第15話 戌モードへのスイッチ
「俺がオーク村長を?」
「うん。だって兄貴様、あたしを元に戻してくれたじゃん。その力があれば、村長も元に戻せるんじゃない?」
「ふん。バカを言うな。どうして俺が、お嬢を虐げた輩のために働かなきゃならんのだ」
「……いえ、ヒスキさん」
鼻を鳴らして一蹴する俺を、お嬢が遮る。
「私からも、お願いできないかな? できれば、元に戻してあげて欲しいの」
「お嬢まで。いいんですかい? 本来なら指の一本や二本切り飛ばして、ワビ入れさせるところですぜ」
「そ、そんな怖いことダメです」
イティスの抱っこから逃れた俺は、お嬢の顔をじっと見上げる。お嬢は真っ直ぐに俺を見返す。
ため息をつき、俺は折れた。
「わかりやした。やってみましょう」
「ヒスキさん……! ありがとう!」
「礼を言われるまでもありません。まだ元に戻せると決まったわけじゃないですし。それに」
イッヌ状態のまま、前脚をお嬢の膝に当てた。
「欲望を吐き出せと言ったのは俺ですからね。その調子で、やりたいことをどんどん口にしていきましょう」
パッと明るくなるお嬢の表情。俺にとってはコレが金に勝る報酬だ。
元の世界でヤクザやってるときは、見たくても見られなかったからな。
さて、やるだけやってみようかね。
お嬢たちを引き連れ、村の中へ入っていく。
相変わらず人の姿はないが、家の戸や窓からチラチラとこちらを伺う気配はする。いちいち
睨んでやったが、あんまり効果がなかった。
イッヌ状態では表情の変化がわかりにくいのかもしれない。ちくしょうめ。
村を貫く砂利道を進むと、やがて井戸を中心にした広場へさしかかった。
そこに、ヤロウはいた。
井戸の傍らに腰掛けて、でかい図体のオークが唸っている。
オーク状態のイティスより、さらに一回りはでかい。
オーク村長がこちらに気付いて、顔を上げる。
俺はお嬢に言った。
「お下がりください、お嬢」
「気をつけてね。ヒスキさん」
「頑張れ兄貴様!」
お嬢と舎弟の声に尻尾を振って応える。
オーク村長が立ち上がった。でかい口を開け、「カッカッカッ」と舌打ちするような声を出す。俺は眉をしかめた。やはりオークって奴は揃って不快な音を出しやがる。
オーク村長の前に正対する。全身に力を入れ、四肢を踏ん張った。あのデカブツをぶっ飛ばすため、戌モードになった自分を想像する。
――が。
気がつけばオーク村長の右足が目の前まで迫っていた。
まるでサッカーボールのように軽々と蹴っ飛ばされるイッヌの俺。向かいにあった物置小屋の屋根を半壊させて止まった。
「野郎……! 俺ァ仲良く球遊びしに来たんじゃねえぞ」
グルルと喉を唸らせながら起き上がる。派手にぶっ飛ばされたが、身体には痛みも傷もない。さすが神獣。頑丈で結構なことだ。
だが、俺の毛並みを瓦礫と埃で汚したことは承知しねえぞ?
「ヒスキさん!!?」
「兄貴様、だいじょうぶ!?」
軒下に、お嬢たちが駆け寄ってきて叫ぶ。
俺は軽やかに屋根から降りて見せた。無傷のアピールだ。
ホッとする彼女らを再び下がらせ、俺はオーク村長の元へ進み出る。悔しいのか、奴はその場で地団駄を踏んでいた。
だがな。ムカついてんのはこっちも同じだよ。
よくも俺をコケにしてくれたな。
100万倍にして返してやる。
ヤクザにとってメンツの維持は時に命と直結する。キレた俺の毛並みは、全身逆立っていた。
しかし、これでも戌モードに変身できない。
内心で舌打ちする。どうやら、俺自身がナメられたくらいじゃ戌にはなれないらしい。
考えてみれば当然だ。メンツは俺の命に直結するかもしれないが、
――さて、どうしたもんか。
俺には牙もある。爪もある。無敵の身体がある。
ならば迷うことはない。何度でも、何度でも食らいついてやろう。10回や100回で倒せないなら、その10倍、100倍食らいついてやろう。
口の端を引き上げ、獰猛に笑うイッヌの俺。
そのときだった。オーク村長が再び声を上げた。今度はしっかりと聞き取れる人の言葉で、けれど汚らしいダミ声でまくしたてる。
「ソレ、イナクナレ! ソレ、イラナイ!」
「……は? いきなり何だコイツ」
言葉は理解できても意味が理解できない。
そこで気付いた。オーク村長の奴、俺を見ていない。
声をかけているのは、俺の後ろにいるふたり――。
「村長さん……」
お嬢がショックを受けて呟く。その目尻に小さく涙が浮かぶ。
……わかった。
いなくなれ、とはお嬢たちのことなんだな。
俺を助け、苦労と決心を乗り越えてここまで戻ってきたお嬢に対して、いなくなれ、と。
そうか。そうかい。それが本心かい。
「――フザけんなこのデカブツがぁぁぁぁっ!!」
正真正銘マジギレした俺の身体がまばゆく輝く。
菊花が舞い飛び、身体が一気に巨大化する。
戌モードと化した俺は、腐れオークに一瞬で肉薄した。
「往生せいやぁぁぁぁぁぁっ!!!」
前脚で、下からカチ上げる。
土埃が上がり、転がっていた木の残骸を巻き上げた。
オーク村長の身体は、錐揉み回転しながら上空へ。
ロフテッド軌道を描いて、高速で地面に墜落した。
直撃を受けた無人の小屋が無残にへしゃげ、木くずが辺りにぶちまけられる。
オーク村長は尻を突き上げ突っ伏したまま、動かなくなった。
姿はオークのままである。
頑丈な身体に感謝するんだな。
チッ。
◆15話あとがき◆
お嬢に暴言吐かれてブチギレたヒスキ、ワンパンでオーク村長を
どうやらイティスのときとは勝手が違う様子。この先どうするのか?
それは次のエピソードで。
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