第1話


 「う、ぐぅうう・・・」



全身が軋んでいる。


途轍もない衝撃が自分を襲った様な気がする。


だが不思議と怪我は見当たらない。



「一体・・・此処、何処なんだ?」



くらいくらい森の中、それも途方もない程巨大な木の立ち並ぶ中。


或いは自らが小人にでもなったのではないかと思う程、そしてそんな事をしている暇はないと思いつつも半ば現実逃避気味に辺りを見回し地面にある土を触り全てが巨大化してたらまんま不思議の国の〇リスだな、と頭の中に思い付いた一説を否定する為に検証し始めた。



「うん、セーフ!」



いや、どう考えてもアウトだ。


頭を抱えて蹲った。


何が何だかよく分からない。


唯一分かるのが今自分は混乱しているという事だろう。


アニメとかだったらグルグルお目目してるんじゃないのかとオタク思考が混ざってくる。


だが現実はようやく酒を飲める程の年齢の日本人青年男性が醜態をさらしているだけだ。


吹き付ける風が湿っていて何処となく気持ち悪い。


まず間違いなく巨木やそれらを取り囲む草や花の所為だろう・・・。


そうしてそこでふと気づく。



「虫の一匹も、存在していない・・・?」



生命体が見当たらない。


森という中にいて、自然環境というその中にいて、明確にいて然るべき存在がいない。土の中、草の裏、ある程度辺りを見回しても姿も、耳を澄ましても鳥の鳴き声や虫のさざめきも聞こえない。


森があるのは生命あってこそといっても良い。生命があるからこそ森が出来上がる。


環境というものは生命の循環が付き物だ。


それがない。


・・・え?やばくない???



「ここ、生命が存在していけない程やばい環境・・・って事?」



何かとんでもない事が起こっている。


そう気づいたのは、巨木により殆ど日が差し込まない暗い森の中を生温い湿った風が吹き抜けた時だった。



 歩き続ける。


一体何時間たっただろう。


何故か疲れてこない。食べ物も見当たらない。


食えそうなものが見当たらない。


辺りの雑草や木に齧りつくのは飢えが限界に達した時かなと思うぐらい歩いた。


野生動物も見かけない、虫も変わらず。


生命のいない死んだ森。


原初の地球ってこんなんかな?とも思う。じいちゃんがいってた昔の北海道もこんぐらいデカい木があったって言ってたな・・・だけどそれより更に一回りはデカいと思う。天辺見えねーし。


俺は便宜上ここを半分死者の国だと思っていた。



「水は朝露とかあったら飲もうとか思ったけど口に運ぼうとした瞬間飲めなくなった・・・掌からも、服に湿らせて吸おうとしても、直接口を付けても。」


湿った風がある時点で水はあると思ってたしそこらをあるいて得た体にべたついた感覚は容易にその発想に辿り、サバイバルをするなら必須な水を摂取しようとするも失敗。


食べ物も、水も、何も口にする事も出来ず。


ただ彷徨うだけ。



 食い物、見つからない。


辺りの植物を口にしようとすると体が震えだした。


どうしようもない嫌悪感とせりあがって来た嘔吐感によりどうしても喰らいつけない。


それも飢餓感が薄いからだろう。



「俺、もう死んでるっぽい?」



だが俺の本能とでもいうべき感覚がこの森に長く留まると死ぬだろう事を直感させる。



「これが臨死体験って奴?」



独り言が増えている。


死者の国を彷徨う生者がいるとしたら多分俺みたいな感じになるのかな?それともこの瞬間俺病院のベッドの上で寝ててこの森で諦めたら死に向かって行っちゃうーーみたいな、そんな事になってんじゃないか?


鼻に付く草木や泥、森独特の匂い、足の感覚、息を止める感覚、唾を飲み込んで思考する。


いいや、死んでいるならこれはあり得ない。


何よりも俺は一体何処へ向かっているんだろうか?


俺の足は一体何時からこうして動いていたんだろうか?


アレ?俺、一体何時・・・?



「ここに来たんだっけ・・・?」



・・・歩いて、歩いて、歩き続ける。


時間の流れが曖昧で、記憶は摩耗し劣化していく。


人間の機能を失わせ、新たな何かを己の目の前に表し獲得させていく。


ここは昏くて深い森、誰も知れない名を持つ森、試練を与えるただの森。


繋がる先は、鏡の柱のただ一つ。カルス・ニヒツの森の中。銀の扉は開けた者だけが覗き見る、始原の水は乾いてしまう。


ここは何かを捨てなくては出る事のできない森の中、死を得て辿り着く生者が居れない昏き森。



そうしてある日、世界がレベルアップした。



 世界が変革を遂げた。


足が根と化す程の時間、気が狂う程歩き続けて何時しか巨木となっていた。


それらを全て捨て去って、都合の良いものだけを得るようなそんな偶然がこの瞬間確かに彼に訪れた。


巨木と化した筈の一人の人は、空の上から落っこちて、呻いた後にこう言った。



「う、ぐぅうう・・・」



全身が軋んでいる。


途轍もない衝撃が自分を襲った様な気がする。


だが不思議と怪我は見当たらない。



「一体・・・此処、何処なんだ?」



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