第六話 滅んだ故郷、届かない想い

「はあ。はあ。はあ」

私は、スイ・アレクサンドラ。元はルイズム王国の王家ヒスイの血族。五年前に今のお母様ユミナ女王の行為でイステリアに移ることになりました。それからほどなくして魔物の襲来でルイズムは滅亡したのです。今思えば、お母様が助けてくれたのでしょう。


階段を上がり執務室の前まで来た私は、そのことをなんとなく思い返していました。

執務室は扉の先。私がここに入ることは滅多にありません。いつもお兄様に任せていたから。だけど、伝えなくては。守らなくては。お兄様の、お母様のために。

「失礼します」

少しの緊張と身の毛がよだつほどの恐怖感、危機感を持ってその扉を開けました。扉の先。部屋には、やはりお母様がそこにいました。

「どうしたのかしら?スイ?」

少し威圧感のあるそれでいて優しさを内包したような声。もう何日も聞いていなかったその声に嬉しさと緊張が溶けあったような不思議な感情に襲われます。そのまましばらく固まっていたのでしょう。お母様は少し困惑していました。お母様は私の前だといつもその表情をします。きっとそれは、「家族」の距離感じゃないのでしょう。私はまだ「他人」なんです。いつか本物の家族になりたい。そう思ったのはつい数年前の事でした。

そう思考してつい「はっ」となります。失念していました。まだ、本題を放していません。

その思いから一回深呼吸を行い、お母様を見通して、

「お兄様と私は魔物に反逆することになりました」

弱々しく、それでも凛としてその旨を告げました。それに対してお母様は、

「…………」

しばしの沈黙。それとともに

「やっぱそうなったのね」

少しにやけて、まるでわかっていたような「家族らしい」笑みを浮かべていました。

その反応に少し疎外感を感じたのは、私が欲張りだからでしょうか。

「じゃあ、貴方は私を守るために来たのね」

「…………はい」

私はこの人が苦手なのでしょうか。

最初は明確に嫌いでした。ユミナもクリストも。

「勇者の血を絶やさぬため」とは言え、実の兄弟で子供を作るなんて、それを何代も続けるなんて正気の沙汰じゃない。こんなやつらに私を渡した母さんの気が知れなかった。だから、ずっと引きこもっていた。拒絶し続けるために。「家族ごっこ」なんかしたくないから。私の家族はこんなやつらじゃない。ここは私の国じゃない。こんな狂ったところ、無くなってしまえばいい。

そう昔の私は思っていました。

でもそれをお兄様が、クリストが変えてくれた。だから今の私がいる。彼の為なら、私はどんな苦しみだって耐えられる。乗り越えられる。お兄様はそういう人だから。


「逃げましょう」

「え?」

「このままじゃ、いつかゴブリンの餌食になります。その前にこの城を出ましょう」

彼女の左手を軽く握って、扉の前に急ぎました。その瞬間、

「スイ。頭下げなさい」

「え」

お母様に思いっきり、頭を地面に叩きつけられました。何が起きたかわからず、その場で困惑しました。でも、彼女の真意はすぐに知ることができました。

その直後に扉は壊され、後方に吹き飛ばされました。もし、あのまま進んでいたら、私達二人とも扉と同じようになっていたでしょう。

「入るぜぇ」

「ゴブリン……!」

約五体。ゴブリンが部屋に入ってきました。そのまま入口をふさいでいます。それはあまり芳しくない状況でした。部屋があまりにも狭く、魔法は防御ぐらいしか使えません。場所を変えようにも入口をふさがれては動けません。この部屋は、現在の階では奥に位置しているため、部屋を壊しても意味がありません。

否、それでも、守らなくては。

「お母様、下がってください」

お母様を後ろに誘導し、両手に氷の魔力を帯びて迎撃態勢を取ります。

「無茶よ。私を置いて逃げた方がいい…」

「できません」

彼女の言葉を食い気味で断りました。無礼なことは百も承知です。ですけど、

「私はお兄様を、貴方を絶対に裏切りません」

「……………」

その言葉に納得したようで、お母様は私の真後ろまで下がりました。

「氷の防壁(フロスト・ウォール)」

お兄様。どうかご無事で。


同時刻、食事室

「あんたもひどい男だなあ。王子様」

「なにが」

気色悪い笑みを浮かべながら、奴はくだらない戯言を話し始めた。

「わざわざ自分の復讐に妹や母親まで巻き込むなんてさ」

「だったら、なんだ」

俺が彼らに一切申し訳なさを感じていないとでも?

それは、誰よりも感じているよ。お前みたいな屑に言われなくても。

「いや別に。それより、あの戦い方は何だ?あんたみたいな臆病者にあんな戦い方ができるとは思わなかったぜ」

「…………」

奴の支離滅裂な戯言に沈黙を貫く。だが、奴の指摘は正しかった。

俺にはあの戦い方は思いつかなかった。その殺し方を教えてくれたのは父さんだ。


父さん曰く、「魔物との戦いは基本一対多数であり、普通に考えて勝ち筋は薄い。だから、相手の何もかもを利用した方が殺しやすい」そうだ。実際、あの時の俺の相手は二十近くと明らかに不利だった。武器を持って密集していたあの状況だからこそあんな殺し方ができた。流石父さんといったところだ。


「お前の言葉なんかどうでもいい。殺せば解決することだ」

「ああ。そうだな!」

巨体を大きく振って突撃してきた。大振りで右手の鉈を振り上げ、勢いよく振り下ろす。

「閃光防壁(ライトニング・ウォール)」

それを金色の輝きが妨げる。半透明な四角の光が鉈と自分を隔てていた。衝突の衝撃が強風となって互いの方向に吹き上げた。鉈の刃先と光の魔力が調律するように拮抗し、停滞していた。

「何⁉」

先に音を上げたのは俺の方だった。魔法にたった一片の歪みが生まれ、それが亀裂となっていった。

「……!」

その反応にゴブリンはにやりと不気味な笑みを浮かべ、更に加える力を増やした。それに呼応するように亀裂は四方向に広がっていき、ついにひびは魔法の領域の端まで到達し、跡形もなく砕け去った。

その衝撃に再び風が吹き荒れる。風を横目に後退すると、奴は勝ち誇ったような表情を浮かべて告げた。

「やっぱ、お前、魔法あんま使えないだろ」

「…………」

「やっぱりな。お前さっきから、簡単な攻撃と防御しかしてねえだろ。所詮餓鬼ってことだな。ガハハハッ!……は?」

その光景を見て奴はようやく笑顔を崩した。俺の狙い通りに事は進んだ。俺の狙い通り、奴の左の掌は腕と分断されて地面に落ちていった。崩れた歓喜の表情は大きく歪んで戦慄へと切り替わっていく。思った以上に間抜けだ。一体ガキなのはどちらだろう。

「グオオオオオオオ!」

親玉の割に情けない叫びを披露している奴に大股で少しずつ接近する。

「てめえ。何をした⁉」

「お前が言っていた防御魔法だよ」

「なにぃ?」

「防御だけが防御魔法じゃない。上手く使えば、攻撃にも使える」

正確には、「閃光防壁」は横に広げることで防御が可能になる。逆に縦方向で早く動かせば、敵を切り裂く刃にさえできる。どんな魔法も使い方次第だ。

「さあ。続けようか」

「ケッ。舐めやがって」

再び左手の剣を構えて戦闘態勢を取る。対して、ゴブリンは鉈を強く握りしめて俺を強く睨んでいた。互いに恨みと憎しみが交差し合う中、戦闘が再開され…るはずだった。

『ドーン』という大きな音がおそらく上階から発せられ、その音に驚いて互いに動きを止めたからだ。

上が気になった俺は後方右側に位置している窓に近づいた。そして上を見た先には、追い詰められて後がない妹と母がいた。

壁に詰め寄られ、壊そうにもこのままでは落ちてしまう状況だった。魔法で足場を確保しない限り、どうしようもない。

だけど、妹は慧眼だった。

「お兄様!お願いします!」

「了解」

「閃光防壁(ライトニング・ウォール)」

城の外、その上空に位置する執務室の隣の空間に防御魔法を足場として設置した。その魔法に気が付いたスイは、

「氷の防壁(フロスト・ウォール)」

俺の魔法を起点に氷を続々作り出し、地上に続く氷の階段を作り出した。これで。

「馬鹿な。氷の階段だと。まさか…」

そう。これで脱出できる。

「どこまでも舐めやがって!」

憤慨したゴブリンは扉の前に戻って妹たちを追おうとして疾走し始めた。

だが、逃がすわけにはいかない。ここで奴を殺す。

「くっ」

奴に迫って剣を鉈に思いっきりぶつける。二つの刃先が競り合い、火花を散らした。

「遊ぶんだろ。もっと楽しめよ」

「チッ。面倒だな」

明らかに焦ってる。あと少しだ。あと少しで母さんたちを逃がせる。

スイ、母さん。早く逃げてくれ。

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