第2話 きょうだい

 瞬く間に二年の時が過ぎて、周りはごろごろと変わった。


 まずは、弟と妹が一人ずつ増えたこと。

 身長もだいぶ伸びて、歩いたり話したりしても周りに怪しまれない年頃になり、行ける場所が増える分、景色も広がった。


 単刀直入に言うと、想定よりど田舎だ。

 電化製品はなに一つ見当たらないし、生活リズムもわりと原始的。都会暮らしが長い私には、たまにならばちょっとしたスローライフもいいなって思うこともあるけれど、スマホがない日々が長引くのがさすがに不便に感じる。

 ほかに困ったところと言えば、トイレに行くときとか……あまり言いたくないのでそのへんは省略しておこう。


 レイヴンズ家にはおよそ百人余りの使用人がいる。警備をする騎士と周辺で働く農民も含めたらその数字は倍になる。

 ここで働くことで衣食住の心配や身の安全は約束されているが、それ以外の保証は一切ないとも言える。妊娠や怪我をしたら容赦なく首になってしまう。

 かつて福祉社会においた連中にはまったく想像できない仕組みだ。


 ブラックだろうかホワイトだろうかは置いといて、あの頃はいつでも仕事を「辞める」という選択肢があった。


 だが、この屋敷にいる使用人たちは違う。

 本人の意志に関係なく四六時中働かされ、万が一ミスをしたら解雇だけじゃ済まない。経歴に汚点がつく上に、最悪貴族の庇護から外される羽目になってしまう。

 涙がポロポロ落ちるまま追い出されていく人はたくさん見かけた。

 労働を拒否する権利は理論上存在するにもかかわらず、それを実際に行使する者はほとんどいない。

 険しい労働環境だ。


 それから時間についてだ。

 仕事とか学校とかないので、とにかく暇がある。

 幼少期で、大半の人は時間を台無しにするか、遊んでばかりしていた。

 まっ、遊ぶのももちろん大事だけど、何事もほどほどがいいと。

 自分を磨くために使うのも一つの手ではある。

 ただ、断罪と追放はまだ先のことだし、焦る必要はないと思っている。


 王国の中で、レイヴンズ公爵はそれなりの領地を所有しており、この屋敷はそのうちもっとも繁栄な町に建てられている。領内をちょっとだけ移動しても、数マイルを超えた距離になってしまう。

 自動車や蒸気機関車やらはまだ発明されていないので、移動手段は主に馬車。

 馬を飼うのは当然、金がかかる。

 そうなると、貴族と一部の旅商人を除けば、領地の外に出ることすら難しくなる。

 将来に備えてここは早いうちに乗馬を覚えたいと母に願いを申し出たんだけど、転落する危険性があるから無理と却下された。

 

 父は家にいないことが多い。その代わりに母は基本家の中で留守番をしている。

 彼女は文字通りの美人顔で、身長も前世の私を遥かに上回っている。正面に立つと、きっと胸のあたりまでしか届かないだろう。


 気が向いた時に、母は月ごと何回家に来る御用商人から珍しい書類、衣類、日用品などを買い取っている。

 ついてに他領からの情報も集めている。見返りにレイブンス家の御用資格を与えるという取り決めになっているらしい。

 もらった情報は宝くじみたいなもので、役立たぬ噂話ばかり出てくることもあれば、とんでもない裏情報を手に入ることもたまにある。

 商人が来る日はいつも口実を作って客室に入り、二人のやり取りを盗み聞きしている。

 いくら護衛がつくとしても、三歳の子が町に出ることは許されるはずがない。外の世界を窺うには、その商人が訪れるのを待つしかなかった。


 母は幼児教育にまったく関心を示さず、使用人に丸投げしている。

 その分父にフォローしてもらいたいところだが、会えるのは王都で休暇を取る時くらい、その機会も年に二度ほどしかないので当てにならない高望みだ。


 そう、エリサは親が見ていない環境で育った。

 やりたい放題ってわけだ。

 通りってあんな地獄な性格になったんだよね……


 領地の政務は執事のサウロスに任されている。

 灰色の混じる短髪に整えられた髭、背筋の伸びた立ち姿には初老とは思えぬ威厳があった。父が帰宅する際には、必ず彼が報告を取り仕切っていた。

 「これぞ執事だ!」と叫びたくなるほど、無口でクールな人。

 すれ違いざまに強い視線を感じることはめっちゃあるけれど、屋敷の中をふらふらしている行動については基本的に大目に見てくれている。


「こりぇは?」


 かわいらしい声に、はっと我に返る。

 そうだ。今は弟と積み木で遊んでる。考えことにずいぼうとしてた。


 弟のアランである。

 最近いくつか単語を覚えたばかりで、まだうまく発音できない。


「ちがう、こうだ!」


 妹のクラリスも一緒にいる。

 クラリスは私より一つ年下で、アランは二つ年下だ。

 内気で人見知りのアランに対し、クラリスは小さい頃から強引な性格を出している。


 ゲームではレイヴンズ家姉妹揃って主人公をいじめるシーンがある。

 生まれつきの性格と、幼い頃から姉を見て真似してきたせいもあるんだろう。


「ほら!喧嘩は行けません!」


 気が付かないうちに口論を始めたらしい。

 そばで見守っていたセラがすぐ止めに入ったが、兄妹揃ってガン無視にされた。

 かわいそうに。


 別にメイドの話を聞かなくても、責められることはない。

 最近クラリスは、その事実にうすうす気付き始めていた。


「お嬢さまも、何か言ってあげて頂戴。」


 セラは助けを求めるような視線を向けてきた。

 やれやれ、まだまだ三才の子だよ。こんな子供に何を求めるの?


「アランは城壁ね。クラリスはお城を作って。うまくできたら、どっちが偉いかわかるでしょ?」

「ん!」

「うっ......」


 クラリスは一刻も躊躇ず提案に乗った。

 一方、アランは俯いて、肯定も否定もしないまま、ただ積み木を握りしめている。

 自分が組み上げていた城なのに、姉がいきなり横から手を出した。

 乱暴に積んだせいで構造が不安定になり、上の部分がどんどん重くなっていく。

 このままではきっと崩れちまうと、アランには分かっていたからだ。


 その光景を見て、セラは眉をひそめた。

 おそらく彼女はアラン寄りの立場なんだろう。

 誰が見ても姉二人で弟を追い詰めているようにしか見えない。


 実際は違う。

 二人の性格を利用しただけだ。

 クラリスには競争心を、アランには目標を。

 ちょっとした誘導で、二人ともちゃんと自力で前に進めさせる。

 せっかちのクラリスは高く積みたがって、最終的にお城を倒してしまうだろう。その代わりアランが立て直した城壁はより頑丈になる。多少衝撃受けても壊れないと思う。

 説教は、その時にすればいい。そのほうが効率的だ。


 セラのあの表情も、弟への同情だけじゃなく、きっとその意図にも汲み取っていたわけだ。そもそも三才の子供ができる技法じゃない。


「うわっ!」


 やがて、ドサッという音とともに城が崩れ落ち、足の上に一部の積み木が落ちてきた。

 軽量化された木材で作ったものなので、重みは感じるが、痛みはあまりなかった。それでも周りのメイドたちはテキパキと三人にけががないかをチェックする。


「あら、崩れちゃったね。やっぱアランの城壁のほうが強いみたい。」


 淡々と告げながら、泣きそうなクラリスを手伝い、積み木をもとの位置に戻す。


 この日を境に、セラの私を見る目が変わりはじめた。 


 

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