第7話 ラブホテルでの勤務、開始です ③
なんやかんやとありまして。
日の入り、エレベーターの中で兎もどきの姿に戻ります。
「予め教えられていましたが、本当に変化するんですねぇ」
「はい」
床に落ちた衣服やサンダルは、事前にポケットに入れておいた袋を取り出し、その中にきちんと収納・回収。
実はコウノキさん、私が希少種ということだけでなく、異世界人という情報も共有しています。
そのこともあってか、私が兎姿になっても、驚いたり、慌てふためいたりすることもありませんでした。
「ケイカさんから、その姿でどこまでできるのか、試して欲しいといわれていますし。無理しない範囲で業務こなしていきましょう」
「はい」
結果分かったのは、ウェルカムドリンクやお茶漬けなどは、諸々の理由で提供はできないこと。
電話やパソコン操作は、今日は免除でしたので、今後次第。
前世以上の跳躍力と運動神経の良さのおかげか、エレベーターでの上り下りや、ドアの開け閉めは、一応できました。ドアの開け閉めは、完全に猫の要領でしたね。
プレ清掃は、特にリネン類のカバー回収は思いの外時間がかかりました。
「最低、エアコンの電源消すくらいでいいかもしれませんね。申し訳ないですけど、窓を開けたり、お風呂場チェックしたりは、怪我しないか心配ですし。ケイカさんにも、その旨伝えておきます」
「すみませんが、よろしくお願いします」
ええ。
この姿で窓を開けた際、面格子がなければ落下していたでしょうし。
浴室では、シャンプーかリンスのぬめりで、実際転びました。
そんな光景を目の当たりにしたコウノキさんの配慮に、反論などできるわけもありません。
そんなこんなで。
勤務初日、なんとか乗り切りました。
出勤・退勤は不正がないよう、また、ペーパーレス化・電子化から、指紋認証のあれです。ケイカさんの計らいで、人間と兎姿の両方の指紋を登録してもらっています。
きちんと兎姿の方でも退勤できて一安心しました。
「お先に失礼します」
コウノキさんや朝番のベテランさんにきちんと挨拶してから、ホテルを出ます。もちろん、身につけていた衣服やサンダルが入った袋を担いでますよ。
ホテルの近くで待ってくれていたオキトさんと合流し、そのままオキトさんの車で家に帰りました。
車での移動、いろいろと調べた結果、中型犬用のドライブボックスを購入設置してもらった次第です。
助手席窓から顔や手を出す犬を、地球でよく見かけたことがありますが。あれ、道路交通法違反なんですよね。こちらの世界でも同様なようで、きちんとルールに従って、推奨されているお犬様の車移動と同じようにした感じです。
オキトさんと話し合った結果。手足などが汚れているため、ドライブボックスにひいたバスタオルにくるまれて、そのままオキトさんに抱っこされて家の浴室まで直行。
汚れた手足や体の部分だけ、オキトさんにテキパキと兎姿のとき専用の洗剤や適温のお湯を用いて、きれいにしてもらいました。
それから給水に優れたタオルで濡れた部分を乾かしつつ、私は居間でのんびり寛ぎます。その間、オキトさんはシャワータイム。
シャワーし終えたオキトさんが髪を乾かしつつ、一人と一匹の朝ご飯を準備。
朝ご飯を食べ終え、後片付けし終えると、オキトさんは掃除機をかけ、洗濯物を干すのがルーティーンとなっているようです。
何もお手伝いできず、毎度申し訳ない気持ちになりますよ。
オキトさんは『気にするな』といってくれてますけど。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
オキトさんは寝室で、私は居間に置かれた毛布だけの簡易ベッドで、すぐに寝入ってしまいました。
勤務初日でかなり疲れていたのに、日没前に目を覚ましてしまいます。
寝たのが十時くらいでしたので、約五時間ほどしか寝ていません。
二度寝できなくて、そのまま人間の姿になるまでぼーっとしていました。
人間の姿になると、ベランダに面する隣の部屋に行って、服を着ます。
それから、カーテンを開け、洗濯物を取り込みました。
「このカーテンも、わざわざ買ってもらったんだよなぁ」
私が来てからのオキトさんの出費は、凄まじいものでしょう。
お給料をもらったら、少しずつ返済なりしていくつもりです。
希少種手当、異世界人手当てみたいなのも、この世界あるようなのですが。
そうしたお金が口座に振り込まれるのは、申請してから数か月後なんだそうです。
なんでも、過去にお金もらえるだけもらって、希少種や異世界人の世話や保護者の役割を放棄するなり、希少種や異世界人によろしくない行為を働いた方が過去にいたようでして。
そんなことを防ぐために、希少種手当・異世界人手当てはすぐに手に入らない仕組みらしいです。
飼い主ないし保護者がきちんと役割を担えるか試す期間が、異世界人にとっては最低限自立すべく特訓する期間でもあると、個人的には思っています。
兎にも角にも、今の私は結局のところ、一文無しに変わりなく。おそらくもらえるであろう手当金三十万円ほどは、きちんとオキトさんにお渡しする算段でいるわけで。
頑張って働いてお金稼ぐしかありませんね、いや、本当に。
今日も出勤ですし、シャワーを浴びて、身を清めました。
それから、オキトさんが起きてくるまで、コウノキさんから教わった仕事内容を復習。また、ホテルのホームページをチェックしながら、理解しきれていないところや暗記できていないところを、どうにかこうにか頭に叩き込みます。
そうこうしているうちに、オキトさんが起床。
買い置きしてあった食材で、各々食べたいものを作り、一緒に食事をとることになりました。
本日の夕食のメニューは、スクランブルエッグと雑穀入りのトーストとインスタントコーヒー。
オキトさん、お互いのスクランブルエッグの横に小さな甘い品種のトマトとちぎったレタスを添えたあと、トーストの代わりに大容量のカップ麺らしきものを食べ始めました。
咀嚼をたくさんしたからか、今の体が少食なのか、食べ終えるとそれなりに満腹です。
満足していたのですが。
「仕事行くまでにこれも食っとけ。標準より大分痩せてるっていわれたんだし」
「……はい」
オキトさんから配布された個包装のクッキーとチョコレート数個を、ノルマのごとく食べ始めます。
健康診断で、兎と人間の姿両方共、標準より大分痩せているっていわれたの、オキトさん結構気にしてるみたいなんですよね。
自分は今の体型どちらの姿も痩せすぎているとは思いませんし、このままで十分健康だと自負しているんですけど。
おそらく飼い主兼保護者としてオキトさんもいろいろいわれたんでしょうし、大人しくカロリー摂取している現状です。
後片付けを終えしばらくゆっくり寛いでから、私たちは身支度を整えて仕事へ向かいました。
一応お腹空いたときのために、オキトさんが栄養補助食品やゼリー飲料や個包装のお菓子や兎姿のとき用のゼリーを買ってくれて、半強制的にバッグの中に詰め込まれていますが。昨日の感じだと、水分補給くらいで十分だなと考えていますね。食べる出番は今のところなさそうです。
「部屋番号忘れないように、読み取り式のバーコードも表示されるってのに。酔っ払いやすぐに忘れる方に限って、何も対策しないで間違った部屋に突き進むんですよね~。そのせいで、何度迷惑を被ったことか。あ、三歩で忘れる鳥頭共め、とか思っても、絶対に口にしてはいけませんからね」
「……三秒でいろいろ忘れる三十路半でごめんなさい」
「ちなみに、他のお客様が選んだ部屋に間違って入ってしまったら、罰金として千円が追加されます。そして、本来入室するはずだったお客様には、千円お安くするシステムです。あまりにも部屋番号を間違える方が続出し問題になったため、そのようになりました」
一人勤務の際、タッチパネルの横に、日の入りは私ができない業務に関して、サービスの提供ができない旨の告知ポップを設置。
突然異世界のへんてこ種族になりまして、ラブホの受付をしています ふくみづき @hohukumizuki
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