十二、傘

異変に気付いたのは数日前のこと。梅雨ということもあり、不安定な天候が続いていた。その日の朝も、どしゃぶりの雨の中、会社に向かった。

会社帰りの夜にはすでに雨は上がっており、傘を手に持ちながら歩いていると、道中のガードレールに紅い傘が立てかけられていた。

誰か忘れてしまったのかな、と思ったのだが、特に気にも留めずに家路を急いだ。


私が初めて紅い傘を目撃してからというもの、たびたび紅い傘を街中で見かけるようになった。決まって、ガードレールに引っ掛けるような形でたたずむ紅い傘が、まるで私の行く手を知っているかのように。

日が経つにつれ、心なしか一日のうちに目に入る回数が増えてきた。初めは数日に一度見かける、というところから確実に一日一回、出勤と退勤の道中それぞれに一回、いまでは5分に一回ほど目にする。

不思議なのは、雨の日以外でも当たり前にそこに存在すること。朝から晩まで雨と無縁な快晴の日にすら、あたりまえのように置いてある。


さらに数か月が経った。街のいたるところに紅い傘。それだけではない。これまでは無かった、建物の中にまでそれは押し寄せてきていた。外食をしても無人の座席に紅い傘。通勤電車の荷物棚に紅い傘。

一番驚いたのは、ATMの列に並んだときのことだ。私は列の3番目に並んでいた。前の二人は老人男性だった。何気なく暇つぶしにスマートフォンを触る。ATMのドアが開いて人が出る、中に男性が入る。またスマホに目をやる。

そうして私の番が来た時、ATMの横に紅い傘が立てかけられていた。先ほどまでは無かったはずだし、前に並んでいた二人も持っていなかったはずだ。そもそも今日は雨も降っていない。一体どのタイミングで、なぜ私の前にだけ紅い傘が現れるのか。


------------------------------------------------------------------------------------------------


「という話を叔父から又聞きしました。この話、叔父の同僚が体験した話なのですが、その後、その方は突然亡くなってしまったそうです。叔父によく「紅い傘」の話をしてたみたいで、最期は『家の中にも紅い傘が置いてあった』といって聞かなかったとか。叔父も、同僚の死ということでとても落ち込んでいました。葬儀に参列した際には『あいつの棺に、紅い傘が立てかけてあったんだ』とも言っていました。葬儀の日は雲一つない青空だったそうです」


A子さんはそんな話をしながら、窓に打ち付ける雨粒を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

創作怪異談 うがやまかぶと @tsukanomaai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ