第11話 こぼれ落ちた願望
「……ま、こんな感じだ」
ひととおり語り終えた俺は、再び大きく息を吐いた。いつの間にか、俺は適当な草むらの上でお嬢たちのぬいぐるみ代わりになっている。
「俺は元の世界で、お嬢の願いを叶えることができなかった情けねえ男だ。その汚名を少しでも
そう締めくくる。
無言の時間が流れた。相変わらず、周辺には綺麗な音と光に溢れている。
少女ふたりの表情は対照的だった。
「命をかけて主人に仕えたんだよね!? まるで伝説の騎士様みたい! すごい!」
「伝説の騎士様だぁ?」
「知らない? ウチの村に代々伝わるお話だよ。ずーっと昔は、村の周辺にも騎士様がいたみたい。お話の中だけで現物は見たことないけど、きっと兄貴様みたいな人――じゃないケモノのことを言うんだね!」
「知った風なクチを聞くなこの半人前が。そういう伝説があるならさっさとお前がそうなれや」
「痛い痛い! なんで噛むの!?」
指先をガジガジしてやるとイティスは半泣きで抗議した。だから半人前だっつってんだろーが。そこは大人しく「任せろ!」と胸張って見せろや。もちろん、口だけで終わったら今度は戌モードで頭からかじってやるが。
これは、俺が腹を据えて教育していく必要があるな。
一方のお嬢である。
お嬢はイティスの浮かれ具合とは違って、深刻な表情をしていた。俺の話を重く受け止めているようだ。
無理もない。
お嬢からすれば、自分の知らない別世界の人間と同一視され、勝手に忠誠を誓われて、人生を捧げられているのだから。
俺は、彼女がお嬢の生まれ変わりだと確信している。今は「思い出せない」だけだと。
だがお嬢は……俺のことをどう思っているのだろうか。
俺が最期を遂げたときの話を、どう考えているのだろうか。
◆◆◆
――とても、自分のこととは思えない。
私はそう思った。
ケルアとしての私ではなく、『クロバカエデ』という名前の別人。どうしてもそうとしか思えない。
だって……記憶がないから。
ヒスキさんほどの人――見た目はワンちゃんだけど……――に出会っていたのなら、そしてずっと側にいて守ってくれていたのなら、忘れるわけがない。
忘れていいわけがない。
なのに、私は覚えていない。
だから、自分のこととは思えない。
そう思わないと……罪悪感で押しつぶされてしまいそうだから。
ヒスキさんは自分のことをきちんと話してくれた。
その内容は、私にとってピンとこないものもあったけれど……とにかく、全力で、命を賭けて自分のやるべきことをやりきったってことは伝わってきた。とても強く。
でも痛い話は、正直耳を塞ぎたかったな。ヒスキさん、多かったよ。痛い話……。
それに比べて、私は。
私は、いったい何者なんだろう。
私は、どんな人になりたいんだろう。
ヒスキさんがこれほど思ってくれる、守ってくれる。それだけでいいのかな。
私には、私にしかできない、私がしなきゃいけないことがあるんじゃないかな。
だから神様は、私のところにヒスキさんを遣わしたんじゃないのかな。
何だろう。すごくモヤモヤする。
今までこんなことなかったのに。
すごいヒスキさん。
とっても強いヒスキさん。
ヒスキさんがいれば、私はどんなことができる?
どんなことがしたい?
「……私は、この世界をキレイにしたい」
◆◆◆
「……私は、この世界をキレイにしたい」
「お嬢?」
俺が声をかけると、お嬢はハッとして我に返った。今し方、自分が口にしたセリフをよく理解していないようで、口元を押さえながら視線を左右に揺らす。
「ヒスキさん。私いま、何か言ってた……? モヤモヤしてて、よく覚えてなくて」
「この世界をキレイにしたい、と。そう仰っていましたよ」
「私、そんなことを」
考え込む仕草をするお嬢。
お嬢をよく知るはずのイティスは、イッヌな俺を抱えたままきょとんとしている。まったく使えないなこの舎弟は。それでもお嬢の親友か。
だがまあ、良し。
お嬢の考え、この神獣ヒスキが確かに聞き届けました。
世界をキレイにしたい。いかにもお嬢らしい願いじゃないですか。もし、転生前の世界でお嬢が元気になって、黒羽を引っ張る存在になっていたとしたら、きっとそう言って野郎どもに発破をかけていらっしゃったでしょうね。
やはりお嬢は、お嬢の生まれ変わりに違いありません。
お嬢の願いとあらば、叶えないわけにはいかねえでしょう。
「ご心配なく、お嬢。お嬢の願いは、この神獣ヒスキが必ず叶えてご覧に入れます」
「ヒスキさん……」
「まずはお嬢を追い出した不届きな村人どもを根こそぎ掃除して、キレイにしましょうや!」
「おすわり!」
わん。
◆11話あとがき◆
半人前舎弟は無邪気にはしゃぎ、お嬢は何やら無意識の願望を口にしました――というお話。
「世界をキレイに」――コレにさっそく抗う存在が現れます。
それは次のエピソードで。
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