可愛い子

 カランコロンと音が鳴り、赤色のドアが開く。

 珍しいなと思いつつ、皿洗いの手を止めて厨房に顔を出す。

「いらっしゃいませお客様。」

「あれ?ここは………?」

「ここは、食事をするところでございます。」

 困惑した様子の少女に優しく声をかける。

「え?病院じゃないの?…………あれ?私歩けてる!?か、髪の毛がある!!!」

 少女は店にある唯一の姿見の前で両手を上げて跳び跳ねる。

「ハッ!?これはもしかして夢なのね!なら、全力で楽しまないと!」

 少女はパッとこちらに向くと、期待の眼差しをする。

「こちらにお掛けください。」

 シェフが案内すると少女はスキップ混じりにカウンター席に座ると、周囲をキョロキョロと眺める。

「メニューはないの?」

「ここはお客様第一ですので、お好みの物をご所望下さい。」

「わぁ!なんかお姫様になったみたい!

 えーと……じゃあラーメン!一度食べて見たかったの!」

「畏まりました、お姫様。」

 それはお姫様とは程遠いなと、シェフが珍しくクスリと笑う。


 シェフは奥から生地を取り出し、麺切り包丁で等間隔に切っていく。

「何か、食べれないものとかはございますか?」

「……魚は…あまり好きじゃないわ………匂いがちょっと。」

「………でしたら、あっさりとした魚でラーメンを作りましょう。」

「ええ!そんなぁー。」

「ふふふ、好き嫌いはいけませんよ。」

「はぁーい。」

 シェフの言葉に身体を机の上に伸びながらも、素直に返事をする。

 鰹節と真昆布で出汁を取り、タラの切り身をフライパンで蒸し焼きにする。その間にも鰹節と真昆布を取り出して一度汁をすする。

「おぉ………」

「飲みますか?」

「いいの!?わぁい!」

 シェフの申し出に喜びを身体で表現し、汁の入った小皿を受け取り、恐る恐る飲む。

「美味しい!」

「それは何よりでございます。」

「こんなに味が濃いの初めて!」

「お口に合って良かったです。」

 シェフはその後も調理を続ける。


 少女にとってそれは魔法のようだった。華麗に食材を切り、綺麗な所作と足音一つしない足さばきで動くシェフを、少女は一瞬たりとも飽きる様子もなくただただ見つめていた。



「お待たせいたしました。魚介ラーメンです。」

「わぁぁぁ!」

 魚介をベースにした細いストレート麺。

 麺の上に乗るのはワカメ、海苔、コーン、真鯛の刺身。中央にはふっくらと仕上がったタラが鎮座する。

 少女は恐る恐る箸を持つと、コーンを一粒摘まんで口に運ぶ。

「ど、どうされましたか?」

「あ、ごめんなさい!とってもキレイだから食べるのが勿体無くて………」

「……それではこちらで写真撮影のサービスをいたしましょう。」

「いいの?」

「お姫様の思い出作りですから。

 それではこちらに。」

 少女とラーメンを画角に入れ、インスタントカメラのシャッターを切る。

「はい、完了です。」

「それじゃあ、いただきます!」

 少女は我慢出来ない様子でそう言うと、もう気にすることはないといった勢いでラーメンに箸を入れた。どうやら写真撮影の間も、ラーメンの香りが少女の食欲を刺激していたようだった。

こんなに美味しいのは初めてと最初に一言言ったのみで、その後は無言でスープまで飲み干してしまった。

 

「フゥー美味しかったー!」

「お粗末様でした。」

「……あっ!ご飯やさんだからお金払わないとダメだよね!?どうしよー、私食い逃げすることになっちゃうー!」

 少女が頭を抱えてあわあわしだす。

「いえいえ、こちらに名前を書いていただければ、ツケ、次来た時に払うという形で構いませんよ。」

「え本当!?じゃあ私はんざいしゃじゃないってことね!」

 思わぬ救いの手に手を合わせる少女。

「それに、ご自身で夢と仰っていましたよね。犯罪者も何もありませんよ。」

「あ!そうだった!」

「はい、ですから………」

「じゃあ念じればお金は出てくるわね!いくらかしら?」

「……別にツケでも構いませんよ?」

「んー、でも払わないとお母さんに怒られちゃうわ?」

「畏まりました、代金は五十円玉六枚となります。」

「えっと……300円ってこと!?安い!私のお小遣いなら余裕で払えるわね!」

 少女はポケットに手を突っ込む。そうして握った拳を机の上で開いた。

「丁度頂戴いたします。この度はご来店誠にありがとうございました。」

「うん!」

「おっと、忘れる所でした。こちら、ご所望の写真でございます。」

「あ!ありがとう!また来るわね!」

 少女は笑顔で手を振りながら、赤い扉を開けた。

「あなたの心に安寧あらんことをねがっております。」

 紫色の三角巾を折り畳み、扉に向かってお辞儀をした。







ー梵佳子ー


「佳子ちゃん!」

「目を覚ませ!佳子!」

 

 暗闇の中、響く音色に浮き上がるように意識が浮上した。

 いつもより重い瞼に違和感を感じつつも、目がゆっくりと開いた。そんな無気力な動きの一つに周りは忙しなく反応する。

「呼吸の機能が低下しています!」

「く、急いで呼吸マスク!ステロイドも!」

「はい!」

「ご両親は一度退室を。」


 慌ただしい声も、私の耳には雑音のようにしか聞こえない。それでも不思議と怖くはない。

 なぜだがいつもより呼吸も苦しくないし、耳も痛くない。全身がさっきの夢みたいに軽い。

もしかして、さっき夢でお姫様になったからかな?お姫様は羽毛のように軽いって誰かが言ってたもんね。きっとそれのお陰、だからあのシェフさんにはお礼を言わないと。

 痛みのなくなった右手を少し動かすと、ズボンのポケットに自分の肌とは違う、尖った物が当たった。


 あぁ────そういえば、もらったっけ。

 あれ?でも、なんで夢の中の写真がここにあるんだろう?

 そっか、ここも夢なんだ────だから、こんなにくるしくないんだ。

 じゃあ、指がうごくようになったら見せてあげないと─────パパとママ、可愛いって、褒めてくれるかな?

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