第6話 ラブホテルでの勤務、開始です ②
「意外と仕事たくさんあって驚いたと思いますけど。今日はプレ清掃だけきっちり覚えるようにとの、ケイカさんからのお達しです」
「はい」
それから、お客様ご来店してからの流れを大まかに説明されました。
「ここは鍵手渡しするシステムではないので、入り口ロビーのタッチパネルからお客様が好みの部屋を選び、そのまま選んだ部屋まで直行してくれるので、楽ですよ。ただし、選択肢の人数を誤魔化したり、間違えたりしたまま入店される方多いので、そこは本当に注意してください」
「はい」
「規則として、必ず監視カメラでどのようなお客様がご来店ご入室したのか目視するよう、義務付けられています。これまで基本的に男女カップルやご夫婦なのか、お一人様利用なのか、三名以上のご利用なのかだけを、徹底的に把握していたんですけど。今では性別だけでなく、年齢や服装も大まかに記載するようになりました。デリヘルさん二人目呼ぶ方とかお金ケチりたい方とか、料金加算されるのが嫌で、変にチェンジキャンセル装ったり、仲間内で一人帰ってそれから新しい友達入室する際、全くの別人なのに同一人物装われたりされるケースが多発してまして、ホント気をつけてください」
「は、はい。気をつけます」
私に説明しながら、コウノキさんはパソコン画面の受付表に必要事項を打ち込んでいきました。
こちらのラブホテルは六階建て。お客様がご利用される部屋は、二階以上。
受付表を見るに、現在半分は空室のようでした。
「あ、そうだ。先ほど話したチェンジキャンセルなんですけど。デリヘルさん呼ぶ方、結構あります。デリヘルさん呼んだのに、すぐに帰らせる方は、まさしくそれです。写真と違うとか、実際対面したら好みじゃないとかの理由で、チェンジやキャンセルされる方、意外と多いんですよ。極稀に指名してない子が間違えて来たってケースもありました」
「そうなんですね」
「はい。男性一人でご来店して、そのような場合、五分以内にデリヘルさん帰らしてくれるのであれば、こちらもチェンジキャンセルの主張疑わない姿勢で、新しいデリヘルさん呼んで入室しても、三名料金にはしません。二名料金のままにします。ただ、十分経過してしまうとグレーゾーンなんですよねぇ。チェンジキャンセルするに至るまで、キャンセルされるデリヘルさん部屋にいさせたまま十分とか十五分経過するって場合、本当にあるとは思うんですけど。十分過ぎると、デリヘルさん呼んだ人にしろ、デリヘルさんにしろ、早い人はやることできちゃうんで、こちらとしては嘘ついてないか勘ぐりますし、本当困るんですよ。一応現段階では、お客様の言い分信じる方針ですが、あまりにもそういうこと多発されると、方針変わるかもしれません。一時期、十五分以上の滞在は強制的にチェンジキャンセル認めないようにするか、社長たちで議論あったみたいですし」
腕組みし、コウノキさんは盛大に息を吐き出しました。
現場の本音ってやつですね。
自分もそのケースに遭遇したら、すごく困ると思いました。
「あと、そうだ。今後判断に困ると思うので、伝えておきますが。滞在時間十分弱で、シャワー使用した上に、きちんとやることすましてお帰りになられた若いカップルも、実際いらっしゃいます。滞在時間短いので一時外出かなと心配するも、結局お帰りになられるケース、結構あるんですよね。何もそんな生き急がなくてもというか、どれだけ早く出れるかチャレンジみたいなことしなくてもいいでしょうに、と個人的には思いますが。ご宿泊をどのようにご滞在し退出なさるかは、お客様次第ですので」
若さありきのエネルギッシュな性欲、生命力、活動意欲は、凄まじいことを知りましたね。
その他、受付の作業を大まかに教わりつつ、ご退出されるされる部屋があったので、お客様と鉢合わせしないようにしながら、退出された部屋のある六階へ向かいます。
「ラブホテルによって設備は違いますが。ここでは、料金が一番高い六階の部屋に限り、ナノバブルシャワーヘッドがある広い浴室、ナノケアドライヤー、特大テレビが完備されています。そして、会員登録してある方は、ここと同じ系列のマッサージ店とカラオケ店の割引クーポンが配布されます」
そういえばオキトさん、以前はこのラブホテルに勤務しており、今現在はそのマッサージ店の副店長の一人なんでした。
マッサージなどの施術は行わず、それ以外の作業を任されてるっていってましたね。
「この部屋ですと、カラオケは一時間無料クーポン、マッサージ店は肩もみ十分間無料クーポンないし六十分コースの三・四千円割引クーポンなどが配布されるそうです」
「そうなんですね」
やはり一番高い部屋とあって、広々としており、壁紙などのデザインや謎のモニュメントも凝っていました。
「今から、プレ清掃について教えますね。順番は特に決まっていませんが、基本的に最初は窓を開けて、エアコンの電源を消して、部屋を明るくもしつつ、ベッドから始める感じですかね」
「分かりました」
「全部屋喫煙可能だから、仕方ないんですけど。煙草臭いってクレーム、結構くるんですよ」
「そうなんですか」
カーテンを開き、四か所ある窓のロックを外し、全開にします。
全開といっても、外側に向かって斜め四十五度くらいしか開きません。そしてその隙間から、洋館とかに見られそうな面格子が見えます。
「落下防止の面格子が取りつけられているんですね」
「うーうん。違うんです。それ、逃亡防止です」
「へ?」
「社長のご友人のラブホで、お金支払わずに窓から逃げ出したお客さんいたんですよ。しかも、十一階。三十メートル上空だったかな、電柱の電線にしがみついてまでして、逃げようとして、ニュースになってました。結局、捕まりましたけどね。そのことがあって、ここでも同じようなことが起きないようにと、定期的に行われる改装の際、設置されたんです」
「そんな背景があるんですね」
「はい。無銭宿泊やご利用は、本当に勘弁してもらいたいです。最悪の場合、ケイカさんや社長たちを呼ぶだけでなく、警察沙汰ですから」
「そう、ですよね」
それにしても、十一階の部屋の窓から料金踏み倒して逃げようとするとか。特殊訓練受けたり、特異な身体能力あったとしても、忍者だろうがなんだろうが、やめてほしいですね。こちらの心臓に悪いですし、心底困りますし、何より犯罪ですから。
「それじゃあ、リネン類のカバーを剥ぎましょうか。あの、コンドームとか落ちてたり、精液や尿汚れがあったりするので、これから覚悟はしといてください。たまに、精液やおしっこで湿ってるのか、水含んだタオル置きっ放しで湿っているのか判断つかないこともあるんですけど、その際は匂い嗅ぐしかないんで」
「は、はい」
うん、もう、相当覚悟は決めました。
幸いなことに、初回はそうしたことに遭遇しません。
ごみやタオル類を纏めたり、忘れ物がないか確認したりしつつ、トイレや洗面台ですべきことも教わり、最後に浴室へ向かいます。
とはいっても、プレ清掃においては、ボディタオルや入浴剤のゴミを回収したり、水やお湯が出しっぱなしになっていないかの確認。ローションやオイルなどが残っていたら、熱いお湯で洗い流し、お湯が溜まっていたら抜いて、換気扇と電気をつけっぱなしにするくらいだそうです。
「ここはローションプレイのお風呂用マット的なのはありません。あれあるところは、結構大変みたいですよ、掃除。それでカラー剤とか使われた際には、地獄らしいです」
「お、おぉ。それは、地獄ですね」
「本当ですよね。大分以前に、カラー剤で浴室や洗面器や椅子を変色させ、ケトルでお料理しちゃった方は、流石に損害賠償請求ものだったらしく、弁償してもらって、出禁にしたそうです。社長と付き合いのあるところで共有するブラックリストに載せられたでしょうし、その人、門前払いか要注意人物扱いが一生続いてるはずです」
「自業自得って、やつですね」
「まあ、そうですね。ひょっとすると、ある意味、いい経験だったんじゃないですかね。それで悪いところ改善できたらの話ですが」
「そう、ですねえ」
そうであって欲しいと、願うばかりです。
プレ清掃を一通り終えて、私たちは部屋を出てフロントに戻ります。
本格的な清掃やアメニティの補充などは、お部屋を作るときにするそうです。
エレベーターで一階に到着し、フロント部屋に入る前に、お客様に呼び止められました。
「姉ちゃん、ここって深夜休憩ないの?」
「ないんですよ。申し訳ございません」
コウノキさんは、接客商売然とした微笑みをキープ。
「なんだよ。しょうがねぇなぁ、じゃあ、違うとこ行くわ」
微酔状態の中年男性は言い終わると、連れの女性とさっさと出て行ってしまいます。
フロントの部屋に入ってから、コウノキさんは肩を落としました。
「ホームページや一階ロビーのタッチパネル画面のご案内、部屋の中にあるタブレットなどにもこちらの情報事細かに掲載されているんですが、お客様そちらを読まないでいろいろ電話で質問してきたり、さっきのようにわざわざ呼び止めてまで質問するので、それもまた覚悟しといてください」
「は、はい」
「後々きちんと覚えてほしいんですけど。零時から午前六時までにチェックインされた方は、ここでは否が応でもご宿泊となっています。零時以前にチェックインした方でも、在室が零時過ぎたらご宿泊です。先ほどの男性が口にしていた深夜休憩は、ここではやっていません。ずっと以前は展開していたみたいですけど、深夜帯の清掃スタッフさんが寿退社や妊娠などの理由で次々と離脱していき、誰もいなくなり、長い間清掃スタッフを募集しても応募がなかったため、廃止されたみたいです」
改めて、もう一度ホテルのホームページを見て、勉強しようと思いました。
未だに、ショートタイムや休憩、サービスタイムなどの違いがよく分かっていません。
そうこうしているうちに、電話が鳴ります。
無論、コウノキさんが受話器を取りました。
「かしこまりました。今鍵をお開けいたします。失礼いたします」
受話器を置き、コウノキさんは私を見ます。
「ニ〇三号室のデリヘルさん出るので、こちらで一時的に鍵を開けます」
慣れた手つきで、コウノキさんはパソコン操作して、目的の部屋のロックを解除したようでした。
「デリヘルさんの入退室などに関しては、前金はいただきません。ただし、極稀にデリヘルさんと一緒に出て、無銭利用するけしからん方もいるので、監視カメラできっちりチェックしてください」
「はい」
コウノキさんが指さしたモニターを、一緒に注視しました。
「今、デリヘルさんだけきちんと一人で出て、扉きちんと閉まりましたよね? それを確認してから、必ずまた鍵を閉めてください」
「はい」
「あとは、そうだなぁ。教えとくべきことといえば……」
コウノキさんはカタカタっとキーボードを打ち再び部屋のドアの鍵をかけつつ、首を捻ります。しばし経ってから、再び口を開きました。
「デリヘルさん二人目呼ぶ方いらっしゃるんですけど、その場合三名利用に相当するので、ここでは料金二倍になります。常連様でデリヘルさん二人目呼ぶ方は、最初から利用人数三名にしてくれているんですけど。そうした方ばかりではないので、もしも利用人数が異なっていたら、こちらできちんと利用人数を変更しなければいけません。繰り返しますが、三名利用は料金二倍です。四名様だと三倍、五名様だと四倍、六名様だと五倍という仕組みです。これもまたきちんと記載・掲載されているんですけどね。そうした情報をきちんと把握しないでご利用した方、なんでそんなに料金が高いのかなどと、しょっちゅう電話してきますね」
ちょっぴり乾いた笑いのコウノキさん。
地球でコンビニのバイトしてた頃、セルフサービスのコピー機やATMのやり方や操作に関して、しょっちゅう質問されたこと、思い出します。あれ、勘違いしてる人いますけど、本当は店員さんに頼ってはいけませんから。
ATMは備え付けられている電話を活用しましょう、専門家が助けてくれます。コピー機はヘルプ欄を活用するか、場所によっては電話お助けサービス先の電話番号が書かれているので、そちらを頼ってください。
もしくは、インターネットを活用して、調べましょう。自分のようなアナログ人間・機械音痴の方のために、ご丁寧に分かりやすく記事を掲載したり、動画を投稿してくれていますから。
『コンビニのコピー機に関して分からなかったら店員さんに教えてもらって』
非常識且つ、無責任な発言をする会社員や役所の公務員もいるほど、コンビニのコピー機がセルフサービスであると認識してない方、本当多かったなと。
おまけに、マイナンバーカードがないとできないことを、できると言い張った役所の公務員がいたくらいですから。
そうした無責任な発言で、しょっちゅう困らされたなと。一応、そのような被害に遭われた方には、正当なクレームを入れるよう、毎度お願いしましたけどね。
「宿泊料金、人数分割り勘していけば、だいたい一人六千から八千円なので、個人的には妥当だと思いますよ。チェックアウト、十一時ですし。それに、人数増える分、部屋荒らすに荒らされて凄い惨劇なこともあって。割れたグラスに、煙草の焼け焦げ痕、蛇口から出しっぱなしの水かお湯、暴れてできた壁のひびや穴、ゲロまみれのリネン類、なぜ便器の中で落とさないかの排泄物、そうした被害額や弁償分などが加味されていると思えば、随分安いものだと思います」
コウノキさんは遠い目をしながら語ってくれました。遭遇した苦労が推し量れます。
「ちなみに、ショートタイム、ご休憩、フリータイム、ご宿泊、いずれも延長は三十分毎に千五百円発生します。以前は二十四時間経過したら、どなたでも即退出・部屋の明け渡しを半強制的にお願いしていたんですけど……。海外からのお客様のご利用も増えてきたため、数日間の滞在も許可されるようになりました。ただし、二十四時間過ぎたら、延長料金は三十分毎に三千円と変更になり、四十八時間過ぎると延長料金は三十分毎に六千円と変更になるので、どうしてもご滞在したいという方には、一時チェックアウトしてから新しい部屋にチェックインするようお勧めしてます。みなさん、そっち選びますよ。極稀に、部屋替えされない方もいらっしゃいますけどね、大分珍しいです」
計算苦手ですが、数日間の滞在はとんでもない料金になる気がしました。
「海外の方もご利用されるのですね」
「ええ。ここ、駅から近いじゃないですか。駅近くで催し事あると、国内外から人集まるわけで、どこの宿泊施設も満室になるんですよ。それで、事前予約とかしないでどこか泊まれるだろうと甘い算段の外人さんが困り果て、こちらに辿り着く感じですね。それで、この国の言語が理解できているとか、翻訳機能の何か活用してくださればいいんですけど。そうでない、そうできない方も当然いるわけで、普通のホテルでないだけに、あーだこーだと電話や呼び出しの嵐です。郷に入っては郷に従って欲しいんですけどねぇ」
どうしましょう。
私自身、なんらかの力が働いてコウノキさんたちとは話せていますが。
海外の言語まで、果たしてその能力が頑張ってくれるのか。頑張って欲しいですけどね。期待はあまりしないでおきましょう。
「予約で思い出しましたけど、満室状態のときはご予約はお断りしてください。空室が半分以上あるときで、三十分以内にご来店可能であると確約をもらえる場合のみ、ご予約を承っている形ですね。まあ、三十分以内にご来店いただけないと、予約解除もしますけどね。基本、直接足を運んでくださった方優先ですので、予約は臨機応変にといったところでしょうか」
つまり、ご予約の電話を受け取った際には、そちらをお客様にもご理解いただける対応をしないとですね。直接ご来店の方が先着であること、三十分を過ぎるとご予約がキャンセルになる旨を、必ずお伝えせねば。
「あと、こちらが困るのが。デリヘルさん呼んだって伝えるのが恥ずかしくて、変に誤魔化したり、嘘ついたりされる場合、ですかね。友だちのところ行きたいから、友だちや彼女を迎えに行きたいから、一回部屋開けてと申し込んできた男性に、一時外出して戻るまでの流れを説明したら、なぜか実はデリヘルさん呼んでドア開けてほしいだけだから前金払いたくないとか白状する人、結構います。ここ、入室の際、三分後にオートロックかかるので、その間に連れの女性が一度外出て、戻ってきたから開けてとか言い張る男性いたんですけど、実際には一人で入室してデリヘルさん呼んだだけだったとか。そうした対応面倒なことばかりなので、変に誤魔化したり、嘘ついたりせず、堂々とデリヘルさん呼びましたといってほしいですよ」
それもまた、ザ・現場の本音なのでしょうね。
「基本、ここいらの大手のデリヘルさんは、一階ロビーの電話から『~号室行きます、入ります』ときちんと電話くださいます。そうしない方は、マイナーなところか、新規開業したところか、警察に摘発・逮捕されるようなことを個人ないし上の指示でしているか、ですかね。風営法、遵守してくれって感じです」
なんか、聞いてはいけないような、知ってはいけないことを耳にした気がしますが。スルーしときましょう、そうしましょう。
自分、デリヘルさんに関する知識としては、地球にいた頃たまたま読んでしまったアハンな漫画で知ったことしかないものでして。
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