第8話 聞こえてきた音


 俺はメンツを保つため、胸を張って鼻先を空を向ける。この仕草、冷静に考えると妙に小賢しいイッヌの仕草に思えたが、後には引けぬ。


「お嬢。それにイティスよ。この世界はな、とても広いだけじゃない。ASMRアスマーなのだ」

「あす……ま?」

「心地よい音にあふれる世界という意味だ。人の足音、梢のざわめき、川のせせらぎ……すべてに意味があり、それそのものに力があると思うがよい」

「おお! なんだかわからないけど、すごい!」


 少女ふたりが声を揃えて目を輝かせる。

 俺は澄ました表情で空を見上げながら思う。


 切ねぇ。


 知ったかぶりでホラ吹く道化ピエロっぷりが臓腑に効くってのもあるが……。

 思い出してしまうのだ。かつて黒羽の屋敷で、俺が創作した物語をこうやってお嬢に語り聞かせていたことを。


 ……それにしても。

 病床のお嬢に語り聞かせているときは疑いもしなかったが、こう面と向かって『なんだかわからない』って言われるの結構ツライな。急に現実に引き戻される感覚だぜ。妄想たくましい特定年代のガキか俺は。げふ。


「そっか。やっぱりこの世界は、あたしたちの住む村だけじゃないんだな。音が意味を持つ世界……ぜんぜん意識しなかったよ。さすが兄貴様。神獣なだけあるね。神様の御使みつかいだ」

「う、うんむ」


 純粋な尊敬の眼差しで俺を見上げるイティスに、俺は精一杯の虚勢を張った。野郎相手ならいくらでも誤魔化せるが、お嬢と同い年の少女となると、ポン刀でえぐられるより心の臓にクる。


(早いところ、この世界に詳しい奴を捕まえないとな)


 とりあえず俺の話にお嬢たちは満足してくれたようなので、神獣としてのメンツは守られた。

 そのときだ。


 俺の身体からまた光がこぼれ出す。今度は菊花じゃなくて、別の植物をかたどっている。これはなんだろう、ススキか?

 ……と思った直後、俺の身体は小っさいイッヌに戻った。


「きゃっ!?」

「あいたっ!?」

「ぐえ」


 俺の腹をクッション代わりにしていたお嬢たちが、仰向けにころんと転がる。アラスカンマラミュートの子犬風になった俺は、ふたりから同時に潰される。

 お嬢たちは俺を尻に敷いたまま、ぽかんとしていた。


 ヤベぇ……! かろうじて守ったはずのメンツが崩れる! 兄貴分としての威厳が地に落ちる! 特にメスガキに舐められるッ!


「兄貴様、その姿」

「ちぃっ。これはだな」

「これが本来のヒスキさんの姿なんだよ、イティス。可愛いよね」


 純度100パーセントの笑顔でお嬢が言う。大変愛らしくて結構なのだが、今だけは黙ってて欲しい。

 どうやって誤魔化そうかと考えていると、イティスの手が伸びてきた。

 小さくなった俺の頭を、恐る恐る撫でてくる。さぞ侮蔑に満ちた表情で見下ろしているのだろうなと思っていたが、意外にも満足そうな表情をイティスは浮かべていた。


 俺はこの新米舎弟にクギを刺した。


「おいイティス。よく聞け。もしこんな小っこいイッヌについていけないと思ったら遠慮なく刺せ」

「え? なんで?」

「下克上はヤクザの常だからだ。この世界、舐められたら終わりなんだよ」

「別に舐めてない。舎弟ってのは、要するに『しもべ』ってことでしょ? しもべは刺したりしないもん」


 手を離したイティスが、真剣な表情になる。


「あたし、なるから。『舎弟』に。そう決めたから」

「イティス――……ッ!?」


 舎弟になると彼女が口にした瞬間、イティスの身体からキラキラとしたオーラが溢れ出す。俺の菊花の輝きとはまた違う、控えめな光だ。

 それと同時に。


 ――かしゃん。かしゃん。かしゃん……。


(何の音だ? 鎧の……足音?)


 辺りを見回しても、それらしき影はない。イティスは変わらずそこにいて、自身のオーラにも音にも気付いていないようだった。


「おい、イティス。お前、何をした?」

「何のこと?」

「その身体の光、それから足音だよ」

「光? 音? ねえ、本当に何のこと?」


 イティスが怪訝そうに首を傾げる。

 その間も、俺の目にはオーラが見えるし、俺の耳には足音が微かに聞こえる。


(もしや俺だけなのか?)


 お嬢を見る。彼女もまた、イティスと同じようにきょとんとしていた。


(俺だけに見えるもの、聞こえるものがある……特に音なんざ、俺がお嬢に語り聞かせた内容とよーく似ている)


 もう一度、赤髪の少女を見る。

 やはりこの世界は、俺の語り聞かせたASMR物語が具現化したものに違いない。

 ならば、目の前のコイツは――。


「おい舎弟1号。ちょっと剣を構えて敬礼してみろ」

「またいきなり……こう? こんな感じ?」


 口を尖らせながらも、折れた短剣を手に取って、言われたとおり素直に構えを取るイティス。その姿は何というか、小学生が幼稚園児のお遊戯会に乱入したような場違いぶりだった。


「全然ダメだ。構えが汚ねぇ。騎士の『き』の字も感じられんわ。修行しろ修行」

「もーっ! さっきから何なのよぅ! 汚くないもんあたし!」


 癇癪かんしゃくを起こす。ふん。こんなんでお嬢の騎士が務まるモノか。マジで想像できん。

 本当に、イティスの奴が騎士になれるのか? そもそも。


 呆れているうちに、イティスから鎧の足音は聞こえなくなっていた。オーラもいつの間にか消えている。


 だんだん、この世界のことが見えてきた。わからねぇことだらけだが、とりあえずやることは固まった。

 お嬢にこのASMR異世界を堪能してもらう。そして彼女に仕えるべき連中を見つけ出す。イティスのように、俺の創作したキャラに沿った奴らがきっとこの世界のどこかにいるはずだ。

 その間、障害になりそうなモンはすべて俺が食い破る。

 特に――オークなんてクソッタレな障害ノイズは放置しておけねえ。必ず取り除いてみせる。

 嫌な音を出す奴ぁ、俺の敵だ!


「ヒスキさん、さっきからイティスにひどいことばっかり。バツとしてもふもふの刑だよ。えい!」

「あ、もふもふしてホントにいいの? 兄貴様のカラダ、もうちょっと触っていたかったんだよね。えへへ」

「もふもふ、もふもふ」

「やわらかーい。癒やされ兄貴様だぁ」

「後でしっかり手ェ洗っとくんやでガキどもぉっ!!」




◆8話あとがき◆


そもそもメンツなんて気にしてませんでしたこの舎弟、というお話。

さて次の目的地へ向かう前に、神獣ヤクザの意外な趣味が明らかに。

それが何なのかは次のエピソードで。


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