写真部、登山する!

 金曜日が…ようやくやってきた。彼は思わず安堵のため息をついた。今週はあっという間に過ぎたはずなのに、永遠にも感じられた。そして今日は特に長く感じる。頭の中でまとまりきらない考えや小さな問題が積み重なり、気が散って仕方なかった。だが、今はもう夕日が低く沈みかけている。ついに、山へ向かう時が来たのだ。


 気が進むわけではなかったが、少なくとも待つ時間は終わった。この道のりは長いと聞いていたし、彼は運動不足というわけではないが、登山に適した体力があるとは言い難い。途中で息切れして、部員たちの前で間抜けな姿を晒すのは絶対に避けたかった。


 それでも、カメラの扱いは少しは上達した。もちろん、それは霞の経験豊富な指導のおかげであり、決して自分の努力だけではない。おかげで、少なくとも白原に崖から突き落とされる心配は減った…はずだ。


 空気は肌を刺すように冷たく、冬の訪れを告げていた。校門を出ようとした時、霞と直が少し先で待っているのが見えた。霞は少し離れたところで遠くの景色を見つめ、直は相変わらず真剣な表情で彼を睨みつけていた。


 …最高に気が重い。

 先輩に睨まれながら、山を登る。しかも、そこまで親しくない二人と一緒に。

 ……うん、めちゃくちゃ心強いな。


 だが、今さら引き返すわけにはいかない。それこそ本当に間抜けだ。

 彼はひとつ息を吐き、二人の元へと歩み寄った。


「遅いわね、木漏れ日くん」


 直の声が冷たい空気を切り裂くように響く。鋭く、ほぼ非難のようだった。


「カメラはちゃんと動くんでしょうね? まさか足を引っ張るつもりじゃないでしょうね?」


 薫は少し顔をしかめた。

 ……まあ、間違ったことは言われていないのが悔しい。


「もちろん、問題ないよ」

 彼は努めて平静を装いながら答えたが、学校のすぐ先にそびえる山を見て、思わず不安げな視線を送ってしまった。


 直は片眉を上げたが、それ以上突っ込むことはなかった。ただ、腕を組んで小さく鼻を鳴らす。


「何? ちょっと歩くのが怖いわけ? 男の子ならもう少し体力あるんじゃないの?」


 薫は、それを侮辱と受け取るべきか冗談と捉えるべきか迷ったが、返答する前に直はくるりと背を向けた。そして、霞の背中に手を添えると、そのまま軽やかに歩き出す。


 霞は突然押し出されたことに驚いたようだったが、直は気にする様子もなく進んでいく。薫は一瞬躊躇したが、結局ため息をついて後を追うしかなかった。


 歩き始めてしばらくは退屈だった。

 この辺りの街並みには見覚えがある。

 何かの用事で来たことがあったのか、それとも幼い頃、祖母に連れられて歩いたのか…はっきりとは思い出せない。だが、ひとつ確かなことがある。重いカメラバッグを抱えての移動は最悪だ。


 やがて道は曲がりくねり、家々は徐々に古く、まばらになっていく。まるで時間を遡っているかのような感覚だった。静かで、涼しく、夕日が長い影を伸ばしている。まるで小さな博物館の中を歩いているようだ。


 道はさほど急ではなく、学校への自転車通学の方がよほど大変だった。しかし、同じことが直に当てはまるとは限らない。


 気がつけば、彼女は霞に寄りかかっていた。


 山道の途中、小さな祠が建つ見晴らしの良い場所に着く頃には、直の静かな愚痴が「霞ちゃん…」という小さな呟きとなり、彼女の荒い息の合間に響いていた。


「し、白原さん……もう頂上ですから……そろそろ離れてくれませんか……?」


 霞は戸惑ったような表情で直を見たが、当の本人は気づいていない。今にも倒れそうなほど、息を整えるのに必死だった。


「ただの散歩って言ってたのに、白原さん、かなりバテてるみたいだけど?」


 薫は後ろから楽しげに声をかけた。


 直は目を大きく見開いたが、すぐに首を振り、なんとか普段通りの態度を保とうとする。


「い、いや! 全然大丈夫だから!」

 彼女は胸を張り、真剣な顔で言った。

「……ただ、ちょっと空気のチェックをしてただけよ。ここの空気は新鮮かどうか確認するためにね。ほら、ちゃんと元気でしょ!」


 しかし、立ち姿はどう見ても元気そうには見えなかった。


 霞は半信半疑の視線を向けたが、すぐには手を離さなかった。いつ直が本当に崩れ落ちてもおかしくないと判断したのかもしれない。


 薫は、そんな様子を見て、さらにからかいたくなった。


「へぇ、空気のチェックね。で、結果は? 酸素が薄くてフラフラするとか?」


 直は苦しげな息を吐きながら彼を睨みつけた。普段なら怖い表情のはずだが、霞に寄りかかったままでは威厳が半減している。


「そ、そうよ! 木漏れ日くん! 写真を撮る人間は、光や空気、雰囲気…あらゆる条件を考えなきゃいけないの!」


 彼女はわざとらしく胸に手を当て、深遠な思索にふけるかのようなポーズを取った。


「私はただ、撮影に支障が出ないように…予測していただけよ!」


 薫はニヤリと笑った。


「なるほど、つまり、もう限界ってことだな?」


「うるさい! クラブから追い出すわよ!」


 直は叫んだが、息が上がりすぎて声が裏返っていた。


 ……ああ、そうだった。彼女はまだ部長だった。あまりからかいすぎるのも考えものか。


 だが、悪いのは彼ではない。からかいたくなるのが自然な流れだ…たぶん。


 霞は深く息をつき、ついに直をそっと引き剥がした。


「白原さん…す、少し座ってください…」


 支えを失った直は、前へと半歩踏み出す。いや、踏み出そうとした。


 そして——すぐにつまずいた。


「し、白原さん!?」


 薫は咄嗟に彼女の肩を掴み、なんとか転倒を防いだ。


 結果——怖い部長、白原直が、完全に彼に寄りかかる形となった。


 そして至近距離で、睨まれることになった。


 ……うん、やっぱり怖い目をしてるな。


 薫はぎこちなく笑みを作る。


「や、やあ……白原さん……」


 やっぱり、めちゃくちゃ怖い目だった。

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