新婚夫婦のすれ違い(カクヨム限定番外編)

「新婚生活はどう?」

 

 執務机に座る幼馴染は、セインの顔を見るなりニヤッと笑ってそう言った。

 

「マルク……。そんなことを聞くために俺を呼び出したのか」

「そんなこと? 隣国から嫁いできたお姫様が何不自由なく暮らせているかは、同盟を維持するためにも大事なことだと思うけど」

「リゼリアは元気にしている。ザールセンでの暮らしにも慣れてきたようだ。先日、式で会っただろう」

 

 至急だというから軍事演習を抜けてきたというのに、大した話ではなさそうだ。

 セインは踵を返して部屋を出ようとする。

 

「ちゃんと二人の時間は設けてる?」

「……」

 

 勿論だ、と即答できないセインは扉の前で足を止めた。

 

「最近遅くまで残ってるって話を聞くけど、仕事ばかりしていると、愛想を尽かされるよ」

「……」

 

 思い当たる節のあるセインはドキリとする。


 近頃、仕事で帰りが遅いのは事実だ。 


 リゼリアを迎えてから挙式までの間、仕事をセーブしていたことや、国王の領土視察に向けた準備もあって、仕事が溜まりに溜まっている。


 家に帰るのは大抵深夜だ。

 

 夜はリゼリアを起こすといけないので、別の部屋で寝ているが、一緒に朝食をとり、出がけに「愛してる」と言って口づけをすることは欠かさない。


 セインなりに十分愛情表現をしているつもりだったが、足りていなかったかもしれない。

 

(愛想を……尽かされる……?) 

 

 ぎこちなく振り返り、「リゼリアには何も言われていないが……」と言うと、マルクに鼻で笑われた。

 

「馬鹿だな。寂しいと思っていても、あの子がお前の仕事の邪魔になるようなことを言うわけないだろ」

 

 頭を思い切り殴られたような衝撃を受け、セインは立ち尽くす。


 確かに、マルクの言う通りだ。


 あと一月もすれば仕事が落ち着くので、休みをとって新婚旅行に出ようと思っていたが、そのことをリゼリアに伝えた記憶がない。


 リゼリアが今この瞬間も、一人寂しい思いをしているのだとしたら――。

 

(自分を思いきり殴りたい)

 

 マルクは「早く二人の子が見たいんだけどなぁ」と勝手なことを呟いている。


 いつもなら「リゼリアは純粋無垢なんだ。急かすな」と怒るところだが、今は自分に対する苛立ちの方が大きい。

 

「帰る」

「えっ!? 用事は他にあったんだけど! おーい! 大丈夫かな……」

 

 セインはそのままふらふら部屋を出て、王城まで同行していた部下にひどく心配されたのだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「何かお悩みですか?」

 

 メイドにそう聞かれてはじめて、リゼリアは自分が溜め息をついていたことに気づく。

 

「あっ、いえ、何でもありません」

 

 慌てて誤魔化すが、アマリーは何もかも見透かしたように慰めの言葉をかけてくれた。

 

「旦那様のことでしたら、あまりお気になさらないでくださいね。リゼリア様が来る前はこんな感じで仕事ばかりでした」 

「そうだったんですね」


 そう。リゼリアが考えていたのはまさに旦那様――セインのことだ。


 最近、セインの帰りが遅い。


 もともと口数の多い人ではないが、以前にも増して会話する頻度が減り、口づけも、ついに朝の出がけ前だけになってしまった。


 眠る時も当然、別々の部屋だ。


(毎朝愛してると言ってくれるし、アマリーの言う通り、仕事が忙しいだけだよね)


 そう思うのに、ふとした瞬間、何か気に障ることをしてしまったのではないか、飽きられてしまったのではないか、と思って胸が苦しくなる。


 祖国では、姉やメイドによく「つまらない女だ」「人を苛立たせる天才だ」と言われていたので、余計に不安になるのだ。


「結婚して安心されたのでしょう。奥様を放っておくのは良くないと思いますけどね」

「セイン様が私との結婚に満足されているなら良いんです。ただ……夫婦なら普通は、その……色々ありますよね」


 アマリ―は紅茶を準備する手を止め、猫のように大きな目でリゼリアを見つめている。


「何もないんですか?」

「……何の進展もありません。私に魅力がないからでしょうか」


 自分から話を切り出したのに、恥ずかしくてもじもじするリゼリアに、アマリーはふっと笑いかける。

 

「それは旦那様が意気地なしか、もっと先で良いと思っているかのどちらかでしょう。焦る必要はないと思いますが、もし先に進みたいのなら、リゼリア様から切り出した方が良いかもしれません」

 

 アマリーは、テーブルにティーカップをそっと置く。

 淹れたての温かい紅茶を一口飲むと、少し心が落ち着いた。


(私から切り出す、か……でも、どうやって?)


 リゼリアはちらっとアマリーの方を見る。

 窓の外に視線を向けていた彼女は、突然「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。

 

「そういえば、洗濯物の途中でした! 私はしばらく席を外します」

 

 そう言うと、給仕のワゴンを残したまま、そそくさ部屋から出て行ってしまう。


(どうしたんだろう?)


 あと数刻も経たないうちに日が暮れる。こんな時間に洗濯をすることがあるのだろうか。


 不思議に思っていると、ノックもなしに勢いよく扉が開く。


「リゼリア!!」

「セイン様?」


 アマリ―が戻って来たのかと思ったが、現れたのは息を切らした旦那様だった。


「どうかされましたか? もしかしてお怪我を?」


 まだ外が明るいうちにセインが帰ってくるなんて。きっと何かあったに違いないと、リゼリアは慌てて駆け寄った。


「いや、違う……その。君が寂しい思いをしているのではないかとマルクに言われて……」


 部屋に飛び込んできた時の勢いは消え失せ、セインは言葉に詰まりながら返事をする。


「それで、急いで帰ってきてくださったのですか?」

「そうだ……が、自意識過剰だったかもしれない」


 恥ずかしそうに視線を逸らすセインを前に、リゼリアは瞬きを繰り返す。


 ここ最近の悩みが、一瞬で馬鹿らしくなってしまって、思わず声を漏らして微笑んだ。


 嫌われたわけでも、飽きられたわけでもない。

 本当に仕事が忙しく、他のことを考える余裕がなかっただけなのだろう。


 不器用で、真っ直ぐなこの人が愛おしい。


「ありがとうございます。少し寂しかったですけど、私なら大丈夫。一人でいることには慣れていますから」


 何の気なしに言った言葉だが、セインはそれを聞くなり顔色を変え、リゼリアを抱き締めた。

 

「耐えることに慣れては駄目だ」


 叱るような、悔やむような、強い口調にリゼリアは驚く。


「悪いのは、そんなことを言わせた俺だが……」

「セイン様は何も悪くありませんよ」


 リゼリアはそっと、セインの背中に手を回す。

 トクトクと、鼓動の音が聞こえてくる。温かくて心地よく、ほっとする。


(そうか)


 このごろ不安に思うことが多かったのは、寂しかったせいかもしれないと腑に落ちた。


「俺はこの通り察しが悪い。汲み取る努力はするが、思うことがあれば率直に伝えてくれたら嬉しい」 


 その言葉を聞いて、リゼリアはアマリーに言われたことを思い出す。


 もしかしたら彼は、リゼリアのことを純粋無垢で何も知らないお子様とでも思っているのだろうか。


「セイン様、それなら、あの……」


 夫婦の営みを、と言おうとして口ごもる。


「何だ?」

「……今夜は一緒に寝てくださいませんか?」


 今のリゼリアにとっては、それが精一杯の誘い文句だった。


「勿論だ。夜起こすと悪いと思って控えていたが、嫌でないのなら毎晩一緒に寝よう」

「……は、はい」


 何だか伝わっていない気がする。

 リゼリアが思った通り、その日の晩は何事もなく過ぎていった。


 抱き締められて眠るだけで、リゼリアは十分幸せなので、セインが今の夫婦関係に満足しているならそれで良いのだが――。


 後日、話を聞いたマルクが「精一杯勇気を出して誘ってくれただろうに最低だ」とセインを叱るまで、二人の健全で幸福な夜は続くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無能の姫は黒騎士の愛に溶かされる 藤乃 早雪 @re_hoa_sen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ