現代→ダンジョン世界→現代ダンジョン世界

東線おーぶん

プロローグ


 「う~、さぶい・・・」



北海道の広い自然が辺りの長閑な光景を生み出している。

吐き出す息は白く、僅かに蒸気した肌は鼻の頭が間抜けに赤く染まった証拠だ。

指先が僅かに寒さで悴んだ頃、人気のない祖父の牧場で馬の飼い葉の積み込みをひと段落させ手を擦り合わせた。


北海道は馬の場所だ。


小さな頃から祖父の馬牧場に両親の帰省に合わせて盆等に連れて行って貰う度に祖父にそう教わった。


人の手で開拓し北海道を人の住める場所にしてそれから人は自然と共に歩める様にしてきた、その友達として多くの苦労を共にしてきた掛け替えのない絆があるのだと。


馬の背に乗ったり、顔を舐められたり、餌をやるのに失敗して指を噛まれた時もそう言って祖父は笑った。


指噛まれたのは教わった通りに餌をやらなかった俺が悪いと怒られたし大した怪我には至らなかったのもあったのかもしれない。そもそもこんぐらいの怪我なんぞしょっちゅうだったし、生き物相手だ致し方ない。


自然というのは生き物を含めるのだという事を俺は祖父と馬に教えて貰った。


自然は恐ろしい。


広大な大地、雄大なる丘、母なる海、冬には一切の者を通さなくなる白銀の森。

日本で天然の氷のカーテンが見れる数少ない場所の一つだと言って連れて行ってくれた。


近年ではそんな自然が珍しいのか観光客を呼び込んでいるらしいが、俺にはどことなく不敬に感じている。


神秘さを感じたからだ、自然に。

言葉を飾らずにいうならばこれは俺の信仰と言っても良いのかもしれない。


人の手ではどうにもならないモノに、底知れぬ恐ろしさと尊さを感じた。


それを軽く扱う事に僅かに鼻白む事を感じている。


勿論、人の生業だ。


観光業として人を呼び込む事をしなければ廃れていく事の悲惨さも牧場というものに関わっていれば理解できる。


人の居なくなった所には生気がなく、活気が無くなる。


其処がまるで人の住むべき場所では無くなったのではないか?と疑問に思ってしまうぐらいには何かが無くなるのだ。


どうしようもない寂しさと自然の力を感じてしまうのは俺のこの信仰の所為だろうか。


現代において、未踏の場所は殆ど無くなったと言っていいと思う。


どうしようもない深海とかはともかくこの広い大地から見える星々と見紛う程の光もその何割かは人工衛星とかだったりするのだ。


空の上から見下ろせば、見えない場所はないしインターネットで世界中は繋がった。


人類は開拓を広げ、宇宙にすら進出して今も尚発展を続けている。


そんな人類は今後自然とどう付き合っていくべきか――。


そんな、大学へと提出する予定のレポートへの思考をしながら体に染みついた牧場の作業を終えていく。


・・・そんな、最中だった。

俺の身に降りかかった出来事は、俺にとって最大の不運であり幸運であった。



 世界は神秘に満たされた。


この行為をなんと呼ぶのか、後に人類は世界の進化だと表現するこの現象。

何という事はない世界にとって起こりえる事の一つ、つまりは自然現象である。


それが人類には観測不可能であった、というだけで。


ある日何処かで人の体の全ての病魔を払う薬草が咲いたとして、それをどうして人が知り得るだろう?


ある日海の底、人間が足を踏み入れた事のない程の深海で、魚が火を吐いた事を。


ある日何処かで小さな虫が、小さく言霊を操った事を。


ある日唐突に時が瞬きの程止まった事を。


ある日あの世とこの世であの世がこの世に近づいた事を。


ある日神様がいた証が世界に根付き、蔓延った事を。


ある日超常の神秘が世界に現れても良い、とされたその瞬間を。


人間は、全てを知り得ない、故に、人は、生と死、不定と決定からは逃れる事は出来ない。


故、この世界に不可思議が蔓延しきったその頃に———。


人が神秘というソレに、理解不能の事柄に気付いたのはどうしようもなく遅すぎて、自分達の身に———神秘が降りかかってからだったのだが。



――世界で神秘が満たされただけだったのならば、どれだけ良かった事だろう。

問題はその神秘が、自然現象が、小さな小さな歪を産んだ事である。


全てのものは繋がっており断絶は因果において存在しない、断絶するならば必ずそこに繋がる因果がある。


――ある日、人が一人、世界により弾き飛ばされた事。


ソレが俺の最大の不運であり幸運であった。


そうして俺は、この世界の何よりも誰よりも――世界さえも恐らくは意図しない挙動をした。


・・・この歪みは神秘を伴った世界最初の奇跡であり例えるならばシステム導入前のアップデートを行う為の入り口を創る行為である。


当然、神秘が適用された世界では全ては何の問題もなく働く理だ。進化前の世界だからこそ反応するもの、進化の前の適用、順応、それがこの小さな歪でありバグと呼んでしまえるものなのかもしれない。


そうして神秘はその性質上、最も古きモノに力の比重は傾かれる。


高きから低きへと水が流れるように自然の法則に乗っ取ってこのバグにも神秘が与えられた。


 始まりと終わりの場所、セラフの間、円環の終着点、ユニバースエンド、輪廻の中心、ドローレンズの神針、ウロボロスの終末、神の泥、銀の扉の13番目、始原の水、鏡の柱のただ一つ、カルス・ニヒツの森。


どれも当てはまるようで当てはまらない。


そんな空間が、世界の歪。


最も古い神秘であり、世界が進化するその前に神秘が存在した世界にただ一つの特異点。



――この俺、海戯 千弦が放り込まれる事になる場所で。


【世界で最も古く最も新しい現代ダンジョン】である――。

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