第3話

「……そんな事言われても、やっぱり僕には信じられません。だって、小学生みたいな男の子が好きだなんて。そんなの変態じゃないですか」

「否定はしません。でも、節度を持った変態です。変態という名の淑女です」

「えぇ……」


 変態と言われても、薫子は怯むどころか、得意気に胸を張ってみせた。


 ドヤァッ!(ブルンッ!)


「……そんな事言って、僕の事からかってるんでしょ。僕だってバカじゃないんだ。そんな嘘に騙されないよ」


 なにが合法ショタだ。


 嘘告にしたって酷い。


 どうせつくならもっとマシな嘘をついて欲しい。


 流石に腹が立ち、翔太は薫子の手を振り払って帰ろうとするのだが。


「嘘じゃありません」

「むぎゅっ!?」


 いきなり薫子に抱きしめられた。


 それも正面から。


 たわわな胸に、思いっきり翔太の顔を押し付けるようにして。


「聞こえるでしょう? 私の胸の鼓動。物凄くドキドキしています。小森君の事が好きだからです。私の気持ち、分かってくれましたか?」

「わ、わかんないよ!? なにも聞こえないもん!?」


 薫子の胸が大きすぎて、心臓の音なんか全然聞こえなかった。


 分かる事と言えば、物凄く柔らかくて、暖かくて、良い匂いがするという事だけだ。


 モンワリと湿り気を帯びた、桃のような甘い香りに、翔太の頭はクラクラした。


 それに凄くドキドキした。


「おかしいですね。もっとよく聞いて下さい」

「むぎゅっ!? ちょ、大野さん!?」


 首を傾げると、薫子は翔太の小さな頭を胸の谷間に収納した。


 そのまま体内に取り込もうとするように、グリグリ、ムギュッと強く抱きしめる。


 翔太は薫子のおっぱいと柔らかな身体に包まれた。


 そこは素敵で幸せな場所だった。


 幼い頃に、母親と一緒の布団で寝ていた時のような温もりと安心感があった。


 けれど、それ以上の罪悪感があった。


 教室でこんな事をしちゃいけない!


 いや、どこであろうと女の子とこんな風に抱き合っちゃダメだ!


 離れたいが、翔太にはそれも出来なかった。


 下手に動いたらおっぱいに触ってしまう。


 それ以外の場所だって、女の子の身体はどこだろうと、翔太にとっては触れてはいけない神聖な場所だった。


 結果、翔太は両手を半端な形で広げたまま、カチコチに固まる事しか出来なかった。


 対照的に、薫子は全身で翔太の存在を味わう様にして抱きしめている。


 それだけでは飽き足らず、翔太の旋毛に鼻先を近づけ、猫を吸う様にして匂いを嗅ぎ出す。


「クンカ、クンカ、ハスハス、スーハースーハー。あぁ、なんて良い匂い……。夢にまで見たショタの匂い……。これは効きます……。脳が痺れる……。最高ぉ……」

「怖いよ大野さん!? お願いだから正気に戻って!?」

「小森君が悪いんですよ? 私の気持ちを疑うから。私はこんなに好きなのに。こんなにも小森君の事を求めているのに。嘘だと決めつけて、相手にもしてくれないんですから。そんな悪い子には、お仕置きです」


 恍惚の表情で言うと、薫子は翔太の匂いを嗅ぎまくった。


 抱きしめて、自分の匂いを擦り込むように頬ずりし、胸の谷間に挟んだ翔太の顔をジットリと見つめた。


 ドロドロに蕩けた顔には、絶対に演技ではないと断言できる迫真の凄みがあった。


「どうですか? 私の気持ち、わかってくれましたか?」

「わ、わかったら、離して……」


 真っ赤になって翔太は言った。


 ドキドキしすぎて、クラクラしすぎて、頭がどうにかなりそうだ。


「ダメです。なにがわかったのか、ハッキリと言葉にして下さい」

「お……大野さんが、僕の事を好きだって事……」


 そんな、まさかと思っている。


 だが、いくら嘘でもここまでするか? とも思う。


 これが嘘なら、薫子は大女優になれるだろう。


「では改めて。小森君、私とお付き合いして下さい」

「それは……」


 翔太は答えに困った。


「どうして? 私の事が嫌いですか?」


 ふるふると、翔太は首を横に振る。


「……わかんないよ。絶対に嘘告だって決めつけてたから……。僕なんかが誰かに好きになって貰えるなんて思ってなかったし……。どうしたらいいのか、わかんないよ……」


 泣き出しそうな翔太の顔に、薫子は胸を締め付けられた。


 そこからしか得られない至上の栄養素でもあるというように、ゾクリと身体を震わせる。


「信じてください。私の事を、私だけを。私は絶対に小森君を裏切りません。壊れるくらいに愛し尽くして、絶対に幸せにしてみせます」

「……いや、壊されるのは困るけど……」


 恐怖はある。


 ショタコンとかなんか怖いし。


 また騙されるかもしれないという疑念も完全には拭えない。


 それでも翔太は思ってしまった。


「……大野さんの事、信じてもいいですか?」

「――ッ!?」


 恐る恐る放った言葉に、薫子は破顏した。


「はい! 勿論、えぇ。信じて損はさせません。うふふ、あはは。やった、やったぁ。これで私達、カップルですね!」


 猫のようにすりすりと、薫子が翔太のこめかみに頭を擦りつける。


「う、うん……」


 子供のような喜び方に、翔太は何故か不安になった。


「……でも。僕なんかで、本当にいいの?」

「小森君がいいんです。小森君だから好きになったんです。言わせないで下さい。恥ずかしいので」

「ご、ごめんなさい……」


 ドキッとして、翔太は視線を逸らした。


 今更ながら、薫子の事を可愛いと思ったのだ。


 そんなことは最初から分かっていたはずだが。


 それにしたって今の薫子は、それまで以上に可愛く見えた。


 どう考えても自分なんかでは釣り合わないと思うのだが。


「……大野さんって、ちょっと変わってるね」


 本当は、ちょっとどころではなく変わっていると思う。


 ショタコンの変態の大変人だ。


「そうですよ。知りませんでしたか?」


 薫子は悪戯っぽく舌を出した。


 翔太は胸が苦しくなった。


 その意味が分からない程度には、翔太は中身もお子様だった。

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