4  洞穴のおやしろ

 キワ子は気がついた。

 岩場に、しゃがみ込んでいたのは、一ノ瀬いちのせアンズだった。

 同じクラスだが、あまり話したことがない。そのツインテールのアンズが、べそべそ泣いて、しゃがみこんでいた。彼女もモモンガコートを着ていた。彼女の名前の通りにアンズ色のコートだ。

奇遇きぐうですね」

 キワ子は、本で覚えた言葉を使った。すぐに、アンズに「土偶どぐうですねって失礼ね!」と、にらみ返された。

 小学5年生で、奇遇きぐうという語句を話す女子と、それを土偶どぐうと聞きまちがえる女子だった。

 そういえばキワ子とアンズは、いつもこんなふうに話がかみ合わないので、自然に話さなくなったのだ。


「それじゃ!」

 さよならの意味で左手を軽く上げたキワ子は、アンズにどなられた。

「置いていく気!」

 キワ子は、しかたなく立ち止まった。置いて行くも何も。たまたま会っただけだ。

「あなたも10歳のお祝いに、亀松かめまつばばさまに呼ばれたんでしょっ」

 アンズは、手負いのイノシシのような顔をした。

一ノ瀬いちのせさんも10才だったんですか」

「同級生だから、10歳に決まっているでしょっ」

一ノ瀬いちのせさんも祖先をたどったら、亀松かめまつの人だったわけですか」

「そうよっ」

「10才になった、おくりものがもらえるわけですね」

「もらったわよっ」

「何、もらったんですか」

 今日は意外と会話が続いていた。


「あれよ!」

 アンズが指さしたのは地面の割れ目だった。何も見えなかった。

「重くて、さっき、落としちゃったのよ!」

 アンズが指さした地面の割れ目の奥は、真っ暗だった。

「どうしようもないですね」

 キワ子は気の毒にという顔だけした。それにはアンズも気がついて、怒りで鼻の穴が広がっていた。

「ひろうの手伝いなさいよっ」

「今日は、なんでもひとりでする日らしいんで」

 キワ子は、アンズを置いて先に進むことにした。

 ふたたび、キワ子はモモンガコートの両手を広げて、すぅぅと飛んだ。その頃には、ひとけりで3メートルくらい浮かぶことができるようになっていた。


 洞穴の中は、アップダウンが激しい。足元も、エナメルのよそいきのくつで来るところではない。モモンガコートがなければ、こんな奥まで来ることはできなかっただろう。

 ふしぎなのは、あたりが、ぼぅっと明るかったことだ。洞穴どうけつの岩自体が、発光している。

 洞穴の天井からは、つららのような岩がたれ下がり、足元はタケノコのように、にょきにょきと岩が生えている。つららとタケノコが互いに伸びていき、空間でくっついていた。それで柱となっていた。そういう柱が何本もある。

 とりわけ大きな、ふたつの柱が、キワ子の行く先に見えて来た。

 ふたつの柱の間は、モモンガコートで両手を広げても、すり抜けられると思えたので、キワ子は迷いなく柱の間をくぐり抜けた。


『よ、う、こ、そー』

 場にそぐわない、軽い声が洞穴に反響した。


 どこから声はするのだろう。

 たいらな岩に降り立ったキワ子は、きょろきょろと、あたりを見渡した。

 誰もいない。

かーみーさま、でーす』

 声だけがする。

『10才のおたんじょう日、おーめーでーとー!』

 いささか、小学5年生の女子に対する呼びかけにしては、低年れい向けの呼びかけだと、キワ子には思えた。でも小学校で率先して、あいさつ運動をしているキワ子は元気よく答えた。

「はい。ありがとー!」

 

『お、く、り、も、のー!』

 神さまは、まさに子供向けのイベント司会者のように言葉を区切ってきた。

『大きくて重いつづらとー、小さくて軽いつづらー』

 かつ舌が、いい。

『好きなほうをえらんでー』


(あぁ)

 キワ子は察した。

 一ノ瀬いちのせアンズは、たぶん、大きくて重いつづらを選んだ。

(ここは小さくて軽いつづらを選ぶべきなんだ)

 昔話で、さんざん聞かされる、くだりだ。

 小さいつづらに、よいものが入っているから、善良なおじいさんは小判を手にするのだ。それで、欲深じいさんは大きなつづらを選んで、とんでもない目に合うのだ。

 しかし、キワ子は、さらに考えた。

「中身、見ていいですか」


『えっ。長いこと、中身、見てからって言った子、はじめてだよぉ』

 神さまの声がひっくりかえった。

「でも、中身見たほうが好きなほう選べるし」

 キワ子の返答に神さまは、『現代っ子ぉ。何が出るかなって、わくわく感とか。失敗しちゃったーっていう経験とか。大事じゃないのぉ』と、困惑しているようだ。


「わかっているしょうへき障壁に、わざわざぶち当たる必要ってあるのかな」

 障壁しょうへきという言葉は、キワ子が最近覚えた言葉だった。


『映画、ネタバレ見てから観に行くタイプだぁ』

 神さまは苦笑いした。しかし、神さまは大人の中の大人なのだ。

(フフフ、たしかめさせたあとに中身を入れ替えよう)

 そう考えていた。

 だが、キワ子の考えていることは、その神さまの想像をはるかに、ぼう高とびした。

「――それか、その贈りものは、恵まれない子供たちのために寄付してください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る