第12話 神獣の新たなる力
無意識にワンコ座りになってしまった。
恐るべしお嬢。さすがだお嬢。かつて狂犬と呼ばれた俺を、「おすわり」の一言で黙らせるとは。フッ、知らないうちにデッカくなりましたな……。
「兄貴様、ケルアに叱られてそのカオはだいぶカッコ悪い」
「
俺が生意気な小娘に牙を剥いたときである。
突如、周囲に『
俺ははっきりと顔をしかめる。ケモノの姿に転生したことで、聴覚がより鋭敏になっているようだ。古びたスピーカーのような音が凄まじく不快に感じる。
この音はどうやらお嬢たちにも聞こえているらしく、彼女らも揃って耳を押さえている。
「くっ。なんじゃこの音はっ!?」
「これ、きっと
正体を知っているらしいイティスが、まずお嬢に体調を尋ねる。なかなか殊勝な心がけだと感心した俺だが、すぐにその意味を知る。
「うん、だいじょ――……」
なんだ?
お嬢の声が、
直後、異音の正体が頭上から現れる。
俺はこの世界に転生してから一番の嫌悪感を覚えた。
ソイツは――虫だった。
しかもデカさが異常。
姿も異常。
ぱっと見はコガネムシに似ているが、とにかくデカい。体長は1メートル超はある。転生前の基準だと、本来のコガネムシの100倍はデカい。
どこかメタリックな光沢のある身体に、3対の脚。異常なのは頭部だ。本来は触覚の生えた小さな頭がくっついている部分に、あろうことか緑色をしたオークの顔がくっついている。うええ……。
俺は虫がキライなんだ。
よりによってこの世界の虫はあんなトチ狂った姿をしているのか!?
「兄貴様! こいつ、『オークバイト』だよ! 綺麗な音を食って嫌な音を吐き出すヤツ!」
「なに? 音を食うだと?」
「こいつのせいで、ケルアが声をうまく出せなくなるの! ケルアの声はすっごいキレイだから、食べられて声が聞こえなくなっちゃう。ホラ、今も!」
お嬢の肩を掴んでぐいと前に突き出すイティス。お嬢は困惑したように口をパクパクさせていたが、確かに、さっきまで耳に心地よかった声が聞こえなくなっている。ノイズに塗りつぶされていると言えばいいだろうか。
「オークバイト自体はそんなたくさんいるわけじゃないけど、ケルアが外にいるときには決まって襲ってくるんだ。嫌な音で全部を塗りつぶしちゃう! だからケルアもあたしも、この虫が大っ嫌い! 何でか知らないけど、あたしの声は食べずに無視するところがさらにキライ!!」
なるほど。確かに声に支障が出ているのはお嬢だけのようだ。俺もイティスも、会話は問題なく通じる。
つまり、アレだ。
この
「くく……くくく……!」
「――……?」
「あ、兄貴様? どしたの? もしかして気持ち悪すぎて壊れちゃ……あ痛!?」
余計なことを吐いた舎弟を前脚パンチでシバいてから、俺は
奴はお嬢にのみ狙いを定めているのか、耳障りな羽音をまき散らしながら空中をホバリングしている。こちらの手が届かないと思って、上から偉そうに見下ろしているようだ。
ハハハ!
上等だこのクソ虫!!!
「オオオォーーン!!」
遠吠えとともに、俺の身体から菊花の輝きが溢れ出す。全身を巡る全能感。イッヌから戌モードへ。
お嬢に危害を加えようとする輩には、全力で応えてやろう。
「待たせたのう、豚虫。どうじゃ? 俺の声は美味いか? 食えるモンなら食ってみろや。ん?」
あっという間に豚虫を
豚虫はオークの頭がくっついても知能はないのか、「そこをどけ」とばかりブンブンうるさく飛び回る。その鬱陶しさに、俺の頭の血管がプツンと切れる。
菊花の輝きをまとった前脚で、豚虫を叩き落とした。爆竹が炸裂したような音ともに、全長1メートルの奴の身体が地面にバウンドし、錐揉み回転した。
まだムシャクシャする。
苛立ちを込めて吠える俺。
すると、周囲の植物に変化が起こった。
菊花の輝きが染みこんだ木から、急速に枝が伸びたのだ。
それ自体が輝きを放つ枝が、まるで意志を持ったように豚虫に絡みつく。大きな葉がさらに生長し、上から覆い被さった。この瞬間、『俺はあのカシワと通じ合った!』と思った。カシワは皆さんご存じ柏餅を包む葉っぱを持つ木である。アレが本物のカシワかどうかはこの際関係ない。異世界に俺の知る木があると信じる方がアガるからだ! ちなみにカシワは光ったりしないぞ!
「そのままツブしちまえカシワぁぁっ!!」
やはり固有名詞を叫ぶ方がしっくりくる。
隣で舎弟が「カシワって誰!?」と叫んでいたが無視する。
巨大な葉と強靱な枝に拘束され、しばらく不気味に蠢いていた豚虫だが、やがて動かなくなった。細かなガラス片が手からこぼれ落ちたような軽やかな音を残し、完全に消失する。
どうやらイティスのときと違い、豚虫は倒しても消えるだけのようだ。
「フン。豚虫のくせにイイ音で
シュルシュルと元の形に戻っていくカシワ(仮)に労いの言葉をかける。それから、お嬢を振り返って尋ねた。
「お嬢、大丈夫ですかい?」
「うん。もう平気。ありがとう、ヒスキさん。あとカシワさん?も」
そう言って、以前の薄ぼんやり光る木に戻ったカシワ(仮)の表面を撫でるお嬢。どうやら声は完全に戻ったようだ。
しかし、こうなるとマジでこの世界の植物図鑑とか欲しいな。
「すごいよ兄貴様!」
「あ? なにがだ舎弟」
「だってさっき、木の枝を操ってオークバイトを倒したじゃない。あんな力、初めて見た!」
「お前より100倍役に立ったな、あの植物」
「ひどい! あたしだってそのうち役に立てるよ!」
「じゃあ、さっき俺が操った植物の名前を教えてくれよ」
「え? 木」
「やっぱお前は永久に半人前だわ」
呆れてため息をつく俺。拗ねて俺の前脚をポコポコ叩くイティス。
一仕事終えた俺の身体から、ススキの輝きが溢れ出す。間もなく、イッヌモードに戻った。
植物操作能力か。
神様も、粋な力を授けてくれるじゃないか。気に入ったわ。
◆12話あとがき◆
綺麗な音を喰い汚ねえ音をまき散らす豚虫は瞬殺だ――というお話。
新たな力を自覚した神獣に、さらなる力のヒントが。
それは次のエピソードで。
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