迷惑な後継者

 薫が霞と一緒にカメラの設定を調整していると、図書館の静かな空気が突然、近づいてくる足音でかき乱される。最初は気づかなかった — 設定が悪いのか、それとも単に自分の不器用さのせいなのか、カメラの画面のぼやけた映像を解読しようと必死だったから。


 でも、あの視線。霞の困惑した表情と、ある人の視線の重さが、すぐに感じ取れた……


 顔を上げると、思わずうめきたくなった。山崎か。せめて詩織じゃないけど、小さい方の……


 沙也香はテーブルの横に立ち、腕を軽く胸の前で組んで本を抱えていた。彼女の視線は、姉のそれに似ていたが、ほんの少しだけ好奇心と不安が混ざっていて、鋭さが薄かった。


 薫は瞬きして言った。「ああ。ミニ山崎、姉を探してるのか?」


 沙也香はそのあだ名に少し頷いたが、コメントはしなかった。代わりに、霞の方に視線を向け、その表情は読み取れないものだった。ほんの少しだけためらった後、彼女は少し身を寄せて、両手をテーブルに置いて支えにした。


 そして、外見に似合わないほど確信を持った口調で、霞を指さした。


「木漏れ日さん……ねえさんみたいに、この女の子を狙ってるの?」


 霞は、そんなにもはっきりと指摘され、しかも恥ずかしい形でコメントされると、ただ驚きのまなざしで瞬きすることしかできなかった。意味が頭の中で急速に整理される前に、顔を横に向け、恥ずかしさが浮かんできた。


 薫は息を呑んだ。「なんだって?!」 すぐに彼女の手を払って、しかめ面をしながら言った。「そんなこと言うな! それに、俺は誰も狙ってない! ねえさんが何を言ってるんだ?」


 沙也香は大げさに顔をしかめ、柔らかく引きつった声で言った。「あうぅ…」


 彼女は手を引っ込め、もう一方の手で優しくこすりながら、まるで傷ついた子犬のように顔を歪めた。そして、ためらいなく霞を指さした。


「でも、ねえさんが言ってた。薫さんは、年上の女の子を狙ってクラブに入ってるって。これがその子だよね?」


 薫は大きなため息をつき、顔を手で覆った。こんなことが起きるなんて、当然、霞の前で誹謗中傷される羽目になるなんて……


「ほんとにあの女、嫌いだ……」と彼は小声で呟き、すぐに頭を上げて沙也香に指を突きつけた。「沙也香! ねえさんが言うことを全部信じるな! それに、どうしてお前は普通に黙ってられないんだ? そんな馬鹿なこと言うな!」


「木漏れ日さんを信じてたのに……」沙也香は小声で呟き、もう一度霞に目を向けてから、顔をそらした。まるで自分の世界観が崩れたかのように見えた。


 霞はまだ少し困惑した表情を浮かべながら、薫にゆっくりと横目を向けた。「年上の女の子を狙ってるって……?」


 薫はすぐに彼女に顔を向けた。「違う!」 沙也香を睨みながら言った。「変なことを人の頭に植え付けるな!」


 沙也香は全く動じていない様子だった。むしろ、彼女は自分の足元を動かしながら、図書館内を見渡していた。「木漏れ日さん… 本を借りてもいいですか?」


 薫はまだ苛立ちを隠せなかった。「もちろん、本は借りていいよ。急にどうしてそんなことを聞くんだ?」


 沙也香は納得したようにうなずいた。まるでさっき自分がいかがわしいことを言ったのを忘れたかのように。借りたい本が手に入るかどうかの方が、彼女にとってはずっと大事なようだった。


 薫はこめかみを擦りながら、大きく息を吐いた。「わかったよ。沙也香、お前は本を借りろ。静かにね。俺と霞はちゃんと仕事をしてるんだ。」


「ふーん…? それが彼女の名前か。で、あなたは彼女と「仕事」をしなきゃいけないんだ……」彼女は納得していない様子で、薫に無表情のまま見た。その後、視線を外して言った。「木漏れ日さん、怪しいな…ねえさんに言っておこうかな……」


 薫は長いため息をつき、今度は彼女のくだらない話は無視することに決めた。「沙也香、さっさと本を借りて……」


「ねえさんが言ってたよ。そんなこと言う男は、静かにフラートするために人を追い出そうとしてるんだって。」


 薫は即座に歯を食いしばった。「俺、あの姉妹を殺す。」


 沙也香は、気にする様子もなく、少し首をかしげた。「でも、あなた、すごくこの子と時間を過ごしてるんですね…」


 霞は困ったように軽く咳をして、どう反応すべきか迷っている様子だった。沙也香はようやく霞に興味を持ち、少しだけ目を細めながら彼女をじっくり見ていた。


「ふーん…ねえさんが言ってたのと違うね。」


「な、なんでそんなこと言うの?」 その言い方では、まるで自分が何か悪いことをしたように聞こえる。まさか、短い時間しか一緒にいなかったのに、詩織が霞について悪いことを言ったわけがないだろうし…それとも薫が誰かに裏で話しているのだろうか?


「ミニ山崎」って言うこの子がそう言ってる理由は、それが真実だろうか? それとも、詩織がわざと嘘を言っているわけではないだろう……


 薫は深いため息をつき、立ち上がってテーブルを回って沙也香の前に立つと、これ以上彼女に誹謗中傷されないようにした。「よし、もうお前の話は終わりだ。今日のところは十分すぎるほどお前はダメージを与えた。さっさと本を借りて、俺たちを放っておけ。」


 沙也香は首をかしげた。「でもねえさんが言ってた……」


「ねえさんが何を言おうと、知らない!」薫はすぐに彼女を遮り、軽く肩を押して本棚の方へと導いた。「さっさと行け。もう十分にいたずらしただろう。ほんとに、家系に伝わってるのか……」


 沙也香は本棚に向かって押されながら、小さな声で、まるで深く傷ついたかのようにふーっと言った。でも、その表情はすぐに柔らかくなり、無邪気な悪戯が消えて、元々の彼女の素直な表情に戻った。


「じゃあ、わかった……」沙也香は静かに答え、急に優しくなり、謝るような表情で霞に目を向けた。「ごめんね、迷惑かけて…木漏れ日さん、霞さん……本のことでちょっと聞きたかっただけなんです……」


 薫はその変わりように驚き、信じられない様子で彼女を見た。さっきまでとんでもないことを言っていたのに、今では急におとなしく、恥ずかしがり屋の女の子のように振舞っている。


 彼は小さく、呆れたため息をつきながら、沙也香が本棚に向かって歩く姿を見守った。その表情は礼儀正しさと緊張が混ざったものになっていた。


 霞は沙也香の急な変化に驚いていた様子で、薫に一度だけ疑問の表情を向けた。「彼女… なんか可愛い……」と小声で呟き、まだ何が起きたのか整理しきれていないようだった。


 薫は頭を振りながら席に戻り、こうした名誉毀損に疲れ切った様子で言った。「ああ……かわいいのは最初だけだ。噂を広めた後じゃない。」

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