一時撤退と不気味な静寂



「……悪い、ユリゼル。いったん退こう。」


アレクは歯を噛みしめながら言った。

好都合の力が半減する中、これ以上無理に突っ込めば、“運”ではどうにもならない。


「このままやっても、奴らの演算精度に潰される。情報が足りねぇ。……場所を変えて、冷静にやろう。」


「……わかったわ。」


ユリゼルも頷き、霧を巻き上げて退路を隠す。


二人は管理区域の縁へと向かい、崩れた岩棚の裏にある、小さな洞窟のような地形を見つけた。風も音も遮られ、周囲からの視線もない。周囲を簡易的に封結し、最低限の安全を確保する。


「……ふぅ。危なかった。」


ユリゼルが床に腰を下ろし、息をつく。アレクも剣を壁に立てかけて座ったが、その表情は沈んでいた。


「ユリゼル。さっきの奴ら、俺の“好都合”を演算で打ち消してきた。まるで……こっちの思考や意図を先読みして、確率ごと書き換えてるようだった。」


「……予測型の理論演算体。あなたのスキルを**誤差**として処理して、“修正”しようとしてくる。普通の敵じゃないわ。」


「それだけじゃねぇ。“上位管理者”の気配。……あれは……俺の“都合”が届く範囲じゃないかもしれない。」


アレクが口にしたその言葉に、ユリゼルがわずかに目を見開く。


「あなたでも……?」


「“好都合”ってのは、あくまで“現実”を味方にする力だ。けどあいつらの領域は、現実そのものを定義している。……俺の力の上位互換かもしれねぇ。」


そう、戦う以前に、「理の優先順位」が違う。

こちらが“都合よく”勝てる状況ごと、上から上書きしてくる相手――それが、上位管理者だ。


「休んでおけ、ユリゼル。次の戦いは……こっちの力だけじゃ足りねぇかもしれない。」


ユリゼルは静かに頷くと、目を閉じて短い瞑想に入る。


洞窟の外では風が止み、音が消えた。

不気味な静けさが、嵐の前の静寂であることを、二人は本能で悟っていた。


――そして、その静寂の奥。


「【視認完了。対象への“擬似環境適応”開始】」


どこか遠く、機械的な声が、誰にも聞こえぬ“演算”を呟いていた。


次の遭遇は、“世界そのもの”との戦いとなる――。

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