第七話 滅びゆく国、叶わない願い

もう思い出したくもないそれでいてとても大切な過去の話。

母上は誰よりも私のことを考え、最後の最期までお母様の言葉を拒み続けた。

すぐ目の前に魔物の大群が押し寄せ、多くの人々を虐殺され、国が壊滅していたことを知りながら。それでも、我が子を誰にも譲ろうとしなかった。

手足を火矢で射られて、四肢が動かなくなってようやく私をお母様に託した。

2人がどんな話をしたのかは知らない。だけど、2つだけ、頭の中に焼き付けられた光景があった。

一つは、目の前で母が惨殺される光景。火矢で体の至るところを射られ、槍で臓物を圧し潰せられ、鉈で全身を切り刻まれた。その行為に、現象に尊厳は残らず、白く綺麗だった大理石を紅く黒く彩った地獄のような光景。

もう一つは、母が魔物にした最後の抵抗。腕も足も動かさず、それ以外の全てを使って行った白く蒼い半透明の結晶。それは母が最期に私に教えてくれたたった一つの魔法でした。


氷魔法。小国ルイズムのヒスイの一族のみが継承していったありとあらゆる物・命を凍てつかせるだけの魔法。当時私は8歳でしたから、継承の儀式を行っていませんでした。ですけど、炎と血で紅く染まりきった地獄絵図を一瞬で真っ白な世界に作り変えてしまったそれは、あまりにも雄大で美しい光景でした。

私は光景を2度と忘れられない。それほどまでに衝撃的な私の記憶だったのです。


「氷の防壁(フロスト・ブラスト)」

お兄様が私の呼び声に応えてくださった。そうして作られた光の壁を起点に氷の壁を空中から地上まで繋ぎました。いわば、外に続く階段です。正直言って、私達は邪魔ですから、このまま脱出してどこかに亡命した方がいいと、そう考えた私達の策でした。

「てめえ。逃げるつもりか!」

「氷の瀑撃(フロスト・ブラスト)」

吹雪の波動。鉈を振り回して暴れまわる彼らに私の放ったそれが降りかかり、数秒ほどで緑色の全身に霜が付き始めました。

「あ…が…ぐ」

その直後に全身を氷の膜が張って氷漬けになったのです。

この魔法は、吹雪を飛ばして相手を凍らせる魔法。お兄様のように直接魔物を殺す力はないけれど、私からしたら、足止めさえできれば十分でした。

「スイ!」

お兄様の声。

「伏せましょう!」

お母様と一緒に頭を、大地に付けます。理由は単純。邪魔な壁を壊してもらうため。

「閃光の貫弾(ライトニング・ショット)!」

お兄様の魔法が壁をいともたやすく貫き、氷の階段に続く道を形成しました。そのまま、お兄様はゴブリンとの戦いを続けました。それより、今は逃げる事が優先です。

「行きますよ。お母様!」

「え、ええ……」

お母様の掌を強く握ってそのまま階段を歩き始めました。階段は約8段程度。しかし、一つ一つの段差が深いので、走りぬくことができません。これは自分の失態です。ですが、一々後悔していても仕方がありません。ただ前を向いて歩いていくしかないんです。

「一つ聞いてもいい?」

「どうしましたか?お母様?」

階段を2段ほど降りていたところでお母様に問いかけられました。つい顔が引きつってしまいました。そのまま、振り向いて後ろのお母様の方を向きます。

「ごめんなさい。ただ意外で」

「意外ですか?」

私の顔を見てお母様は謝罪していました。そして、不思議な言葉を言っていたのです。その言葉が気になって思考する間もなく聞き返していました。

その私の疑問にお母様は優しい目で、あたたかい声色で応えてくれました。

「私は貴方とキョウカ姫を引き裂いてしまったから。その結果、貴方は心を閉ざしてしまった」

「……それは、」

「ずっと、後悔してたの。貴方を奪ったことを。貴方の笑顔を奪ったことを」

そういい終わる頃には、彼女は哀しい表情をしていた。その言葉を聞いて納得がいった。

そうなんだ。そうだったんだ。だから、いつも距離を感じていたんだ。

家族というより、他人。赤の他人というより、顔見知り。そんな不思議な距離感をいつも感じていた。

ヒスイ・キョウカ。母上の名前。もうほとんど覚えてない。だけど、お母様とは正反対な人だった。それは覚えてる。

別にどっちの母親が好きとかそうゆう事じゃない。どっちも大好きだ。母上は最初から大好きだったし、お母様は、

「私は、苦しみました」

「………」

無言。それでも続ける。きっと今しか想いを伝えられないだろうから。

「母上がいないこと、故郷がもうないこと、家族を殺したやつと生活しなきゃいけないこと。全て嫌でした」

なんでこんな場所で暮らさなきゃいけないのか。なんで母を殺したような奴に話しかけなきゃいけないのか。大好きな全てをなんで失わなきゃいけないのか。全てわからなかった誰にも相談できない想い。

それでいて一人では何もできないことに腹が立った毎日。

そんな憂鬱な日々を変えてくれたのは、私と同じ子供の言葉だったのです。

「でも、それをお兄様が変えてくださいました」

「……あの子が…!」

その言葉を告げて昔のことを思い出しました。


「くだらない」

それがあの頃の口癖でした。

自暴自棄になっていたんです。家族を失って、よくわかんない奴らと見たくもないバケモノとの生活を強いられていたから。自室の物置に引き籠って1日を過ごす。そんな無意味な生活を繰り返していました。

そんな生活を続けて半年が経ったある日。不躾にも、一人の少年が部屋に押し入ってきました。

その少年はユミナの息子。王族らしい白のズボンと上着を身に纏って、卵の黄身のような微妙な色の髪をしていたのです。

「おはよう。ヒスイ…なんだっけ?」

「……別に名前なんか……」

「ふーん。じゃあ、スイでいい?」

「は?」


昔のお兄様は今よりずっと明るい性格をしていました。逆に私はとても暗い性格をしていました。当時は、魔物が城の下層に常駐していて、私達にとってそこまで脅威ではなかったからです。何より、お兄様は昔から自発的な人だったので、今の暗さの方が違和感があります。

昔の。いや、本来のお兄様は、強引で傲慢で無神経で誰でも簡単に信頼し、信頼される、そんな人です。


「なんでもいい。なんか用?」

「いや、いつまでそうしてるのかな、って思ったから」


正直言って鬱陶しかった。妙な正義感かざして私を励まそうとでもしてるんだろう。そんなことは無駄で無意味なくだらない行為だと考えていました。


「大変なことがあったのは知ってるよ」

「だったら、話しかけないで。邪魔だから」


私はそう言って彼と逆方向を向いてそのまま物置に戻ろうとしていた。

その時、彼はある言葉で私を焚きつけた。


「別にどうこう言わないけど、スイの家族はそんな風にしてほしいと思っていたの?」

「は?」

 

心の底から怒りが湧いた。なにしろ家族を貶されたんだ。この勇者とやらのなり損ないに。魔物に怯えて、何もできなかった子供に。母親の言うことを守ることしかできない無能な王族に。

「ばかにしてるの?私の家族を?」

「まさか。そんなつもりはないよ」

奴は、私の怒りの籠った言葉を淡々と返していった。まるで何でもないみたいに。

「でも、」

「でも、何?」

大声で捲し立てる。怒りを言葉で発散させる。ここ半年で微動だにしなかった喉と顔の筋を全力で動かしていた。彼は落ち着いた様子で口を開いた。

「君はもっと自由であるべきだ。まだ8歳なんだから」

「それだったら、あんたは十一じゃない」

「ハハッ。そうだね」


口喧嘩はそのまましばらくは続きました。しかしながら、私はいつの間にか毒気を抜かれていたみたいです。一月もする頃には、あまり口喧嘩もしなくなりました。私は、それからは彼を「兄」と慕っています。


クリストと口喧嘩して数日が経ったとき、ふと彼の言葉を思い返していました。


「スイの家族はそんな風にしてほしいと思っていたの?」

母上の望む私って何なのか。当時は全くわからなくて、何をすべきなのか、何から始めるべきなのか。何もかもがわからなくて頭を抱えていました。

だから、クリストの言っていたことを実践することにしました。

とことん自由に。今までと真逆の考え方で生きてみよう。そう考えたのです。

その一つとして、母上のしゃべり方を真似てみることをしました。常に敬語で、慈愛と敬愛を持って。魔物すらも騙せるように。そうやって今日まで生きてきました。


「お兄様はいつも、自分で道を切り拓いていくのです」

「ええ。そうね」

柔和な表情。それを見た瞬間に頭の思考を過去の記憶から今の状況へと切り替え、視線を翻して向き合うべき景色を見通しました。空は青く、風が強く吹き荒れていました。一瞬、瞬きをして覚悟を決めて再び彼女の手を取り、歩き始めました。


一歩ずつ一歩ずつと大きな段差を飛び越えて、地上へと降りて行きました。残りあと2段になるまでにそこまで時間はかかりませんでした。お兄様がどういう状況だったのかはその時は知りませんでしたが、振り返ってせっかくお兄様が残してくれた時間を無駄にしてはいけないので、そのまま前を見たまま足を進めます。足を推し進めて最後の一段に両足を置くことができました。あとは、お母様とともにすぐ下の草木が茂る大地に着地するだけです。そうすれば、どこへでも逃げることができます。

「行きますよ」

「………」

私の軽い掛け声に「こくり」とうなずき、それを見て私は、左足を階段から浮かし

「死ねえ!女王!」

遠くでその叫び声が聞こえました。その直後、「ドン」という音と共に誰かに強く押されて地上に落下した。押したのは、考えるまでもなくお母様でした。だけど、なぜこんなことを?

その単純な疑問は目の前の光景ですぐに明らかになりました。

落下の衝撃で意識が混乱しながらも、前の階段の方向を向きました。

そこには、もう二度と見たくなかった光景が見えていた。

義母ユミナ・アレクサンドラがいた。

鉈が腹に突き刺さり、貫通して、鮮血をまき散らしながら、

私を守れたことからか笑顔を浮かべている。


それは、その状況は、二度目の家族が魔物に殺された光景だった。


「いや……いや…!」

「いやあああああああああ!」

喉が壊れると錯覚するぐらい叫んでいた。

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