後日談 悪魔の囁き


 王宮裏庭の北端に立つ、封じの塔。

 最上階では半身悪魔となったジョスランの実兄マルスラン――今はランと名前を変えている――が、ルシアの呪符結界とクロヴィスの封印魔法により、平穏に過ごしていた。

 クロヴィスは魔法師団長に就任して以来、定期的に訪れているのだが、西への旅や騎士団再建など多忙を極め、実にふた月ぶりの訪問になってしまった。


「こんにちは」


 声を掛けられたので、机で本を読んでいたランは顔を上げる。

 封印魔法の施された扉近くに、クロヴィスが立っていた。魔導師団の制服は、お見舞い係のデザインを踏襲している。


「やあ! 久しぶりじゃないかクロヴィス。今日は何のお茶かな」

「私は、執事ではないですよ」

「はは」


 平静を装うランは、密かに冷や汗をかく。するとクロヴィスはランの様子に目ざとく気づき、遠慮なく近づいてきて目を覗き込んだ。

 左目は白い眼球に青い虹彩、右目は黒い眼球に赤い虹彩。左右で違う色の目だが、両目とも濁って見えるに違いない。

 はたしてクロヴィスは、深く息を吐いた。


「ラン様。封印魔法をかけ直しましょう」

「うん、その前に。後ろの子は誰だい?」

「……宰相閣下には反対されたのですが」


 クロヴィスの背後にいつの間にか立っていた少女は、肩ぐらいの長さの亜麻色の髪に、青い瞳。

 白いブラウスとベージュのロングスカートの上に、青い色のローブを羽織っている。

 

「はじめまして。僕はランだよ」


 ランが話しかけると、少女は恐る恐るといった様子で歩を部屋の中央まで進めて、軽く膝を折り曲げた。


「マノン・イグレシアです……ごきげんよう」

「マノン。コルトーの娘で、蛇神が憑いていた君が、一体僕に何の用かな」

「っ、お力になれるかと」

 

 マノンの発言では要領を得ない。眉根を寄せたランに、クロヴィスが肩を竦める。


「実はマノンには、蛇神様のご加護がありましてね」

「なんだって!」


 椅子からガタリと立ち上がったランは、目を見開きマノンを凝視した。


「……言われてみれば。そうか、蛇とは病気平癒や清浄の象徴。一方で人間の原罪という見方もあるが」

「ええ。ラン様にピッタリではと思い、お連れしました。マノンもぜひ魔法を勉強したいと言っておりまして」


 クロヴィスは話しながら、マノンをランの側へ導く。それからマノンの右手首を掴んで持ち上げ、左胸に描かれているはずの五芒星の上あたりに、手のひらをかざすようにした。

 マノンが深呼吸を繰り返していると――


「っ! すごい魔力だ」

 

 たちまちランの体の中に魔力が流れ込んできた。

 左胸に力がみなぎったかと思うと、全身を一気に巡る。右側からじわじわと自身をむしばもうとしていたよこしまな魔力が、退いた感覚があった。


「ありがとう、お陰で封印が強くなった。でも、僕なんかにご加護を使ってはいけない。すぐにここから立ち去るんだ」


 悪魔に関わって、良いことなどない。

 だがマノンはランの言葉に負けないようにか、体の前で両拳を握りしめてから口を開いた。

 

「いいえ。これは、レト神の意志でもあるのです。ルシアさんがお見舞いしたことで、町の言い伝えが変わりつつあります。悲しい願いの連鎖を断ち切りたい、と書き換えた神話を広めてくださったお陰で」

「それは良かったね……女児を男児になんて呪い、人間のエゴでしかない。でもそれと僕とは無関係だ」

「無関係ではありません。コルトー伯爵家にいにしえの魔法使いが入り込んだことを、レト神は後悔しておいでです。まだその力が生きているのならと」

「これは僕の問題だ。わざわざ首を突っ込まないでくれ」


 マノンが必死で説得しても、ランは頷こうとしない。

 するとクロヴィスがわざとらしく、おほんと咳払いをしてから決め台詞を言った。


「ルシア様からラン様へ伝言です。『半身悪魔の自尊心を振りかざすその精神、調伏してくれる』」

「うわぁ」


 ランは、たちまち項垂うなだれた。


「ルシア嬢には、まったく敵わないな。クロヴィス、全然似てないけど」

「えっ。では、これではいかがでしょう。『一切合切お見舞いいたします!』」

「あはは! あっ、ごめんなさい」


 マノンが笑ったところで、ランは左手を差し出した。


「こちらこそ、ごめんね。巻き込みたくなかったんだ。けどルシア嬢は怖いから、言うこと聞いておくよ。これからよろしくね」

「はい!」


 元気よく頷いたマノンは、ランの左手をスルーし、悪魔の右手を強引に握る。


「よろしくお願いいたします、師匠」

「師匠? まあいいけど……なんか、ルシアに似てるね、マノンって」

「本当ですか⁉︎ 嬉しいです! ルシア様に憧れているのです。気高くて、強くて」

「あー、うん……気が強いところは、マネしなくていいからね……」


 二人の会話を聞いたクロヴィスが、温かいお茶を用意しながら呟く。

 

「あの気の強さが良いんですが」


 耳ざとくそれを聴いたランは、マノンに向かってニッコリ笑った。


「んじゃあ人を操る方法から、学ぼうか。強い感情はぎょし易い。例えば――恋心とかね」

「なるほど!」

「あー、えー……もしかして、私が実験台になる感じですかね……」

「おやおや。クロヴィス、ついに恋心を認めたね?」

「いい加減、そうやって揶揄われるのに嫌気が差しただけですよ。スプーンはどこでしょうか」

「あっちの戸棚だよ」


 クロヴィスが背を向けたのに合わせて、ランはマノンに囁く。


「ジョスランとクロヴィス、どっち応援しようか」


「ルシアさんが幸せになる方!」

「そっかぁ。んじゃ、二人で色々協力していこうね」

「はい!」


 

 悪魔の弟子、マノン・イグレシアが魔導師団筆頭魔導師として名を馳せるまで、それほど時はかからない――。



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 改稿版、8/31完結です!

『王宮のお見舞い係 〜前世陰陽師の伯爵令嬢は、異世界の呪縛に抗う〜』

https://kakuyomu.jp/works/16818792437399182533


↑にて恋愛小説大賞に参加していますので、ぜひ応援よろしくお願いいたします!!m(_ _)m

 

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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜 卯崎瑛珠@『見た目幼女』コミカライズ決定 @Ei_ju

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