黄昏のシャッター
最後の陽の光が地平線へと沈み、風景に柔らかな橙色の輝きを残していく。薫はカメラを調整しながら、木々を揺らすそよ風の中で最後の数枚を撮る。神社の周りに吊るされた鈴が、微かな風に吹かれて優しく響き、太陽が沈むにつれて訪れる静寂を満たしていた。
直は腰に手を当て、満足げな表情を浮かべていたが――ある人物とは頑なに目を合わせようとしない。その一方で霞は、屋根越しに海へと向かい、やがて琥珀色の空へと消えていく光をただじっと見つめていた。「……綺麗……」
カメラを下ろしながら、薫は風景に目を向ける。
ああ……確かに。
言葉にはしなかったが、視線がほんの少し長く地平線に留まったその瞬間、霞がふと薫の方を見た――ほんの一瞬だけ。それから、またすぐに視線を逸らす。薫は小さく息を吐いた。この時間には、何か特別なものがあった。空に残る温もり、漂う静けさ……もう少しだけ、この瞬間を握りしめていたいと、そんな気持ちになった。
カメラを手の中で軽く転がしながら、ふっと鼻歌交じりに考え、そして霞に差し出す。「ほら、手伝ってくれたお礼。俺の……その……微妙な写真の埋め合わせに、いいのを撮ってくれ」
「え、えぇ……本当に……?」霞はためらい、壊れ物でも扱うかのようにカメラの上に手をかざした。「でも、これ高いでしょ……壊しちゃったらどうするの、木漏れ日くん……」
薫は首を振り、安心させるように微笑んだ。「いやいや、まるで自分がドジみたいに言うなよ。大丈夫だから、少し撮ってみろって。そうじゃないと、直が『霞の写真がない!』って文句言うぞ――」
「聞こえてるわよ!!」
霞が薫より写真を撮るのが上手い、というのは控えめな表現だった。本人曰く、「コンデジくらいしか使ったことない」とのことだが、薫の持つCanonの操作にはすぐに慣れていた。薫にとってはまるで異星の遺物のように思えるカメラなのに。
数枚撮った後、霞は慎重にカメラを確認し、壊れていないことを確かめてから、薫に返した。
直が勢いよく手を叩く。「よし!どんなのが撮れたか見てみましょ!」
霞の手からカメラが離れた瞬間、直はそれをひったくるように取り、目を細めながら写真をスクロールし始めた。
若干イラつきながら、薫は直の肩越しに覗き込む。
「……なんか変だな……」
直は目を上げずに眉をひそめる。「何が?」
薫は息を吐き、首を横に振る。「いや、なんというか……こんな変な生き物……いや、獣なんて撮った覚えはないんだけど……」
「はぁ?『変な生き物』?『獣』?」直はズームしながら目を細める。「あんた、また適当なこと言って……何言ってるのよ、もしかして――」
……
「あ、待って。ただのあんたじゃん。」
「木漏れ日ぃぃ!!」
写真を見返しながら直はふつふつと怒り、薫が「史上最悪の人間」で「そもそも部に入れるべきじゃなかった」とブツブツ文句を言う。一方の薫は、内心かなり満足していた。……もしかして、直をからかうのも悪くないかもしれない。そもそも彼女も、それくらいされて当然だ。
とはいえ、やはり問題はすぐにやってくる。下山する道中、かなり気まずいことになった。来た時よりも暗くなり、遠くの町の灯りがちらちらと瞬いている。冷えた夜の空気が漂い、しばらくの間、聞こえるのは風に揺れる木々と、時折踏みしめられる砂利の音だけだった。
薫はバッグを持ち直し、肩を回しながら前を歩く二人を眺める。直は時々鋭い視線を向けてきて、「変な生き物」発言をまだ根に持っているようだった。一方で霞は穏やかな様子で、静かに周囲を眺めていた。
そして、「直と一緒でも、まあ悪くなかったのかもな」と考えかけたその時、ポケットの中で携帯が震えた。
画面を見る。
……涼真。
どうせ急ぎの用じゃない。とはいえ、無視すれば後が面倒になる。ため息をつきながら、通話を取る。
「おい、薫ちゃん!今どこにいるんだよ?!」
声がデカい。デカすぎる。薫は思わず耳から携帯を離した。
「は?どういう意味だよ……何が――」
「今日、俺と聡介とゲームするって言っただろ!でもお前、全然オンラインにいねぇじゃん!薫ちゃん、どこ行ったの〜?」
薫は深いため息をつき、もう出たことを後悔し始める。「別に、今夜やるなんて約束してねえし……」
「いや、するべきだったんだよ!俺たち、新しいギルド作ったんだからな!頼むよ、木漏れ日くん、まさか俺たちを見捨てるつもりじゃ……」
薫が口を開く前に、突然直の声が割り込んだ。「こっちは忙しいのよ、バカ!」
……薫は硬直する。
終わった。
通話の向こうが、一瞬沈黙した。
「……は?」
薫は涼真の脳が全力で回転する音が聞こえた気がした。
「おい薫!!今の絶対女の声だったぞ!!」
「ち、違う!誤解すんな!」
「夜に女の子と二人きり!?薫ちゃん、やるじゃねぇか……絶対写真撮ってこいよ!俺と聡介に――」
薫は最後まで聞かせることなく、ためらうことなく通話を切った。その速さは、まるで爆弾の起爆を阻止するかのようだった。
続く沈黙は、耳が痛いほどの静けさだった。
ゆっくりと携帯を下ろし、正面を見つめながら歩き続ける。まるで自分の人生について深く考え込んでいるかのように。ただ、このまま何もなかったことにしていれば、そのうちこの瞬間も過ぎ去ってくれるのではないか。子供の頃によく聞いた言葉は何だったか?「見なければ見えない」…そんな感じのやつだろうか?もしかしたら、本当にそうなるかもしれない…。
しかし、ふと横を見た瞬間—それが完全な幻想だったと悟る。
直が霞の前に立ち、まるでボディーガードのように彼女を守る姿勢を取っている。
霞は背後からそっと顔を覗かせ、ただ困惑した表情を浮かべているだけだった。
だが、直の目つきは違った。まるで最悪の疑惑をすべて確信に変えたかのように鋭く、容赦ない視線を向けていた。「薫は間違いなく救いようのない変態だ」と、そう断言しているかのように。
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