第7話 もふもふにはしゃぐ舎弟(妹)たち
尻尾と耳の反応がわかりやすく落ち込んでいて、我ながらウゼえ。
そんな俺を、イティスはじーっと見上げてきた。折れた短剣はすでに腰ベルトにしまっている。
「……あんだよ。俺は見世物じゃねえぞ」
「あ、ごめん。あのさ……あんたの名前、ヒスキっていうの?」
「兄貴と呼べ」
「へ? あにき?」
「舎弟は上のモンをそう呼ぶって相場が決まってんだよ。もしくは無難に『ヒスキさん』だな。……あ、いや」
俺はお嬢を振り返る。まだちょっと怒っているらしく、頬を膨らませている様子が愛らしい。生前は怒る顔さえレアだったからな。不覚にも泣きそうになるぜ。
「やっぱ『ヒスキさん』はダメだ。てめえがお嬢と同じ呼び方なのは我慢ならん」
「じゃあ『ヒ兄貴ん』」
「おい混ぜんな噛み千切んぞメスガキ。脳がシェイクされてんのかコラ。発想が柔軟すぎて感心したわタコ」
「ひいっ」
「ヒスキさん?」
お嬢に尻尾をちょっと引っ張られ、俺は背筋を伸ばした。語調を緩める。
「まあ、好きに呼べ。お嬢の友人を取って食いはしない。多少の無礼は許す」
「だったら――『兄貴様』」
「……は?」
「神獣なんでしょ? ぼんやりしてるけど、オークだったときちょっと聞こえた。あれだけ強いんだもの。納得」
だから兄貴『様』――とイティスは言った。
背中がむずがゆい感じはする。何なら、背中の毛がちょっと逆立ってんじゃないかと思う。
イティスの視線は、おおよそヤクザに向けるようなものではなかった。カタギの、しかも10歳そこそこのガキが俺たちに向ける視線は、常に警戒と恐怖、たまに
だが、今この少女が俺に向けてくるのは純粋な『憧憬』だ。なぜわかるかって? 生前、対抗組織をぶっ潰したときに舎弟どもが見せた目つきそっくりだからだ。
「あたしも兄貴様みたいに強く大きくなりたい」
「……それは何のためだ?」
「え?」
「何のために、てめえは強くなりたい? 俺のようになりたいと思う?」
上から見下ろしながら問いかける。赤髪のコムスメに、そこらのガキのような警戒と恐怖、侮蔑の色はない。
イティスはちらりとお嬢を振り返り、そして彼女の手を握った。
「もう目の前でオークになるなんて情けないことはしたくないから。ケルアと友達で居続けるために。それに、兄貴様も言った。一緒に守るって」
「……。よく言った。正直、見直したぞ」
俺が口の端を緩めると、イティスの表情がパッと明るくなった。
ガキは良くも悪くも素直でいい。
こいつなら、魔法使いの親友は無理でも、お嬢を守る騎士にはなれるかもしれない。その根性、買ってやろう。
照れて頬を
「そういえばさ、そもそも兄貴様って何者なの? 神獣って聞いたけど、この辺りにそんなすごい神様がいたなんて知らなかった」
「ぬ」
「ねえ。どうやってケルアと知り合ったの? どうしてケルアのことをお嬢って呼んでるの?」
……まあ、当然の疑問である。
天を仰いだ俺はしばらく考えてこう答えた。
自分はお嬢を守るために異世界から来た存在だ――と。
異世界と聞いて少女ふたりが前のめりになる。生前、お嬢に物語を語り聞かせていたときのことを思い出し、俺は小さく笑う。
仕方ねえな、と俺は大きな身体を横座りにして、お嬢たちのクッション代わりにさせた。俺の顔を見上げてくる
かつて自分が、一般社会からは忌み嫌われるヤクザという立場にあったこと。
忠誠を誓う黒羽家で、ずっと寝たきりになっていたお嬢を守っていたこと。
ある日、黒羽家が襲撃に遭い、致命的な重傷を追いつつも敵を撃退したこと。
そして、お嬢の側で息を引き取り、この世界に転生したこと。
「――で、気付けばこの姿ってわけだ。転生して与えられた身体がこれだっていうなら、それは神の
「おお……!」
ふたりの少女は興味津々に聞き入っていた。
お嬢が目元を拭いながら呟いた。
「そっか。だから私のことを『お嬢』って……ヒスキさんがずっと守っていた人に似ていたんだね。私。ごめんねヒスキさん。私、その人じゃなくて……」
「俺は守るべき存在を自分で決める。そういうことでさ。気にしないでください、お嬢」
「うん。ありがとう」
柔らかく、ただ少しだけ陰のある笑みを見せるお嬢。そういうところも生前のお嬢とそっくりだ。
ふと、イティスが目を輝かせて俺の身体にのしかかってきた。おいやめろ。戌モードは見た目以上に毛量が多いんだ。もふに沈むぞ。
「ねえ兄貴様! 神様から不思議な力と強い身体をもらったんでしょ? だったらさ、この世界のこともいろいろ教えてもらってるんじゃないの!?」
「……は?」
「あたしね、この世界はもっとすっごく広いって聞いたんだけど、具体的にどんなところなのかわかんないの」
「そんなのお前――」
俺にわかるわけがないだろ、転生したばっかで右も左もわかんないんだから――と、答えようとして思いとどまる。
イティスだけでなく、お嬢まで期待に満ちた目で俺を見つめていたからだ。『わくわく』なんて擬音がひらがなで見えてきそうである。
(このまま正直に言ってしまえばヤクザとしても兄貴としてもメンツが立たねえ。かくなる上は!)
◆7話あとがき◆
警戒感MAXだったイティスは、すっかり舎弟(妹分?)として懐いてきました。そんなお話。
ヒスキのメンツは無事に保たれるのか。
それは次のエピソードで。
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