長い間人間を喰うてない。


 わらわのお腹はぺこぺこじゃ。


 久し振りじゃ、今宵こよいは思う存分に、人間を喰らうことにするかのう。


 喰らうなら、やはり若い男が良い。




 いや、喰ろうた、喰ろうた。


 わらわはお腹いっぱいじゃ。


 今宵は久し振りゆえ、調子に乗って六人もの人間を喰ろうてしもうた、ふふふ。


 特に最後に喰ろうた、あの者は恐怖におののき良い顔をして居ったのう。


 あのような顔をされると、わらわは頂点ちょうてんに達してしまう、うふふふ。


 ああ、今宵は満足じゃ。


 月夜に輝く姫路城、美しいのう。


 わらわはここから観える姫路城の角度が、一番好きじゃ。


 誰が言うたか、白鷺城しらさぎじょうとは、よう言うたものじゃ。


 まるで白鷺が空へ向って、今にも羽ばたいて行くようじゃ。


 この城はわらわの物じゃ、誰にも渡さんぞえ。


 ほんに美しい、わらわの城じゃ、ふふふ。


「ん、誰じゃ?」


 満足まんぞくして開かずの間に帰って来ると、誰かが座って居る。


 ここはわらわの部屋じゃ、勝手に入り居って…


「誰じゃ、勝手に入り居って」


 よく観ると、両手をついて頭を下げて居るのが解った。


 ぼろを着て居るが、それが鬼であると分った、その証拠しょうこに頭から二本の角が生えて居るのである。


 そして、その鬼がゆっくりと頭を上げた。


 ぼろは着て居るが、まだ若い。


 わらわの顔を臆することなく、真っ直ぐに見て来る、はて、どこかで見た様な気がするのだが…


「小坂部姫さま、お待ちしておりました」


 そのまだ若い鬼は、わらわを待って居ったと申した。


「なにゆえ、わらわを待って居ったのじゃ」


 わらわは問いただした。


「はい、小坂部姫さまの家来けらいにして貰いたく思い、こうしてそんじました」


「なに、家来じゃと」


「はい、そしておしたい申しております」


 なんと、わらわを慕うておるじゃと。


 わらわには、家来の妖怪が沢山居たくさんおったのじゃが、今は一匹も居ないのじゃ。


 わらわはたった独りになってしもうた。


 たしかに、家来はのどから手が出るほど欲しい…


 それにわらわを慕うておるとは、ふふふ、可愛いではないか。


生前せいぜんでは色々ありましたが、今は私も鬼の身ゆえ、どうかそれは水に流して頂き、どうか家来にして頂きたく思います。 それに私は強う御座いますゆえ、決して迷惑めいわくをおかけする事は御座いませぬ。 心より忠誠をお誓い申し上げます」


 そう言うと、その鬼はまた両手をついて頭を下げた。


「そうか、そうまでしてわらわの家来に成りたいと申すのじゃな」


「はい、いつまでもおそばにお仕えしとうございます」


 節度せつどある態度たいどでその鬼はこうべれた。


「そこまで申すのなら、そなたを家来にしてしんぜよう、して、名はなんと申すのじゃ」


 家来になれて嬉しいのか、その若い鬼はにやりと笑うた。


 そして、堂々どうどうたる態度で名を申した。


「はい、生駒勘四郎と申します」

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