2  亀松のおやしき

『だれか来たぞだれか来たぞ』


 とつぜん、キワ子の頭の上から声がした。

 見上げると、かやぶき屋根をのせた門の右側の柱から、にゅっと飛び出した四角いぼうに、荒縄で上の2カ所を留められて、四つ切り画用紙ぐらいの木の板がぶらさげられていた。その板の節が口のように動いて、しゃべっているのだ。

「こんにちは」

 キワ子は木の板に向かって、おっかなびっくり、あいさつをした。


『今日、10才になった女の子だね』

 木の板は陽気な調子で言った。

『そこにあるで、ぼくをたたきなよ』

 見ると、門の柱の手に取りやすい高さに、が下がっていた。金づちのきょうだいみたいなものだ。木でできている金づちだ。いや、木だから金づちじゃない。

『10回ほど、たたいていいよ。君は10才だからね』

 言われるままに、キワ子は、を左手に取り、まずは1回、木の板をたたいてみた。

 コーン。

 思いがけなく、すんだ音が響いた。

『もうちょっと、力を込めてくれてもいいなぁ』

 木の板は物足りなかったらしい。

『君くらいの女の子にたたかれるのが、ぼくはいちばん好きなんだ』


 ならば、えんりょなくと、キワ子は残りの9回をたたくことにした。

 コーンコーンコーンコーンコーンコーンコーンコーンコーンコーンコーン。

 10回より多くたたいてしまった気がした。

『まれ人(客人)、来たりぃ。まれ人、来たりぃ』

 木の板は、ろうろうと告げる。


 その声に応えるように、山の木々がざわめいた。緑の声で歌いはじめた。


  いちじく にーんじん

  さんしょに しーたけ

  ごぼーに むくろじゅ

  ななくさ はくさい

  きゅーうりに とーがん

  とおーになったら おーいーでー



「よぉ来ましたなあ。七ノ木ななのきんのところのキワ子ちゃん」

 いつの間にか杖をついた、くすんだ色の着物姿のおばあさんが、門の向こうに立っていた。

 キワ子は、ぴょこんとおじぎをした。

七ノ木ななのきキワ子です」


亀松かめまつ音羽おとわじゃ。亀松かめまつの婆と呼ばれて久しい」

 おばあさんは杖をついていない左手で、おいでおいでをした。

 キワ子が、おばあさんに近づくと、枯れ枝のような手を伸ばしてきてキワ子の、右肩、頭の右の方、右腕を伝って右手を探し当てた。

「手をつないでおくれでね。わしゃ最近、とんと目ぇがわるうなってな」

 亀松かめまつばばの手は、ひんやりして、しわしわの手ざわりだった。

「よし」

 そしてうなずくと、目が見えないと言ったわりに、ずんずんとおやしきの庭の奥へ歩きはじめた。

「キワ子ちゃんは亀松かめまつのやしきは、はじめてじゃったな」

「はい」

 キワ子は、ちゃん付けで呼ばれることに、まゆをひそめたが、亀松かめまつばばは、小学5年生も幼稚園児と同じなのだろう。話を続けた。

「このやしきの奥に、おやしろがあるのじゃ。神さまが、キワ子ちゃんがとおになったお祝いをくださる」


 キワ子は、すぐに質問した。

「おとうさんとおかあさんに、知らない神さまから物をもらっていいか聞いて来てもいいですか」

 亀松かめまつばばは目を丸くして、「いやさ、しっかり者であることよ」と、ひーひーと吸い込むような笑い声をあげた。「亀松かめまつトメ吉と七ノ木ななのきソワの子であるトク太郎がクマとの間になせし子、マタ三郎に面影おもかげが似ておるわ」


 そうだった。

 家族のルーツをしらべようという社会科の課題を、キワ子は思い出した。 亀松かめまつトメ吉という人が、七ノ木ななのき家に、むこ養子に入ったのだ。 

「そういえば、クラスの子の何人かも、祖先をたどって行くと、亀松かめまつ名字みょうじの人がいました」


「そうさね。ここは、そういう村さね」

「そういう?」

 キワ子は聞き返した。

「おぉ、聞き流さないとは、なかなかだ」

 亀松かめまつの婆の笑い方は、1回、こぉぉと引くから、息が止まったかと心配になる。

「ここはな。もともと、の者たちの、かくれ里なんじゃよ。」

「まつろわぬ?」

「ま、つ、り、ぬ、い」

 亀松かめまつの婆は、しわだらけの口元を、ゆっくりと口を開けたり、すぼめたりした。

「大昔に、都の大王おおきみの追っ手から逃げて逃げて逃げて、かくれたのさぁ」

「悪い人たちだったってことですか」


「いやいや」

 亀松かめまつばばは、ゆっくりと頭をふった。

「向こうにとっちゃあ、わしらがこわかったってことさ」

 ふたりは、ゆっくり歩きながら、かやぶき屋根の家のひとつにたどり着いた。

「さて、それで、キワ子ちゃん。神さまから、おくりものをいただく決心はできたかの」


 決心も何も、おくりものを神さまからもらうためにキワ子は、ここにいる。

 両親に、いってらっしゃいと送り出されたのだ。

「はい。いただきます」

 キワ子は元気に答えた。


(もらえるものは、もらっておこう。気に入らなかったら、ネットのフリーマーケットで売ってしまえばいい)

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