第4話
「おはようございます。小森君」
「……おはようございます。大野さん……」
幸せそうな笑顔を浮かべる薫子に、翔太はぎこちない様子で挨拶を返した。
翌朝。
翔太の家の前での事だ。
(昨日の告白……。夢じゃなかったんだ)
薫子の顔を見るまでは、なんとなく信じられない気持ちだった。
こうして面と向かっても、いまだに信じきれない自分がいる。
都合の良い夢を見ているような、あるいは騙されているような。
疑うなんていけない事だし、信じると決めたのは自分である。
信じたいとも思っているが……それでも、どうしても拭いきれない不安が心の片隅に居座っている。
これまでの不遇と裏切りの数々を想えば、そう簡単に人を信じる事など出来ないのだろう。
仕方のない事だとしても、翔太はなんとなく申し訳ない気持ちになった。
なぜなら薫子は、翔太の為にわざわざ家まで来てくれたのだ。
嬉しいかと聞かれると、翔太としては複雑な心境だったが。
「……えっと、その。本当に一緒に登校するの?」
「そのつもりで来たのですけど。小森君がどうしてもイヤだと言うのなら無理にとは言いません。いつもより早起きをして、わざわざ反対側から駆け付けましたけど、そんなのは些細な事。小森君と一緒に登校するのをとてもとても楽しみにしていたのですけど、全然へっちゃらです」
笑顔で語る薫子の言葉が、罪悪感の矢になってグサグサと翔太の胸に突き刺さる。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて! 大野さんの気持ちは嬉しいし、わざわざ来てくれた事にも感謝してるんだけど……。ただ、その……」
半泣きで慌てる翔太を見て、薫子はゾクリと肩を震わせた。
あぁ! 朝から可愛い合ショタの愛らしい半泣き顔を見られただけで早起きした甲斐があった! やっぱりショタは最高だぜ!
そう言いたげな顔である。
翔太が顔を上げる頃には、そんな本性は綺麗さっぱりしまっていたが。
「不安なんだ……。大野さんって人気者だし……。僕なんかと一緒に登校したら、みんな驚くって言うか……色々大変になっちゃうんじゃないかと……」
「それについては昨日話し合ったと思うのですが」
「……それはそうなんだけどさ……」
昨日の告白の後、薫子と今後の身の振り方について話し合っていた。
今日一緒に登校するのも、その時決めた事だった。
「小森君が私達の関係を隠したくなる気持ちは分かります。こんな素敵な合ショタ男子とお付き合いしていると周りに知られたら、学校中のショタコン達に嫉妬されてなにをされるかわかりませんから」
「いや逆……。っていうか、そんな人大野さん以外にいないと思うんだけど……」
「は? いるが?」
「ひぃ!?」
突然薫子は真顔になった。
「小森君は知らないかもしれませんが、ショタコンというのは一般性癖なんです。みんな心の中では小森君の事を可愛くて仕方ないと思っているんです」
「そ、そんな事ないと思うけど……」
「何故そう思うのですか?」
「だ、だって、意地悪されてばっかりだし……」
「それはあれです。小森君が可愛すぎるからです。可愛さ余って憎さ百倍というでしょう? 可愛すぎてついイジメたくなってしまうんです。キュートアグレッションと言って、科学的にも証明されている現象です」
「そ、そうなんだ……」
うっそだぁ~! と思うのだが、薫子の目が本気過ぎてつっこめない。
「ま、まぁ、そういう人も少しはいるだろうけど……」
「いっぱいいます! そんな人ばかりです! ああ可愛らしい憎たらしい、可愛すぎてたべてしまいたいくらい……」
「ヒェッ」
じゅるりと口元を拭う薫子に、翔太は恐怖した。
飢えたライオンを前にしたウサギの気持ちである。
「ご、ごめんなさい。私とした事が、小森君が可愛すぎてつい暴走してしまいました。今のは比喩で、それくらい小森君の事が好きという事です」
「う、うん……」
果たして本当に比喩だったのだろうか。
先程の薫子なら、翔太の事を頭からガブリといってもおかしくなさそうだ。
「ほ、本当ですよぉ! 確かに私の中にも小森君をイジメたいという暗い感情がある事は否定しませんが――」
「えぇぇぇ……」
「思うだけ! 心の中にあるだけ! ちゃんと自制してますから! 私だって淑女の端くれ。いくら小森君が可愛くたってショタコンの暗黒面に落ちるわけにはいきません!」
「ショタコンの暗黒面……」
パワーワードに、翔太は眩暈がしてきた。
「と、とにかくさ。僕としては、大野さんと仲良くしてる事に嫉妬される方が怖いと言うか……」
普通に考えて、そっちのリスクの方が怖い。
だって薫子は全男子が憧れるスーパー美少女だ。
美しくも凛とした振る舞いは女子にだって人気がある。
そうでなくとも翔太はみんなにバカにされている学校一のチビ助だ。
そんな奴が彼女なんか作ったらバカにされ、イジメられ、からかわれるに決まっている。
しかも相手が薫子となれば、なんて生意気な奴だ! と非難轟々、全校生徒を敵に回す事態にもなりかねない。
端的に言って身の破滅だ。
「平気です。私が守りますから。昨日言いましたよね?」
「そ、そうだけどさ……」
確かに言われた。
ハッキリと。
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