第18話 武者修行独り旅

「俺も姫路を出立しゅったつする事にしよう」


 勘四郎は独りつぶやいた。


 武蔵が去り、兵庫助も先日姫路を去った。


 勘四郎はまた独りになった。


 播州姫路ばんしゅうひめじに来なければ、今の自分は無かった。


 武蔵にも兵庫助にも逢うことは無かった。


 そう考えると、これは運命だったのだと思えてくるのだ。


 武蔵には、幾度いくど稽古けいこを付けて貰い、兵法には気迫きはく存在そんざいすることを学んだ。


 気持ちと言うか心の部分だ。


 兵庫助からは、技術的部分ぎじゅつてきぶぶんの方を教えて貰った。


 それも、勘四郎のくせ技量ぎりょうを見抜き、それを指摘してきして、具体的に生かせるよう理解しやすく説明してくれたのだ。


 天下の兵法者ひょうほうものである二人から、心と技をこの姫路の地で学んだのだ。


 こんな幸運なことは、なかなか有ることではない。


 後は、この学んだ事をみがくだけだ。


 家を飛び出した頃は、ただ闇雲やみくもに修行して居ただけで、自分の目指す高峰たかみの影さえ見えなかった、いや、見てなかった。


 姫路に滞在たいざいして一月と半、その間に学んだことは十年の修行に匹敵ひってきするものであると言う気がする。


「俺は、なんと幸運なのだろうか」


 物心がつく頃より剣にたずさわって来た。


 生駒いこまの家に産まれて来なければ、道場にも通わせて貰えなかっただろうし、ただ剣術のみに明け暮れる事など出来なかったはずだ。


 これも幸運だ。


 勘四郎がまだ幼い頃、天下分目てんかわけめの大戦があった、関ヶ原せきがはらの戦いである。


 勘四郎にその記憶はない。


 乱世らんせは終わったと言う人も居るが、また大きな戦が起ると言ううわさもある。


 勘四郎は戦を知らない世代せだいだ。


 だがまだ乱世は終わって居ないのだ、勘四郎はそう思って居るし、またその雰囲気ふんいきもまだ残って居るのだ。


 しかし、戦がどう言うものか解らない。


 この前の、鬼達との闘いみたいなものだろうか、いや、あんなものとは規模きぼが違う。


 何千、何万もの軍勢ぐんぜいどうしが斬り合うのだから、それは想像をぜっするものだろう。


 兵法の頂点ちょうてんに存在するもの、それが戦だ。


 兵法をせいするものは戦を制する、たしかその様なことを武蔵が言って居た。


 兵法者として名を上げたい、それが勘四郎の夢であり志しだ。


 妖怪退治の件で、少しは勘四郎の名前は知れ渡っている。


 立て札の末席まっせきに、勘四郎の名前も記して貰ったからだ。


 あれ以来町を歩いて居ると、時々高貴ときどきこうきな目にさらされる様になったし、宿の主人の態度も変わった。


 あの時は何も出来なかったが、この前の闘いの時は勘四郎も奮闘ふんとうしたのだ。


 今では、自分も立派な妖怪退治の剣士団の一員であると自信も付いた。


 池田家の家老である片桐様からは、手を握られ何度も礼を言われた。


 その時は、一人前の兵法者に成れた様な気がして気持ちが良かった。


 俺は強いのだと天狗てんぐに成った。


 これは勘四郎の悪い癖で、直に調子に乗ってしまう所がある。


 しかし初めて人を斬った時は、恐怖にふるえた、その光景が何度も夢に出て来てはうなされたものだ……


 幼き頃より、血のにじむ思いをして修行して来たのだ、弱くは無いだろうが、自分の目指す高峰は、まだ気の遠くなるほど遠い。


江戸えどへ行こう」


 江戸へ行って、自分が今まで学んで来た剣術の始祖しそである、小野次郎衛門おのじろうえもんに逢ってみたい。


 話しは出来ないまでも、門前払もんぜんばらいまでされる事は無いだろう。


 勘四郎は小野派一刀流の門下生もんかせいなのだ。


 尾張に帰れば、もう他国に出る事はかなわないだろう。


 この期を逃しては、次は無いだろう。


 武者修行を行いながら江戸を目指す。


 武蔵に教わった、心の修行。


 兵庫助に教授を受けた、技の修行。


 小野次郎衛門に逢うと言う、目的。


 この三点を念頭ねんとうに置いて旅をするのだ。


 そう決めると姫路を離れる決心がついた。


 勘四郎は、この播州姫路が大好きになって居たのだ。


 所用で少し町を歩けば、皆が振り返り噂されるし、ある者からは、直接感謝の気持ちを述べられたこともある。


 あの、尊敬する宮本武蔵に出会い、楽しき日々を送ったのも、この姫路である。


 柳生兵庫助とも知り合えた。


 自分の剣技が開花したのも、この姫路だ。


 全てに置いて、この播州の地は自分にとって良い事が続くのである。


 自分にとって播州は地運ちうんが良いのだ。


 いっそこの地で暮そうか、などと真剣に考えたこともあった。


 しかしそうも行くまい、いずれ尾張には帰らなければ成らないだろう。


 このまま、だらだらとこの地に居続けるわけにも行かないだろう。


 小野次郎衛門に逢うために江戸へ行くと言う目的が出来て、やっとこの心地よい土地を離れる決心が付いたのだ。


 出立の時には宿の主人から、いつまでも居て下さいと言われた時は、決心が少しぐらついてしまった。


 しかし、今は遠くより姫路城を見つめて居た、感傷があふれてくる。


「ありがとう、さようなら」


 そして江戸へ向けて歩き出した、おとこの旅立ちである、もう後ろは振り向かなかった。


 流祖の小野次郎衛門とは、どの様な人物なのであろうか。


 剣一筋に己の人生を送ってきた漢なのだ、武蔵や兵庫助がそうであったように、芯の通った素晴らしい人物に違いない。


「まちな、坊ちゃんよう、有り金すべて置いて行きな」


 気付くと、三人の食詰くいつ浪人ろうにんに囲まれていた。


 たしか、前にもこの様なことがあった。


 同じ様な境遇だが、今の勘四郎は前の勘四郎ではないのだ。


「ふふふ、嫌だと申したらどうなるのだ」


「なんだとこのがきがぁ、調子ちょうしに乗りやがって、死にたいらしいな」


 食詰め浪人達が同時に刀を抜いた。


「面白い、やって貰おう」


 勘四郎も抜いた。


 勘四郎はまず正面の男の首をねた。


 兵庫助に教わった通り、刃を軽く握り、狙った場所へ角度を調整ちょうせいして一気に振りぬいたのだ、上手く行った。


 食詰め浪人達は逃げ腰になって居た。


 次も、その次も同じ様にした、面白い様に首が飛んで行った。


 なるほど、そう言う事か、やはり俺は強く成って居る。


 このまま修行をんで行けば、きっと名のある兵法者に成れると確信した。


 尾張に帰ると、兵庫助の柳生新陰流を学ぶ事に成るだろう。


 尾張藩の剣術指南役が兵庫助なのだから、藩士がそれに習うは当然のことだ。


 まあ、それは仕方の無い事として、そのままで終わる訳ではない。


 自分で流派を立ち上げるのも良かろう。


「生駒派一刀流」


 この様に名前を付けよう。


 なんだか勘四郎は楽しく成って来た。


 それから江戸への旅の途中で、幾度いくどかの試合をした、勿論もちろん真剣勝負しんけんしょうぶである。


 連勝だった。


 武蔵から教わった覇気はきも試してみた。


 対峙たいじする時、相手に気を送るのだ。


 対峙する相手は一歩も動けなかった。


 途中、滝を見付けては打たれることを繰返した、神経を滅却めっきゃくするのである。


 旅籠はたごに泊まるのを止め、野宿を繰返した、これは武蔵の様に動物的感覚を磨き、精神を鍛える為に必要と思ったからだ。


 街道は通らず、特に野山を選んで歩いた。


 兵庫助から教わった、技術面の修練も怠らなかった。


 野山を選んで野宿を繰返す勘四郎の姿は、見るからに不潔ふけつに成って行った。


 勘四郎は、ぼろをまとった乞食こじきの様に成って居た。


 その姿のまま、勘四郎は江戸に入った。


 勘四郎は堂々たる姿勢しせいで、江戸の町を歩いて行く。


 江戸の町民達は驚き、嫌悪けんおして眼を合さない様に努めた。


「なんだ、この町の人々は、道を尋ねても知らん顔をする。 逃げる者さえ居る。 国が変わればこうも違うのか。 姫路は良かったなぁ。 用が終わればまた姫路に帰ろう」


 勘四郎は、ぶつぶつと呟きながら歩いた。


 江戸の町民達には、それがまた不気味に感じられ、恐怖した。


 子供が勘四郎に石を投げて来た


「イタッ、なにをする」


 また、他の子供が石を投げる


「な、なにをするか! 俺は有名な兵法者だぞ! 子供とて無礼はゆるさぬぞ!」


 すると、いたる所から石が飛んできた。


 石の雨である。


 たまらなくなった菅四郎は、とりあえずその場を逃げ出した。


「なんなんだ、俺はあの宮本武蔵様と柳生兵庫助様の高弟であるぞ、その俺に石を投げつけてくるなどとは、いったいどう言った所存しょぞんだ」


 勘四郎の心は痛く傷ついた。


 姫路でチヤホヤとされていた分、余計に傷ついてしまった。


 怒りに変わった。


 そして憎しみに変わった。


「許さぬぞ、江戸とはこの様な所なのか……俺は宮本武蔵様と柳生兵庫助様に特別に剣術を教わり、特別に目をかけられた生駒勘四郎だぞ」


 勘四郎のプライドはズタズタとなった。


 すべてのものが憎しみに変わって行く、いっそ皆殺しにしてやろうかと勘四郎は思った。


「用事がすんだら姫路に帰ろう、あの地が俺の住むべき地なのだ」


 勘四郎の瞳は、もはやドス黒いものになって居た。




 勘四郎は、しばらくさ迷い歩き、やっとの思いでそこに辿たどり着いた。


 小野派一刀流道場と札が立っていたのだ。


 門下生だろうか、中から人が出て来た。


「小野次郎衛門殿に逢いたいのだが」


 勘四郎は、その門下生に声を掛けた。


 突然声を掛けられた門下生は少し驚き、勘四郎を見て目の色を変えた。


「なんだ、お前は、汚い恰好かっこうをしやがって」


「なにっ」


「去れ、この乞食が」


 勘四郎はいきなり太刀を抜き、一刀のもとにその者を斬り殺して居た。


 この時勘四郎は知らなかったが、小野次郎衛門は、徳川秀忠に付いて大坂に居たのだ。


 大坂の陣である。


 大坂の陣は、(冬の陣)と(夏の陣)とで二回起るのだが、この時は始めの(冬の陣)である。


 次の(夏の陣)で豊臣家は滅び、徳川幕府は盤石ばんじゃくなものになり太平たいへいな世が続くのだ。

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