第16話 村への見切り


 パラパラと木片が音を立てる中、俺は威風堂々、『戌モード』で仁王立ちしていた。

 全身に漲るこの力。癖になるな。

 俺はお嬢の世話係としての信念で、ヤクはやってない。だが、キめたらこんな感じになるんだろうなと想像できた。ひれ伏せ木っ端の雑魚が。


 ――今回のことで、ひとつ理解したことがある。


 それは、普段のイッヌ状態から戌モードへの変身――パワーアップには条件があるらしいということだ。

 単に俺がどつかれただけでは足りない。

 お嬢が危機に陥るか、あるいはお嬢が心に傷を負ったとき、この力は呼び覚まされる。お嬢を傷つけた奴らへの怒りが変身への原動力なのだ。

 いいじゃねえか。忠犬で狂犬の俺らしい。


「ヒスキさん!」


 お嬢が真っ先に駆け寄ってくる。俺は胸を張って迎えた。


「やりすぎだよ!! おすわり!」

「はい」


 俺はうなだれて言うとおりにした。すんませんした。


「兄貴様! すごい一撃だったね! ポーンと飛んだよ、ポーンと!」

「イティス!?」

「はい、ごめんなさい」


 調子に乗った舎弟も俺の隣でうなだれる。

 腰に手を当てたお嬢は、それから俺の身体にかすり傷ひとつないことを見てホッとしていた。


「ヒスキさん。村長さんは」

「お嬢。それ以上は。お下がりください」


 オーク村長に近づこうとするお嬢を、もふもふ尻尾でやんわりと遮る。ついでに見習い舎弟が尻尾にダイブしようとしたので邪険に払いのけてやる。


「村長さん、元に戻らない……」


 お嬢が呟く。

 無様に瓦礫の中へ突っ伏したオーク村長は、時折もぞもぞと動いている。相変わらず不快なダミ声で、何か呻いていた。

 とりあえず生きてはいる。しばらく行動不能になっただけだ。


 ただ、イティスのように元の姿に戻ることはなかった。


(まあ、俺のASMR物語にはこんな野郎、出てこなかったからな。元に戻ろうが戻るまいが、俺にはどうでもいい)


 冷たい視線でオーク村長を見下ろす俺。こいつがお嬢に吐いた暴言はまだ忘れていない。


「ねえイティス。何か思い当たること、ある?」

「え? あたし?」

「うん。オークから戻ったときの感覚とか、きっかけとか」

「そんなのわかんないわよ。ぼんやりとしか意識なかったし……兄貴様にハデにぶっ飛ばされたのは同じなんだよ?」

「じゃあ、もしかしたら村長さんには、別の何かが取り憑いているのかな」


 あくまでオーク村長を助ける前提で考え込むお嬢。やはりお優しい。

 一方の俺は別の可能性を考えていた。ついさっき内心で吐き捨てた内容を思い出す。


(もしかしたら、『イティスだからこそ』オークから戻ったのかもしれん。あいつはまだまだ未熟だが、一応は騎士候補。俺が創った物語の登場人物と同じ役回りだ。ASMR物語に沿った人間だけが、俺の力の対象であるならば――)


 神獣の力を十全に使える戌モードで、イティスが元に戻ったのもうなずける。

 これは、見習い舎弟には早いとこ一人前になってもらわないとな。選ばれたヤツには選ばれたなりの責任がある。

 そして当然、そいつらを創り出した俺にも責任があるってわけだ。


(面倒でも、やるしかねえ)


 オーク村長を睨みながら唸る俺。


 そのとき、お嬢とイティスが俺の前脚にしがみついてきた。しきりに周りを気にしている。俺も顔を上げ、周囲を睥睨へいげいした。

 民家の戸口や窓から、村人たちがこちらを伺っている。


 ……気に入らねぇ目つきだな。おい。

 ガン飛ばしてんのか?


 お嬢やイティスに近づく者はいない。せっかく村に戻ってきたというのに、同郷の人間を温かく迎え入れる態度にはとても見えなかった。

 それどころか――。


「裏切り者」

「怖い。何よあれは」

「どうして戻ってきた?」


 こそこそ、こそこそと。

 お嬢たちに陰口を叩いているのだ。

 聞こえないと思っているだろうが、戌モードの俺には筒抜けだ。

 たとえ聞こえていなくても、お嬢を萎縮させるだけでも十分、万死に値する。


 俺は尻尾で二人を庇いながら、これ見よがしに声を上げた。


「なんだァ? どっかからゴミ虫みたいな声がするなァ!? このデカブツオーク以外にも掃除が必要なのかねェ!?」


 牙を剥き出しにして告げると、ササッと村人たちが引っ込んだ。ろくでもない。俺はてめえらみたいな卑怯くせえ奴らを創造した覚えはねえぞ。


 お嬢が俺の毛並みを遠慮がちに引っ張った。


「ヒスキさん。あんまり皆を悪く言わないで」

「……わかりやした。お嬢がそこまで言うなら、ここの連中は見逃してやります。その代わり」


 俺はお嬢とイティスの眼前に鼻先を寄せた。


「今回は俺のわがままをお許しくだせえ」

「ヒスキさんの、わがまま……?」

「はい。このクソオークを元に戻すのは後回しにさせてください。今はお嬢の旅の準備と、聖剣の確保を優先しましょう」


 起き上がれないでいるオーク村長を睨む。


「この神獣ヒスキ。お嬢のためならこの命を投げ出す覚悟をとっくにキメてます。が、ここの連中はお嬢が情けをかける価値のない野郎どもばかり。村長を元に戻して欲しいっていうお嬢の願い、叶えられなかった俺をどうかお許し下さい。お嬢は悪くねえです」

「ヒスキさん……」

「そんな顔しないでくだせえ。娑婆シャバがままならねえのは、今に始まったことじゃねえ。――おい舎弟」

「な、なに? 兄貴様」

「さっさと聖剣のある場所へ案内しろ。きちっと役割を果たせたら褒めてやる。てめぇはまだまだ鍛え甲斐があるからな」


 そう声をかけると、イティスはパッと表情を明るくした。喜び勇んで駆け出す。


「お嬢。行きましょう」

「……うん」

「ここの住人が反省してまともになったら、そのときに改めて考えましょうや。元に戻す方法を」


 後ろ髪を引かれるお嬢を促し、俺も歩き出す。

 村の堺から出ても、お嬢は沈んだ表情をしていた。ひとまず脅威が去ったことでイッヌモードに戻った俺は、少しでも慰めになればと思って、自ら進んでお嬢に抱っこされた。

 

(優しさと感受性の豊かさは確かに美徳だ。しかし……悪意まで馬鹿正直に受け止める必要はない。お嬢には旅を通して、ご自身の心を守るすべを見いだしていただかないとな)


 もふもふと顔を埋めるお嬢にされるがままになりながら、俺はこの先のことを考えていた。


「――わわっ!?」

「ぐぎゃっ」


 何もないところでスッ転ぶお嬢。潰される俺。

 ……このドジッ娘ぶりもいつか矯正していただこう。






◆16話あとがき◆


結局オーク村長は元に戻らなかった上、村人がハブってくるのでさっさと先に進むことにしました――というお話。

聖剣への道中、彼らは何を思う?

それは次のエピソードで。


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